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荻野仁調教助手

昨秋は初めてのマイル挑戦で悲願のG1タイトルを手にしたトーセンラー。武豊騎手のG1・100勝の立役者として話題になったが、今季も見据えてきたのはマイル戦線での頂点君臨。緒戦の京都記念こそ2着と上々の滑り出しも、続く京王杯SCは当週の挫石により出走回避。一転して窮地に立たされた。近年稀に見る強敵集う安田記念の見通しを、荻野仁調教助手に聞かせてもらった。

予定していた京王杯SCを回避

-:京王杯SCを挫石で回避したトーセンラー(牡6、栗東・藤原英厩舎)ですが、程度は軽かったようで、翌週の水曜日には坂路で乗られていました。京王杯SCで、成長した段階の輸送競馬で京都と同じぐらいのパフォーマンスが出来るのか確認した上で、安田記念を見たかったというところが誤算でしょうか。

荻野仁調教助手:うちの先生(藤原英昭調教師)もそういうつもりで、一回試してみたかったのでしょうが、アクシデントがあって、そういう状態で競馬をさせられるような馬ではないので、延ばして一本で行こうとなりました。

-:挫石の程度としては凄く軽かったという感じですか?

荻:ええ。軽くてよかったです。

-:当週の歩様にちょっと異常があったから、念のために回避したのですね。古馬になってからの完成度は、ダービーを使っていた頃とは別馬になっていると思います。どれくらいパワーアップしていますか?

荻:成長したのは見て分かるように、体も大きくなっています。ただ、あれから東京競馬場には行ってないですし、遠いところの輸送を避けて京都・阪神ばかりで競馬しています。



-:2年前の9月に新潟記念に行って、1番人気で7着に負けています。これも典型的な輸送によるものですよね。次の京都記念は休み明けで勝っています。

荻:そういうのも含めてどうかというのがあるので、大一番の前で使っておこうかというのがあったのですが……。

-:いきなり大一番になってしまいました。

荻:今回はメンバーも強いですよね。


「外回りの3コーナーの坂を下って行って、直線が平坦という京都がラーに合っているんですよね。京都の3コーナーの坂の形態が凄く向いているんです」


-:ラーの能力的なことを考えて、京都でのパフォーマンスができたら……。

荻:外回りの3コーナーの坂を下って行って、直線が平坦という京都がラーに合っているんですよね。京都の3コーナーの坂の形態が凄く向いているんです。東京でも、左回りでも結果を残せていませんけど、馬体重も増えてしっかりしているということで、一線級とどこまで走れるかですね。

-:それは陣営もファンも一緒の気持ちですね。僕は左回りに関してはそんなに気にしていなかったのですが、皐月賞・ダービーの両方で結果が出なかったのは、右回りでも左回りでも、輸送した時の結果が出ていません。でも、菊花賞は京都で3着に、天皇賞(春)でも2着にきています。

荻:ダービーの時は泥んこ馬場だったので、全くの論外です。

-:今の府中を考えたら、けっこう時計も出ますし、ラーに合いそうな硬い馬場だと思います。問題は坂が合うのかと、右回り左回りも、マイルならコーナーというコーナーではないですよね。

荻:そうですね。不安はありますが、乗っていてそんなに気にはならないです。

-:精神的な成長も、年齢を重ねるごとにありますか?

荻:それは全然変わっています。若い時は断然難しい馬でした。

-:繊細で牝馬っぽいんですね。今は顔も凛々しくなってきましたよね。

荻:今はどう見ても男ですが(笑)、当時は420、30キロで競馬していましたからね。



輸送後、当日のテンションが全て

-:今の体重はどれくらいですか?

荻:東京に連れて行ったら、460台前半ぐらいで競馬ができると思います。それぐらい減ると思います。今のラーなら、何キロで競馬するかっていうのは、そうなった体重がそうだと思います。60にして持って行ったわけでも、70にして持って行ったわけでもなくて、馬が調子良くて、食べられていたら、その体がいいと思います。

-:3200mでも上位にきて、マイルCSも獲っています。ここでも、能力全開ならば、勝ち負けしてくれないと困る馬です。輸送した時のラーは、京都とどう変わるのですか?

荻:昔のラーはげっそりと10キロくらい減りました。向こうに行って、食いもしないし、水もあまり飲みません。

-:旋回するのですか?

荻:イライラして、ずっと歩くんです。今でも多少はあります。京都とか阪神に行っても、グルグル回る時は、成績が3着とか4着なんですよ。

-:デスペラードに上手く立ち回られ、前走では差し切れませんでした。あの時の状態はいかがでしたか。あの時もグルグル回っていたのでしょうか?

荻:それなんですよね。落ち着けば良いのでしょうけれども、それもトーセンラーです。

-:僕らはパドックに出てきたラーの姿で判断するしかありませんが、今の雰囲気と、精神的に成長したラーとで、どれくらい期待すればいいですか?

