騎手・川上の二足のわらじ

-:日本から来られた時に英語は勉強しましたか?

川:そうですね。本当に英語は全然出来なくて。恥ずかしい話なのですが、高校時代はそれほど勉強するタイプではなかったので、こちらに来てから勉強を始めました。

-:学校を出るくらいには流暢に話せていたのですか?

川:いや、全くでしたね。そこは日本人向けの学校だったので、どうしても日本人の友人と一緒に居てしまって、一人の力で何とかするということがあまりなかったのです。そうすると人に頼ってしまいますね。結局、英語力はあまり伸びませんでした。そこから伸び始めたのは、南オーストラリア州に移動して、周りに日本人がいない環境になってからの4年間と、ワーナンブールで6年間、その10年間で英語の環境にいましたから、語学力は成長したのではないかと思います。

-:今は通訳としての免許も取得したと。

川:そうですね。NAATIというオーストラリアの国家資格で、通訳、翻訳の資格がありまして、それを一昨年に取得しました。理想を言えばもっと上のレベルの資格も取ろうとしたのですが……。それから少しずつお仕事をいただいていますね。

-:とは言え、その免許も相当難しいものだと聞いています。その勉強はメルボルンに来てから始めたのですか?

川:そうですね。メルボルンに来てからです。


川上鉱介

-:そちらの仕事でも騎手と同じぐらいの収入があるのですか?

川:いやいや、まだ全然です。今はどうしても騎手業の方を優先していますので、レースがあったり、調教や大事な仕事を外す訳にはいきませんから。今は経験を積んで将来的にやっていければと。

-:今回、日本馬がシドニーに来る際に通訳としてのオファーがあったと聞きました。

川:そうですね。ノーザンファームの方から「誰か手伝ってくれるホースマンはいないか」という相談を受けていました。「ぜひ自分が行きます」と言いたかったのですが、今、自分が任せてもらっている期待の障害馬がこちらにいるのです。障害のレースは3月から始まっているので、どうしてもその時期に自分が行くという選択肢は考えられませんでした。そこでシドニーの市川雄介ジョッキーを紹介させていただきました。

-:今回は市川騎手を紹介することになりましたが、やっぱりご自身でもやってみたい仕事ではあったと。

川:そうですね。そのようなオーストラリアと日本の競馬との橋渡しという仕事には凄く興味があります。将来的にはそういった仕事をしてみたいのですが、今は自分の騎手としての夢を諦められないので、まだしがみ付いていますよ。

中山GJを夢見る器

-:先ほどお話に出た期待の馬についてお伺いしたいのですが、名前は何という馬ですか?

川:コンパウンドという馬です。昨年のシーズン終わりに障害デビューをしたばかりですが、2戦2勝ですね。

-:その2レースとも乗られているとのことですが、ご自身の障害ジョッキー人生の中でも初めて出会ったというレベルなのですか?

川:障害の飛越練習からずっとやっている馬ですが、これまで競馬を任せていただいた馬の中では、確実に一番の能力を秘めていると思っています。

-:トライアルレースを拝見いたしましたが、強豪馬を相手に見事1着になっていましたね。この後の予定を教えていただけますか?

川:とりあえず調教師と相談しながらですが、5月にワーナンブール競馬場で障害レースが中心のカーニバルが開催されます。そこでハードルの中でも大きな重賞レースがありますので、そこを目標にという話は出ています。ただ、最大目標はグランドナショナルハードルという一番賞金の高い(1着賞金約2000万円)ハードルレースなので、それに向けてどう調整していくか、ですね。そのレースは7月中旬ですので、これからの調子次第で判断していくと思います。

-:グランドナショナルハードルとは普通の障害レースとは条件も違うのですか?

川:ええ。距離が長く、ハードルの数が多いです。ただ、障害の高さは同じですね。オーストラリアは “ハードルレース”と“スティープルチェイス”に分かれていて、ハードルレースはあくまでもハードルの大きさで、スティープルチェイスは大障害で大きな障害になるのです。この馬はまだ障害デビューしたばかりなので、今シーズンはハードルで行って、来年はスティープルチェイスの方に移行して、という形になるかと思います。


「夢のまた夢ですが……。オーストラリアでジョッキーになってから、オーストラリアの馬で日本に遠征してGJに乗ることをずっと夢に描いていたのです。だから、もし本当に実現出来るのだったら、人生に悔いなし、というほどですね」


-:それくらい期待を寄せるだけの器なのですね。障害ジョッキーということで、あまり日本との交流も少ないでしょうが、もし中山GJに出られたら、という思いはありますか?

川:夢のまた夢ですが……。オーストラリアでジョッキーになってから、オーストラリアの馬で日本に遠征してGJに乗ることをずっと夢に描いていたのです。だから、もし本当に実現出来るのだったら、人生に悔いなし、というほどですね。

-:中山GJ出走には今後の結果が必要だと思いますが、オーナーや調教師の方はどんなお話をされていますか?

