天皇賞(春)で南井騎手とともに念願のGI制覇を決めた“白い稲妻”タマモクロス。返す刀で、春のGP宝塚記念では当時、現役最強馬と言われていたニッポーテイオーをも退け、もはや敵なし。競馬の神様と謳われた故・大川慶二郎氏に「タマモクロスを見て、シンザンを思い出した」と言わしめた逸話も残っているほどだ。「これで秋が楽しみに。史上初となる天皇賞の春秋連覇が叶えられたらいいな、と欲も深くなってきた」と当時話していた小原伊佐美。さあ~、ここから、今なお多くの競馬ファンに語り継がれている天皇賞(秋)→ジャパンC→有馬記念の最終章!!

常識を遥かに超えた名馬タマモクロス≪終≫

-:宝塚記念を勝利した後は、秋に備えて休養へ。秋は毎日王冠や京都大賞典からの始動が通常ですが、タマモクロスは天皇賞(秋)へ直行しています。

小原伊佐美元JRA調教師:タマモクロスは稽古駆けする馬やし、実戦でひと叩きせんでも本番へ向けた調整が割りとうまく行くタイプなんや。しかも、天皇賞(秋)→ジャパンC→有馬記念のローテは消耗が半端ないしな、少しでも負担を減らしたかったんや。

-:一戦ごとにカイ食いが落ちる馬でしたからね。先生も相当、神経を減らしたのではないかと思います。さらに、あの馬が天皇賞(秋)に名乗りを挙げてきましたからね…。

小:オグリキャップやな(苦笑)。

-:オグリキャップはクラシック登録がなくて菊花賞には出走できませんでした。毎日王冠ではダービー馬シリウスシンボリ、名牝ダイナアクトレスら古馬を撃破。瀬戸口師が「最大のライバルはタマモクロス」、そして先生自身も「オグリ(キャップ)が一番の強敵」とマスコミに話されていたのを覚えています。

小:(オグリキャップは)仕上がりも良さそうやったしな。ただ、あんだけのパフォーマンスを見せられたら、やっぱりオグリしか敵はおらんやろ。

小原伊佐美

-:天皇賞(秋)のレース前に「全て任せる」と南井騎手に声を掛けて送り出したとあります。ただ、レースは先生自身も予測できなかった…と。

小:レジェンドテイオーが行くんは分かってたんや。ただ、その次にタマモクロスがおるとはな。

-:「後ろから行って、前が詰まって届かなかった…みたいな競馬はしたくなかった」と後日、南井騎手はその意表を突いた作戦を明かしていました。南井騎手自身もオグリキャップに騎乗(京都4歳特別時)して、その強さを分かっていたからこそなんでしょうね。

小:仕上げて競馬に送り込むまでがワシらの仕事や。あとは騎手に任せるしかないから、な。


史上初の春秋連覇!!
天皇賞(秋)レース結果⇒

【注】レジェンドテイオーがハイペースを刻んだ逃げで始まった天皇賞(秋)。終始、番手追走のタマモクロスは4角手前で早々とレジェンドテイオーを捕まえにいき、そのまま先頭に。オグリキャップも外へ持ち出し、直線に入るとタマモクロスとオグリキャップの一騎打ちの様相に。ただ、早めに抜け出したタマモクロスとオグリキャップの差は1馬身近くを残して一向に縮まることはなく…。ここまで無敵の快進撃を続けていた怪物オグリキャップをも退け、史上初の天皇賞春秋連覇を達成。「僕の騎手人生の中で最高の馬」と南井騎手も絶賛していたという。

-:当時、オグリキャップに騎乗していた河内騎手は「最後は止まると思っていた…」と話していました。ただ、その河内騎手の考えを覆す驚異の粘りを見せたのがタマモクロスでしたね。

小:内心はヒヤヒヤしとったで(笑)。天皇賞の春秋連覇はできたけど、これで終わりやない。また次の戦いが…な。

-:余談ですが、タマモクロスが天皇賞(秋)を勝利した2週間後、エリザベス女王杯でタマモクロスの半妹であるミヤマポピーがシヨノロマンとの叩き合いを制し、兄に続くGI勝ちを収めています。

小:そやったな。

小原伊佐美

-:そして迎えたジャパンC。凱旋門賞馬のトニービン、インターナショナルS制覇のシェイディハイツ、サンクルー大賞典の勝ち馬ムーンマッドネスら欧州勢に加え、米国からは富士Sを勝ったセーラムドライブ、マイビッグボーイ、ペイザバトラー、オセアニアからはニュージーランドの英雄ボーンクラッシャー…と豪華な顔ぶれが揃いました。

小:結果的にや…タマモクロスは完全にマークされとったな。勝ち馬は位置取りも追い出しのタイミングもホンマ申し分なかった。

-:ペイザバトラーですね。

小:そや。

-:ペイザバトラーに騎乗したC.マッキャロン騎手は、東京競馬のレースVTRを片っ端から見ていたとあります。その中に天皇賞(秋)のVTRもあり、関係者に「敵は日本の芦毛2頭(タマモクロスとオグリキャップ)」と漏らしていたという話が残っています。