荻:ここでも走れるんだ、という結果が出てくれれば最高ですね。また、京都でないとダメだという結果になるかもしれません。ただ、マイルCSを勝って、マイルのG1が目の前にあったら、東京に挑戦したくなります。こっちは馬を完璧に仕上げて、使ってどういう結果になるのか楽しみですし、それに対して、一回使ってどうなるのだろうというのを見たかったのですが、ぶっつけになってしまったので、それは信じないと仕方がないですし、ファンと同じ考えで、どっちに転んでも、こうなるのかと。



-:トーセンラーの特徴自体は、ディープインパクトらしい、軽さに特化した馬ですよね。

荻:そうですね。ディープインパクトは小さい馬で、ラーも2、3歳の頃は420、30しかなかったのが、2年後ぐらいに体がガラっと変わって、結果も出したら、もっと奥がありました。ディープは3歳の頃から3冠も獲っていたけど、あの馬の場合は、豊ジョッキーが最初に新馬で乗った時に「ディープの背中に似ている」と言ったんです。僕も良いとは思っていましたが、ディープは超えられないだろうなと思っていました。豊ジョッキーが乗って、「この馬は絶対に走る」と言ってくれました。

-:パワーやスタミナ面はいかがですか?

荻:スタミナ面も結果を残していますし、今はスタミナもあるし、パワーもあると思います。

-:坂も心配しなくていいんじゃないですか?

荻:これがまた競馬の難しいところなんです。力を入れるとアワアワなるんでしょうね。

-:普段、ラーに乗っている感じはどうですか?

荻:超A級のオープン馬です。他の馬とは違います。

強敵相手にホームランを!

-:出るからには、ファンも相当な支持をしてくれると思います。

荻:ジャスタウェイは強いですよ。ドバイであんな走りを見せられたら。中山記念の時も強かったし、強いとしか言いようがないです。天皇賞(秋)も勝っていますから。

-:終いの切れだけでいったら互角じゃないですか?

荻:冷静に考えると、休み明け一発目でG1で超ド級の馬が一杯出てきて、かかってこいという気にはならないです。普通のG2とかなら、展開とか何かない限り負けることはないだろうと見ていますが、今回はちょっと強いですね。

-:ミッキーアイルやカレンブラックヒル、グランデッツァなどの先行馬も揃っていますから、流れた上で終いのこの馬の良さが引き出されればですね。

荻:あんな時計で走るグランデッツァを前に行かせて、そのまま走れば怖いですし、ミッキーアイルだって(斤量)4キロ差があって怖いです。いっぱい怖い馬がいます。こんな安田記念ないんじゃないですか。周りもそう思っているだろうけど、こっちもそう思っています。今回は簡単じゃないです。


「正直、(東京は未知の領域)それぐらいの気持ちはあります。ラーがまたホームランを打ってくれればいいな、という感じですね。あいつの場合はホームランバッターなんです」


-:もしこの安田記念が、京都で行われる安田記念だったら、期待度はどれくらいありますか?

荻:デカイですね。イメージが沸きますから。

-:厩舎にとっても、未知の領域にトライするんですね。

荻:正直、それぐらいの気持ちはあります。どこでも走っていると言ったらおかしいですが、中山でも東京でも勝っていて、ドバイに行っても勝っているジャスタウェイが1番強いような感じもしますが、ラーがまたホームランを打ってくれればいいな、という感じですね。あいつの場合はホームランバッターなんです。

-:アベレージヒッターではないんですね。

荻:違いますね。



-:福島の七夕記念で1番人気で2着になっています。あの時の2着は評価するというより、アスカクリチャンに負けてしまったことを悲観する方が強いですか?

荻:その時の馬の完成度だと思います。能力は分かっていますので、その能力をどこまで、その時の状態のマックスでやれるかです。ただ、成長してこれは走るなという時があったり、変わったなという時があるから今があるんです。

-:だからこそ、府中への挑戦もあるのですね。今の状態はいかがですか?

荻:1つ(レースを)待ちましたからね。その時に攻め馬を少し休ませて、レースを1つ抜いています。そこの調教課程を途中で止めました。全てが治っても、休んでいた分を埋めるのは難しいです。機械ではなく、アスリートなので、筋肉の緊張のピークを計算して調教しなければいけません。そこを考えると……。

-:若干の割引が必要ですか?

荻:そう思います。過程もあるし、乗り込んでいますが、間があいて馬の心肺機能が、という懸念があります。

-:あとはラーの当日のやる気に懸けるしかないですね。

荻:やる気は出してくれると思うので、あとは体がついてこられるかどうかですね。

-:期待していますので、激走を見せて下さい。

荻:ありがとうございます。

●京都記念前
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【荻野 仁】 Hitoshi Ogino

卓越した調教技術は、専修大学時代の馬術チャンピオン(障害)という裏付け。藤原英昭厩舎の開業当初から調教助手として屋台骨を支えており、フードマンとして各担当からの意見を取り入れ全頭の飼い葉を調合している。2つ上の先輩である藤原英昭調教師とは小学生時代から面識があり、両人の絆と信頼関係は絶大。名門厩舎の躍進を語る上でこの人の名前は欠かせない。


【高橋 章夫】 Akio Takahashi

1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて17年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。

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