川:今は中山GJが招待レースではなくなっていますので、遠征するとなるとオーナーの負担で行く訳じゃないですか。そうすると、最終的にはオーナーの判断になるのですが、既に中山GJの話は出ていて盛り上がってはいます。オーナーや調教師は、やっぱり自分の馬に夢を見るものじゃないですか。実際、今まで良い成績を残しているので、オーナーサイドも凄く喜んでいて「この先はグランドナショナルを勝って、ジャパンだ」みたいに言っています。日本の賞金も魅力的ですしね。検疫がもう少し緩くなってくれると日本遠征もしやすくなるのですが。

川上鉱介

日本とオーストラリアの違いとは?

-:馬を連れてくることも夢のある話だと思いますが、川上騎手自身がJRAの短期免許を取ろうなんてことは考えていますか?

川:そういう方法がないかとは模索しているのですが、自分がベースとしている国でリーディング、プレミアシップトップ3に入らないといけないというルールがあるので、なかなかそこを破るのは現実的に難しいです。本当に自分が3位くらいに入れたら、すぐに申し込んで挑戦したいくらいの気持ちはあります。やっぱり日本で乗るというのが夢なのでね。オーストラリアで乗っている日本人ジョッキーはみんな思っていますよ。自分の国の競馬に乗れたらというのは、絶対に皆が持っていると思います。

-:それでは楽しみにしておいて良いですね。

川:そうですね。いつかそれが実現出来たらと思っています。

-:先ほど「日本とオーストラリアの架け橋になりたい」とおっしゃっていましたが、具体的な日本とオーストラリアの違いを教えていただけますか。

川:世界的に見ても、オーストラリアは短距離重視の競馬ですね。2歳馬からガンガン走れる馬を生産しています。理由としては、ゴールデンスリッパーSという2歳の高額賞金のレースがあるからですね。そういったレースがあるので、生産するなら仕上がりの早い短距離馬を、という傾向があるのだと思います。ただ、凄く残念ではあるのですが、中長距離で見ると世界的にもレベルが低いのではないかと思います。メルボルンCなどはオーストラリアを代表するレースで賞金も凄く高いにも関わらず、オーストラリアの生産は短距離を重視していますから、ヨーロッパの生産馬や日本からの遠征馬などが上位に入りやすいのです。調教も、短距離馬をつくる調教になっているのではないかな、と個人的には思っています。

-:短距離向きの馬の方が価値が高いと。

川:そうですね。その辺りはオーストラリアの競馬の中で不思議だなと思ってしまうところです。メルボルンCがあるのですから、もっと長距離でも自国の生産馬で勝負してほしいなと思うのですが。

-:その中で昨年あたりから、日本馬がこちらに来るようになっていますね。それは良い流れなのでしょうか?

川:そうですね。自分としては嬉しいことです。実際に世界的に見ても上位のレースの賞金は悪くないのですよ。だいぶ上下差はありますが、トップクラスのG1は賞金何億なども珍しくないですし、そういう意味では狙い目はありますよね。


「実際、結果を残している訳ですし、日本の馬がドンドンこっちに来て賞金を稼げるシステムが出来てもおかしくないですよね」


-:今後もこの流れが加速するのではないかと。

川:そう思いますね。実際、結果を残している訳ですし、日本の馬がドンドンこっちに来て賞金を稼げるシステムが出来てもおかしくないですよね。

-:もし、日本の関係者で何か聞きたいことがあれば川上騎手のところに来てくれれば、とは思いますか?

川:そうですね。是非よろしくお願いします。どんな形でも日本馬の力になりたいですから。

-:今後についてはどのような騎手になりたいですか?

川:やっぱり自分の体が保つ間は障害ジョッキーとしてやり遂げたいです。もう33歳になりますが、体の限界が来るまでは障害レースに乗って夢は諦めません。それこそ中山GJの夢を追いかけ続けながらも、英語の面でも勉強して、日本の競馬関係者の方の力になれたらと思っています。

-:最後に日本のファンの方に、アピールしたいことはありますか?

川:障害レースの良さを知ってほしいですね。こちらのファンの方はすごく障害レースの良さを知っているのです。障害メインの開催でも5~6万人もの観客が集まるので、やっぱり日本の方にも、競走馬が障害を飛越する美しさや、その技術なり人馬一体の形、そういった障害レースの良さを知ってもらって、日本でもより障害レースを見ていただきたいですね。世界の障害レースを見ても本当に面白いレースが一杯あるのです。イギリスのグランドナショナルであったり、フランスやチェコにも素晴らしいレースがあります。もちろんオーストラリアもそうですが、そういったレースにもっと興味を持っていただければなと思います。

-:平地ばかりではなくですね。競馬の世界は広いですから。

川:そうですね。障害レースも是非見てほしいです。

(取材・写真=競馬ラボ特派員)

川上鉱介騎手インタビュー(前半)はコチラ⇒

1 | 2


この記事をシェアする