名手の術中にはまった…
ジャパンCのレース結果⇒

【注】重賞6連勝(平場も含めれば8連勝)で挑んだジャパンC。スタート直後にメジロデュレンが意表を突く逃げ。その後シェイディハイツが先手を奪い返して淀みのない流れに。オグリキャップは好位を追走し、タマモクロスは後方から。そして3コーナーあたりから大外を回ってペイザバトラーとタマモクロスが進出を開始。直線に入って外からタマモクロスがペイザバトラーに馬体を併せようとしたが、ペイザバトラーは内に切れ込む策を選択(内に斜行し戒告処分が下されている)。馬体を併せ損なったタマモクロスとペイザバトラーの差は詰まることなく…。実に14カ月ぶりの敗北で、重賞7連勝は夢となった…。

-:ペイザバトラーに騎乗したC.マッキャロン騎手は「タマモクロスは瞬発力もそうだし、とてつもない勝負根性を持っている。馬体を併せないようにしないといけない」と考えていたとあります。それが馬体を併せないよう内に切れ込む策になっているんでね。

小:まさしく、あの騎手(C.マッキャロン)はホンマもんの勝負師や。

-:重賞7連勝はできませんでしたが、日本馬の中では最先着。しかも、オグリキャップ(3着)も負かしており、日本最強馬は揺るぎないものに。そして、現役最後となる有馬記念。「芦毛対決最終章」「最後の決戦」といった活字がスポーツ紙を賑わしていました。

小:ジャパンCの後は美浦に移動させたんや。ただ、疲労と慣れない環境に戸惑ったこともあり、これまで以上にカイバを食べんようになった。いろいろ対策は施したんやけどな…。あれだけ消耗の激しいレースをしても、疲れを見せないオグリキャップが羨ましいと、思ったことも。ただ、これが現役最後、悔いの残らないレースに…とな。

-:最後の有馬記念はクリスマス決戦に。タマモクロス、オグリキャップ、サッカーボーイ、スーパークリーク…などなど、そうそうたる顔ぶれ。この一戦で女性の競馬ファンが格段に増えたのを記憶しています。まさに社会現象までになったのが、最後の有馬記念でしたね。

小:世間で騒がれとるのとは裏腹に、ホンマ祈るような気持ちやったで。無事に周ってきてくれ…とな。


これが!現役最後の戦い
有馬記念のレース結果⇒

【注】現役最後のレースとなった有馬記念。ゲートが開き、タマモクロスとサッカーボーイの2頭が出遅れ。意を決した南井騎手は後方待機の競馬に徹しようとしたが、タマモクロスは掛かり気味に。ただ、向こう正面半ばを過ぎ、3コーナーあたりで南井騎手がタマモクロスを解放してからは中団にとりつき、4コーナーでは大外を回って徐々に進出。直線では早めに先頭に立ったオグリキャップと外から馬体を寄せてきたタマモクロスの一騎打ち。ただ、オグリキャップとタマモクロスの半馬身差は最後まで詰まることなく…現役最後のレース・有馬記念を勝利で飾ることは叶わず。

-:南井騎手がレース後、悔しさを相当滲ませていたのを覚えています。そして、オグリキャップの手綱をとった岡部騎手は「ちょっとでもミスをしたら叶わないと思ってた。ミスなく乗られたら、タマモクロスのほうが一枚上だと」というコメントも。

小:出遅れたり、掛かったり…最後の有馬記念はもうピークは過ぎとったんやろうな。最後はあの馬の精神力、そう思っとる。負けたんはホンマに悔しかったけど、無事に帰ってきてくれたことに感謝や。種牡馬入りも決まっとったしな。

-:4歳時は下級条件をうろうろしていた馬が、5歳時は7戦5勝2着2回と完璧なまでの成績。負けたとは言え、ジャパンCも最後の有馬記念も競馬史に残る名勝負に。先生も本当は引退して欲しくなかったのではないですか?

小:引き際は大事なんや。いい時に引退してこそ種牡馬としての価値も高まるし。まあ、正直、寂しかったけどな…。

-:種牡馬入りしてからはカネツクロス、ダンツシリウス、マイソールサウンドなどの重賞勝ち馬を輩出。長らく内国産種牡馬として活躍していましたね。

小:惜しむらくは…タマモクロス産駒のデビューを見ることなくこの世を去ったオーナーさんや。現役引退を惜しむ声を押し切って決断したんもオーナーさんやったしな。ただ、天国でタマモクロス産駒の活躍は見てくれとったやろ。

小原伊佐美

昭和という時代が終わりを迎えた1988年の有馬記念2着を最後に現役を引退したタマモクロス(通算成績は18戦9勝。うちGI3勝を含む重賞6勝)。引退後は種牡馬入りし、内国産種牡馬として数々の活躍馬を輩出していたが…2003年4月9日に26頭の繁殖牝馬への種付けを済ませた後、同日昼に腸ねん転を発症。10日には一時回復の兆しを見せたものの、夕方には再度容態が悪化し、タマモクロスはこの世を去る。

史上初となる天皇賞の春秋連覇、オグリキャップとの“芦毛対決”で競馬ファン拡大に一躍買った稀代の名馬タマモクロス。記憶にも記録にも残るこの馬の血は、今でも脈々と受け継がれている。血統表でタマモクロスの名前を見つけたら、是非思い出して欲しい…昭和という時代に競馬ファンを魅了していたのがタマモクロスであり、この名馬を育て上げたのが、小原伊佐美という類稀な先見の明を持った調教師だったことを…!!