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古泉博英調教助手

根岸S除外で出走が危ぶまれたものの、代替のすばるSをレコードで快勝し、フェブラリーSに漕ぎ着けたベストウォーリア。これまで崩れた2戦も聞けば敗因は明確で、従来のパフォーマンスを出せればG1メンバーに入っても脅威の存在となる。今回はデビュー当初から二人三脚で出世街道を歩んできた古泉博英調教助手に、直前の意気込みを伺ってきた。

デビュー時からの成長を辿る

-:ベストウォーリア(牡4、栗東・石坂厩舎)についてお話を伺います。古泉さん自身が担当する馬としては、サイレンスボーイ以来、久しぶりのフェブラリーSですね。当初はどんなタイプの馬だったかと、まずは振り返っていただけますか。

古泉博英調教助手:最初は検疫から上げてくるじゃないですか。その時にうんともすんとも言わずに、凄く落ち着いていて。普通牡馬って、ギャンギャン泣いたりだとか、初めての環境だから落ち着かなかったりするんですよ。2歳はそれが普通なんですけど、この馬に関してはのっしのっしとマイペースで、周りを冷静に見ているんですよね。それで「サイレンスボーイもこんなんやったなぁ」と思って「もしかしたらコイツ大物なんかな」って。体のバネなんかは乗ってみないとわからないけど、精神面は強そうだなと思いました。

-:ただ、新馬の頃に500キロ程ある2歳馬というのは、体ができていたとしても化骨が進んでいなくて、体を持て余してしまう馬もいるじゃないですか。ベストウォーリアの場合はどうでしたか?

古:2歳馬特有のむくみなんかはあったんですが、他の2歳馬と同じくらいの程度のものでしたよ。

-:最初はポインセチア賞でサマリーズに敗れてしまったりもしましたが、どの辺りからしっかり感は増してきましたか?

古:ユニコーンSの前くらいからですかね。園田(兵庫CS)に行く前は、中1週の強行軍で東京の500万条件を使ったので、オーバーホールするためにしっかりと休ませました。

-:オーバーホールの効果が出て、休み明けの兵庫CSで2着になりました。

古:レースではコパノリッキーにぶっちぎられましたけどね(笑)。一番あの子が苦手であろう、小回りの1870mという条件にしては、よく頑張ったと思いますよ。競馬上手なので、センスでなんとかこなしたかな、という感じです。あの2着で賞金を加算できたので、ユニコーンSに繋がりましたね。


「今でもそうなんですが、入厩してきた時から、馬が右手前の方が好きみたいで、とにかく右手前を使いたがっていました」


-:そして、絶好の左回り1600mという舞台に出走できました。

古:今でもそうなんですが、入厩してきた時から、馬が右手前の方が好きみたいで、とにかく右手前を使いたがっていました。“左を出せよ”って指示を出したら、ちゃんと左手前も出すし、その辺はよく言うことを聞くんですけど。それでも右手前の方が、若干ストライドが大きいような感じがしますね。それが東京に行った時の武器になっているんじゃないかなと思います。

-:そのユニコーンSを勝って、ダートで楽しみな馬として注目されていく訳ですが、その後のジャパンダートダービーでは5着。この敗因を語ってもらえますか?

古:ボロ負けしましたね(笑)。このレースを使った後にすぐ放牧に出したんですけど、馬がガタガタになっていて、多分距離と夏場とのダブルパンチだったんじゃないかなと思います。あの時は結構湿気も凄くて、蒸し暑くって、多分もう競馬の前にへばってたんじゃないかなと思いますね。



-:あまり暑い時期は使わない方がいいという教訓がありつつ、4ヶ月休ませて武蔵野Sで初の古馬との対戦になりました。

古:このレースを使う前はかなり不安でしたね。4ヶ月ぶりで、古馬と初対戦で、斤量まで同じにされていたので。相手もベルシャザールとか、ゴールスキー、アドマイヤロイヤル、イジゲンなど。「これG2ちゃうん?」という感じで見ていたので、力が通じるかどうかはやるまでは不安で、7番人気だし、8着くらいだったら御の字かなと思って見ていました。馬は「馬鹿にすんな!」って思っていたかも知れませんが(笑)。

-:古泉さんの予想に反して、互角以上に渡り合ってくれたレースでした。ベルシャザールと同斤量ですからね。

古:レース内容と結果を見て、古馬の一線級とも五分にやれる自信をそこで持ちました。

-:体的にはそんなにデビュー時から変わらないですが、中身は変わっていった面もあったんですか?

