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荻野仁調教助手

これまでに挙げた全4勝が京都コースというトーセンラー。初の1600mでG1を制したマイルチャンピオンシップから、倍の距離となる天皇賞(春)まで連対しているのだから恐れ入るが、これは藤原英昭厩舎だからこそできる業であろう。今年も緒戦として選ばれたのは3年連続での出走且つ連覇が懸かる京都記念で、それもG1馬としての出走。辣腕として厩舎の屋台骨を支える荻野仁調教助手に、距離を戻す今回のポイントを聞いてきた。

初のマイルでG1を制した理由

-:京都記念から始動するトーセンラー(牡6、栗東・藤原英厩舎)についてお伺いします。昨年のマイルチャンピオンシップでは待望の初G1制覇、おめでとうございます。

荻野仁調教助手:どうも、ありがとうございます。

-:レース当日の馬場状態についてですが、日曜日の朝一番は、雨の影響が残っていて柔らかい馬場でした。馬場に敏感なトーセンラーには厳しいかなと思っていたのですが、時間が経つごとに馬場が乾いていって、本番ではこの馬の良さが出ましたね。荻野さんはどのようにご覧になられましたか?

荻:初マイルがG1戦ということで、周りは未知数だと言っていたけど、僕は正直イケると思ってたね。

-:レース前から思っていた、その根拠はどの辺りでしょう。

荻:まだ馬が430キロあるか無いかという時に、1800mのきさらぎ賞を勝って、マイルは守備範囲だろうなと。ただ、あの時はダービーが夢やったし、距離を延ばして頑張っていかないといけなかったからね。それでもあの時に、攻め馬でちょっと上手く調整すれば、マイルでもすぐ対応してくれるだろうなと思いました。逆に、今まで長い距離の菊花賞や天皇賞(春)でも好走している分、全然ペースも苦にならないかなとも思っていました。

一発目は結構チャンスなんですよ。何故かというと、1200mやマイルを使ってきた馬だとテンから行くようになっていて、ゲートが開いてすぐにガチャガチャやるんです。でも自分は今までそのようなスピードでゲートを出たことはない。確かに、調教を積んできて、体や走り方はマイル仕様でピッチ走法になっているし、気持ちも入っているけど、周りが速いから冷静についていけるんです。ジッとしているだけで、馬も力まないんですよ。「ウオッ、みんな走っとるやんけ!」って感じでペースを見ながら追走できるんやね。

ただ、馬もテンの速さを見てしまったから、次どうなるかというと、頑張ってしまうわけです。




-:なるほど。馬が覚えてしまうんですね。

荻:そう。競馬を見てると、長い距離を使ってきた馬がマイルに転進してきて、一発目で勝つ時はあるやないですか。それは何故かというと、力まずについていけるから、終いの脚がキレるということやね。

-:それでも、初距離という利点があったとしても、単純に考えると天皇賞(春)から実に半分の距離じゃないですか。

荻:ただ、“G1やから、そんなに甘くない”と周りは見るわね。

-:実際に1番人気になってもおかしくない能力がありながら2番人気だったのも、ファンもそこまで信用しきれなかったということでしょうか。

荻:それはもちろん、そうだと思います。

真似できない藤原英昭師の手腕

-:京都大賞典(3着)からの調整についてですが、中距離を走っていた時と、マイル戦で仕上げ方は若干違いましたか?

荻:そこはもう、ウチの先生(藤原英昭調教師)がビッチリついていたからね。あの時はほとんど先生が担当して、僕もそれほど乗ってないよ。やっぱり、あそこの切り替えの調教が凄いよね。

-:そこには、どういう変化があったんでしょうか。

荻:表向きには、坂路での追い切りに変えたというところやね。今までは下のコース長めの追い切りをやってきていたけど、短いところをピッとやるようにしてね。あとは企業秘密です(笑)。そこは難しいですよ。真似できないところじゃないかな。



-:それは突っ込んで聞いてみたいですね。例えば、ストライドをあまり大跳びにさせない、とか……?

荻:ある意味、馬を動かしているということかな。”動かす”というと、速いとか遅いとか、みんなは時計で計ろうとするけれど”中身を動かす”というのが、藤原先生がやっていることです。

馬は前脚では走らなくて、トモ(後脚)で走る。その動力であるトモを動かすんやね。色んな方法があるけれども、それを徹底してやってましたね。すると、どんどん馬は良くなるし、筋肉も盛り上がってくる。ただ、何でもかんでも、それをやってしまうのも良くなくて、またそれも馬の難しいところやけどね。馬がグッと成長する時と、京都のマイルへ行くと決めた時に、調教を切り替えたからね。


-:それは、きさらぎ賞の時の体で同じことをやってもダメと。

荻:あんな若い時にやってしまうと馬が潰れて、おかしくなってしまうからね。

-:それだけ古馬になって、態勢が整ってきたということでしょうか。

荻:やっぱり、タイミングが大事やね。昔より馬体が30キロ以上増えて、重くなったというより体がデカくなってね。調教にも耐えられるし、精神的にも強くなっていく。良い馬なのは分かっているから、機会を待って、無事に行けば絶対に良くなるだろうと。兼ね合いだと思うんです。どこで仕掛けるのかを図りながらね。


「”動かす”というと、速いとか遅いとか、みんなは時計で計ろうとするけれど”中身を動かす”というのが、藤原先生がやっていることです。馬は前脚では走らなくて、トモ(後脚)で走る。その動力であるトモを動かすんやね。色んな方法があるけれども、それを徹底してやってましたね」


-:“狙って勝つ”のは藤原厩舎の得意分野ですね。

荻:競馬には絶対はないからねえ。ただ、ポリシーとしては”こうなるだろう”というのを常に考えてね。いつも頭の中でレースしてはるところがあるし”馬はこうやればこうなる”とね。

-:パズルをはめていくんですね。

荻:はまるからビックリするんやけどね。僕は馬の能力とか、馬を信じてるから「絶対に走るって!」って言っちゃう。「根拠は?」って言われたら「根拠て?この馬走るし!」ってなるんやけど(笑)、それが調教師と僕らの違いやろうしね。

-:マイルCS前には、天皇賞(秋)も視野に入っていたと思うのですが?

荻:いや、東京やからね。(同厩舎だった)エイシンフラッシュも出るやん。中距離のスペシャリストがいっぱい出てくる。勝つのは容易ではないからね。

-:それは単純に、輸送がネックですか。

荻:輸送もあるし、東京だし。やっぱり、この馬は京都ですよ。そこしか狙ってなかったからね。京都競馬場しか(笑)

-:それだけ、トーセンラーにとって京都はベストコースなんですね。

荻:ただ、この先からは京都がどうとか言ってる場合じゃなくなった。G1をひとつ獲って、京都にレースがあるなら良いけど、今度はそんなことも言っていられない。マイル路線で行くなら安田記念やし、狙うべきレースがあるなら、その場所へ行かなければいけないからね。

トーセンラーの荻野仁調教助手インタビュー(後半)
「距離を戻す今回の課題は折り合い」はコチラ⇒

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【荻野 仁】 Hitoshi Ogino

卓越した調教技術は、専修大学時代の馬術チャンピオン(障害)という裏付け。藤原英昭厩舎の開業当初から調教助手として屋台骨を支えており、フードマンとして各担当からの意見を取り入れ全頭の飼い葉を調合している。2つ上の先輩である藤原英昭調教師とは小学生時代から面識があり、両人の絆と信頼関係は絶大。名門厩舎の躍進を語る上でこの人の名前は欠かせない。


【高橋 章夫】 Akio Takahashi

1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて17年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。

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