フラットな小久保厩舎のシステム

-:2011年に73勝を挙げて、ここでグッと上げています。2012年には131勝で、あの川島先生の記録を抜きましたね。

小久保智調教師:足踏みをした時は凄く悔しかったです。

-:2008年45勝、'09年46勝、'10年50勝の頃ですか?

小:この時は、“浦和競馬ではここまでなのかな”と感じました。

-:そこから、限界を突破できると感じ始めたのは、73勝を挙げた頃ですか?

小:今もいるメンバーがほとんどですが、“競馬場が潰れてここにきました、元ジョッキーでしたが、大成しなくてここにきました”といったように、一度は挫折してきた厩務員さんばかりです。毎日のように酒を酌み交わしながらも「俺らで日本一を獲ろうよ。頑張ろうよ」と話し、励まし合いながら頑張ってきました。

-:それがこの辺りに表れているのですね。2012年なんて、飛ぶ鳥を落とすように勝ちまくりました。

小:この時は厩務員さんも大変だったと思います。正直、まだどうすればいいか、という手探りな状況でした。ノウハウを作りあげていない頃ですからね。

-:それは皆さんが、結果が出てきたことに慣れてない状況ということですか?

小:今のシステムができていませんでした。スタッフは同じ馬を2年、3年とやりますが、その辺りからそういう感覚ではなくなりました。それは牧場から持ってきて、レースに向けて10日の馬がいるとします。“この10日間でこの馬の能力を最大限引き出せることをしましょう”としていました。今は1ヶ月、同じ馬を育てることはないです。

小久保智調教師

-:つまりは担当制にしてないということですか?

小:ええ、そうしていないです。少し前に自分が育てた馬を他の人がやれば、“自分の時はこうだったよ”という経験談もできますよね。うちはフラットだから、年下が年上の人にものを言えるんです。それによって、意見の交換もしやすくなりましたね。

-:この131勝の時は、周囲からのプレッシャーもあったのではないでしょうか?

小:人に言われるのはあまり気にしない方なのですが、正直、苦しかったです。使うレース、使うレース、全部を勝たなければいけないって思いでやっていたので、厩務員さんも苦しかったと思います。だから、次の年は(113勝と)成績が落ちました。

-:確かにちょっと落ちましたよね。

小:前年に目一杯頑張りましたからね。皆が燃え尽き症候群といいますか。馬主さん、生産者さんには申し訳ないですが、その年は上手くまわれなかったです。

-:その反省も生かせた2014年でしたか?

小:2014年はしっかり地に足を着けて、初心に戻って頑張りました。それで去年の成績が出ました。

小久保智調教師

他には真似できない小久保流の馬選び

-:昨年は年末の12月24日に南関東の年間最多勝利数記録を更新しました。調教師人生は凄い9年間ですね。

小:まだまだできますかね。

-:まだまだですよ。

小:高知の雑賀(正光調教師)さんの記録は290ですが、あれは開催日数が違います。しかし、浦和の開催が12あって、開催ごとに10勝てば120勝。他場もまわれば200はいけそうな気がしているのです。

-:出走回数も凄く多いですから、どんどん勝ち鞍を増やしていきたいという気持ちは大きいですか?

小:ウチは高齢馬も多いので、壊さないようなおかつ能力が発揮できるようにしています。成績を残すというタイミングが馬によってあるんですよ。この馬はこうだった、というパターンを皆で把握しているんです。ウチの馬は一年間乗りっぱなしで、休養はないですからね。オープン馬でも休みはないですよ。(JBCスプリント2着の)サトノタイガーだって重賞を使っていても休養はないですから。走れる間は休みなく走ってもらっています。

-:それはやっぱり状態を見て、運動にはメリハリをつけているからですか?

小:もちろんそうです。無理のない範囲でね。

-:出走回数が増えるということは、馬房のやりくりも大変なのではないですか?

小:今の規則では馬体検査の日に入厩していなければいけません。だから、大体が前の開催の金曜日に入ります。そうなると浦和開催の前後の出走というのはほとんどないのです。馬房が一つ二つ空くなら、その日の内に厩舎には新しい馬がいるようにしています。レースに出た馬はそこから帰るという感じですね。


「馬運車代もありますし、牧場でも乗り込めなければいけませんから、そういうところは少しお金がかかるわけです。それに加えて輸送費もかかります。(輸送費を)どこから捻出するのかとなったら、レースしかありませんから、そこが肝になるわけです」


-:凄いやりくりですね。パソコンなどでデータを管理しているのですか?