古:3歳の春先くらいまでは幼かったんですよね。当時はまだキ甲も抜けていなかったですし。最近はキ甲も抜けてきて、顔つきも締まってシャープになって来たので、同じような体重でも、中身は変わってきていると思います。



かねてから浜中騎手が騎乗を切望

-:その後、先週のすばるSに出走して勝ちましたね。

古:本当は根岸Sを使いたかったんですが、除外されてしまいました。あれは痛かったですね。

-:この勝利というのは、妥当に見えながら、右手前の好きなベストウォーリアにしたら、コーナーで余計に脚を使ってしまう不安もありましたよね。

古:ほんの少しだけ不安はありました。オープン特別勝ちの強い馬や、バリバリの1400mが得意な馬もいましたからね。それでも勝てたのは、競馬がどんどん上手になっているのかなという気がします。以前は道中も、割ともうちょっとグッとハミを噛んで力みながら走っていた感じで、1コーナーに入って鞍上がおさえて、我慢して、それが最後の伸びに繋がっていたりもしたわけですが、今は割と始めから終いまで、リラックスして走れているような気がしますね。

-:それがゴール前での1馬身半につながっているということですね。

古:そうですね。もともと競馬上手だったのが、更に上手くなっているのかなと感じます。だからジョッキーも乗りやすいんじゃないかなと思いますね。


「あいつが一番喜んでいましたね。ずっと乗りたかったらしくて、ウチの先生に“乗せてくれ光線”を一杯出していたみたいでした(笑)。実際に乗れて『めちゃくちゃ走るな』って感激していましたね」


-:浜中騎手は終った後に何か言っていましたか?

古:あいつが一番喜んでいましたね。ずっと乗りたかったらしくて、ウチの先生に“乗せてくれ光線”を一杯出していたみたいでした(笑)。実際に乗れて「めちゃくちゃ走るな」って感激していましたね。

-:それは喜ぶべきことですよね。

古:若いながらも、一度はリーディングを獲ったジョッキーですからね。そんな彼がそういう感触を持っているということは、高いレベルの馬なのかなと。

-:戸崎騎手も武蔵野S・3着の後に、フェブラリーが合いそうだ、ということを言っていたみたいです。その本番のフェブラリーSなんですけど、今週の動きというのはどうでしたか?

古:先週使ったばっかりだったし、それもレコードタイムで走ってしまった後なので、流石にベストウォーリアも筋肉に疲労が出て、それはケアをして、ずいぶん回復してきているんですけど。

-:それくらいで済んだのがまた良かったですね。

古:次の日に脚元を見るのが怖かったですからね。筋肉の疲労だけですんで良かったです。昨日(2/11)までは並足で身体をほぐすだけにしていて、今日初めて坂路に入れたんですけど、攻め専の古川助手が「帰ってきた当初より、今のほうがいい」って言っていたので、ダメージも抜けたのかなと思います。一回叩いた上積みもある状態で行けるかもしれないですね。

-:じゃあ来週はサッと乗って。

古:来週は終いを伸ばすような追い切りをすると思います。

-:でも、すばるSを使っているわけで、そんなに強い調教が必要な状況でもないですよね。

古:体を大きく使わせて、少し気合を乗せるような感じでいいと思います。

ベストウォーリアの古泉博英調教助手インタビュー(後半)
「王者と再戦するにあたって」はコチラ⇒

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【古泉 博英】 Hakuei Koizumi

昭和42年5月生まれの46歳。大学生時代、アルバイトの同僚が大の競馬好きでその影響を受ける。その後、スーパークリークやオグリキャップの活躍に感化し、競馬ブック裏の牧場スタッフ募集広告に目をつけ、美浦トレセン近くの武田牧場で競馬人生がスタート。入学ギリギリとなる26歳で競馬学校の厩務員過程に入り、卒業後は解散するまでの7年間、大根田裕也厩舎に勤務。現在は石坂正厩舎に所属し、ベストウォーリアでG1初制覇を狙う。思い出の担当馬としてサイレンスボーイや、ウインシンシアを挙げてくれた。


【高橋 章夫】 Akio Takahashi

1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて17年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。

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