-天皇賞(春)-平林雅芳の目

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日曜京都11R
天皇賞(春)(GⅠ)
芝外3200m
勝ちタイム3.13.8

ビートブラック(牡5、父ミスキャスト・栗東、中村厩舎)

※※乾坤一擲!ビートブラックが逃げ切った!!

『オルフェーヴルはまだ中団、オルフェーヴルはまだ中団。残り200メーター!これは届かない!!』と場内アナウンスが叫ぶ!残り300メートルのオレンジ棒を通過した時である。明らかにオルフェーヴルの伸び脚が見られない。そしてビートブラックの勝利もが判った瞬間であった。トーセンジョーダンが何とか2番手に上がってきて、その後をジャガーメイルウインバリアシオンがゴール寸前にかわしたが、勝負付けが済んだ後であった。

そしてオルフェーヴルは馬群の一番外を、この馬らしくない伸びのなさで通過して行った。
朝から、いや前日から高速馬場で前残り、先行有利なコンディションと誰でも判りきってはいた。だがそれでもこの結末までは読めはしない。『これが競馬だ!!』と場内アナウンスが雄叫びをあげていた・・。

スタンドは朝からもうビッシリ。行き交う人は圧倒的に若者が多い。たまにサンデーレーシングの勝負服を着ている人に出会う。オルフェーヴルの人気ぶりが判る。その大勢のスタンドの手拍子の中、3コーナー手前でのゲートインが始まった。

大歓声の中、スタートが切られた。最内枠のビートブラックが押して出て行った。逃げるだろうと思われたゴールデンハインドがビートブラックの前に出たのは、3ハロンも行った先。それも押して押してである。一番速いゲートの出だったナムラクレセントが3番手に下げた。
ビデオを何度も見ながら、3ハロンを過ぎた時点で、先頭の2頭からオルフェーヴルがいると思えるあたりをストップ・ウオッチで計時してみた。3.154秒あった。

最初の4コーナーを過ぎて直線に入ってきた。1周目のゴール板過ぎには、前の3頭が等間隔で縦一列に並ぶ。それぞれが2馬身ずつぐらいの間隔だ。そこから6馬身ぐらい離れてユニバーサルバンクが馬群の一番前。トーセンジョーダンが8番手。ギュスターヴクライがその後ろの内目。中団の後ろにウインバリアシオン、ジャガーメイル、ヒルノダムールがいて、オルフェーヴルはその真後ろである。ここらが先頭から最後方まで一番差がない時だったかも知れない。
そして1コーナーを過ぎて2コーナーを廻っていくあたりでは、先頭のゴールデンハインドに1馬身少しでビートブラックが離れず続き、そこから8馬身ぐらい離れた3番手がナムラクレセント。そこからまた8馬身ぐらい離れたユニバーサルバンクが後続馬群の先頭である。

向こう正面を過ぎると、前の2頭がさらに後ろとの水を開けた格好にも見えた。3番手ナムラクレセントが前の2頭と後ろの大馬群とのちょうど真ん中にいる格好だ。そしてオルフェーヴルはと見ると、後方から2頭目。ローズキングダムのチョイ前である。

坂を登って行くあたりで前の2頭、それも2番手のビートブラックがゴールデンハインドの前へと出る格好だ。
残り1000メートルを過ぎるあたりで中村師は『オイ、オイ。いくら何でも早いだろう!』と心の中で思ったそうだ。
その後、残り800を通過する時点で、3番手ナムラクレセントが随分と後ろと離れる。後続馬群との差が詰まり、逆に前との差が相当に開いてしまった。ここでもう一度、ストップ・ウオッチで計測してみる。ナムラクレセントとは2.34秒ぐらい。オルフェーヴルがいるだろう位置で4.88秒ぐらいの差であった。ゴールデンハインドが押しているのに対してビートブラックは手応え十分だ。

先頭の2頭が残り600の標識を通過した。中村師はここを通過するあたりで『ここから終いバテて上がり40秒ぐらいかかるかも知れない。でもオルフェーヴルの位置が後ろだったし、そこから34秒台で上がってきても、何とか粘れるかも知れない』と意外と冷静に思えたそうだ。《どれくらい粘れるかで勝つなんての想定でないニュアンスでだよ》と火曜朝の回顧だ。

この後のビートブラックは、最終カーヴをもうトップスピードで押して押して行った。直線に入ってきて、全体の馬群が見えた時には思っていた以上に差があるのが判る。オルフェーヴルは1頭だけ外を廻って、それも外へモタれたのか馬群から離れていた。懸命に石橋脩Jの左ステッキで促されたビートブラックだが、もう完全なる後続との差で、脚色もパタっと止まる感じが出ていない。もう勝利は確定的。場内アナウンスが先ほどのフレーズを放送していく。
最後のひと伸びでゴールへと目指すビートブラック。脚のあがったゴールデンハインドをかわしてトーセンジョーダンが2番手に上がり、ジャガーメイルが3番手に上がりかけた時に、ウインバリアシオンが何とか3着を確保した。そしてオルフェーヴルはと見ると、馬群の後ろで流れ込んでいただけだった・・。

『昨年の天皇賞の時も出来はかなり良かった。でもあの時は馬場が悪かった。この馬は道悪が上手いと思っていたのだけれども、本当は下手だったようで・・。何せ、今回も出来だけはいいと思っていた・・・』と中村師は語っていた。
ディープインパクトの天皇賞レコードに、僅かコンマ4秒差である。そしてオルフェーヴルの意外なほどの負けっぷりである。何かあったのだろうか?直線入口で1頭だけ少し外を走っていた。そこらも含めて、何か異変があったのだろうか?

競馬は本当に生き物。18頭に必ずチャンスはあるはず。そしてこの逃走劇は最近良く見かけるパターンでもある。ただ、これが出来得るのは人気があまりない馬に可能な事であり、冠馬にはなかなか出来る事でもない。
《乾坤一擲》と言う小見出しを使わせて貰ったが、果たしてこの場合に言うのかは、言えるのか定かではない。ただ何となく、そんな天と地を分ける様な大仕事をした、そんな意味合いで使わせて貰った。


平林雅芳 (ひらばやし まさよし)
競馬専門紙『ホースニュース馬』にて競馬記者として30年余り活躍。フリーに転身してから、さらにその情報網を拡大し、関西ジョッキーとの間には、他と一線を画す強力なネットワークを築いている。