小:していませんよ。全部頭の中です。浦和競馬でそれを理解してくれる馬主さんが多いわけではありません。その分の馬運車代もありますし、牧場でも乗り込めなければいけませんから、そういうところは少しお金がかかるわけです。それに加えて輸送費もかかります。例えば、福島に行く場合の輸送費というのは1頭5万円掛かるんです。ウチの場合、輸送費なども含めた馬の入れ替えだけで、年間2000万円になりますし、預託料も6000万円以上です。それをどこから捻出するのかとなったら、レースしかありませんから、そこが肝になるわけです。

-:経営者の視点ですね。

小:しかし、オーナーにはその輸送費も牧場費も頂いていません。ウチの預託料だけでやっています。そこが唯一の企業努力ですね(笑)。何とかやりくりできていますし、貯金もできるようになりましたよ。

-:地方競馬で一番稼いでいる上で、管理も行き届いているわけですよね。馬を集めることでも独自のノウハウはありますか?

小:人に対してどうにかするというのは苦手なのです(笑)。「そういう機会があればお願いします」と言うことくらいしか出来ませんが、逆に走る馬がいれば預けてくれるオーナーもいます。それならば、その馬を預けてくれた時に、いかに走れる馬にすることが出来るのかを一番大事にしています。サマーセールやオータムセールで買った馬でも毎年、重賞を勝っています。実はオータムセールの勝ち上がりというのは3割もいかないほどなのです。なおかつ重賞を勝つとなると、1000頭の中の1頭くらいの確率でしかいません。その中で4年続けて重賞を勝っているのです。値段としても190万円とか200万円ですから、その辺りを見間違えないようにはしていますね。

-:それは相馬眼が素晴らしいのでしょうね。

小:相馬眼と言いましても、昔の人が言うような「この馬はここが良い、筋肉がどうだ」というのは全く分かりませんよ。

-:となると、インスピレーションで選ぶのですか?

小:変人と思われるかもしれませんが、その馬の持っている“活力”ですね。

-:それは他人からすれば全然分からない観点ですね(笑)。

小:何が良いとかは分かりませんが、ずっと馬を見ていれば分かるようになると思うのです。

-:ちなみにオータムセールから重賞勝ちしたのはどの馬ですか?

小:キスミープリンスが240万円で、ファイヤープリンスが210万円、ジャジャウマナラシが190万円ですかね。

小久保智調教師

▲昨年の兵庫ジュニアGPを制したジャジャウマナラシ


-:看板馬ばかりですね。

小:そうですね。みんな自分で買ってきた馬なんです。馬主さんが「好きな馬を買っていいよ」と言いましても、遠慮をして300万円以内に収めるようにしています(笑)。ジャジャウマはまだまだ稼いでくれると思います。サトノタイガーと同じ日に本馬場で追い切ったのですが、休み明け一発目でも、馬なりなのに37秒台で走るんです。次はアーリントンCに行く予定ですが、1600mなら良い競馬をしてくれるのではないかなと。それくらい気配が良いです。

-:いかに良い馬を見逃さないか、ということなんですね。

小:そこで一番を獲らないと、成績でも一番は獲れないのかなと思っています。

-:イメージとしては“トーセン”さんの馬も多い印象があります。

小:億単位の馬を預けてくれる訳ですから、会長(島川隆哉氏)には頭が下がる思いはあります。やっぱりそういう馬というのは触ってみなければ分からないものですが、そういった機会があったお陰で、良い馬の感触というものが分かったんだと思います。

-:先生のパーティーに参加させていただいた時に、会長が「先生の人柄や熱意に惚れた」とおっしゃっていましたね。

小:ただし、僕に言うことはけっこう厳しいですよ(笑)。とはいえ、本当に優しい人です。

小久保智調教師インタビュー(後編下)
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小久保智調教師

昨年のJBCスプリント、カペラSなどJRA勢相手に結果を残しているサトノタイガー