関係者の素顔に迫るインタビューを競馬ラボがオリジナルで独占掲載中!

榎本優也調教助手

天皇賞当日の気配

-:当日の気配はいかがでしたか?

榎:朝の運動は大人しかったですし、装鞍所まで行く時も大人しかったですね。でも、パドックに出てからは毎日王冠に比べたら気合が入っているというか、そういう感じはありましたね。

-:そうですか。僕はあんまり気が乗っているようには思わなかったですね。

榎:多分、それは2人曳きにしたからですね。毎日王冠の時は全然1人で曳っ張れたので。あれを多分、天皇賞で僕が1人で曳っ張ってたら、落ち着き切らなかったんじゃないかなと思いますね。

-:なぜ今回は2人で曳いたんですか。G1だからですか?

榎:毎日王冠は僕1人しかいなかったというのもありますけど、雰囲気を見て先生から「ちょっと行って来い」という話が。ウチの厩舎では、“大人しいのにわざわざG1だから”という訳でもないですね。その時の様子を見て、先生の判断です。

-:他媒体では「出走馬中、パドックで一番良く見えた」という声が多かったらしいですね。

榎:さっきも言いましたけど、体的には関屋記念の時が……。僕がつくりたいなと思う通りにジャスタウェイができてくれたというので、すごく手応えが良かったという気持ちの部分もあるでしょうけど、今思い返してみても、輸送で全然体が減らなかったですし、歩き方もね。それでいて返し馬に行ったら、祐一さんも「これは唸っとるで」みたいなことを言ってくれていたので、走らせたら走るやろなと。一番良いパターンかなと思いましたけどね。



-:関屋記念は「唸るようなデキ」だったと。

榎:そうなんです。パドックとかまではずっと大人しかったのに、走らせたらグッとくるものがあった、という話ですね。天皇賞はいつも通りに返し馬もサッと。祐一さんが乗ったら、スッーと下ろしてくれますのでね。そんなに引っ掛かるような素振りもなかったですし、ゲート裏でも落ち着いていましたよ。そのゲート練習をした時もちょっと“エッ”という感じはありましたけど、ジッと落ち着いていましたし、練習をしたお陰か、先入れでしたけど、大人しくしてくれてましたからね。良かったと思います。

-:ジェンティルドンナの話を聞いていたら、東京競馬場だとカメラマンが出入口の所に固まってるじゃないですか。「あれを結構嫌う」と言っていたのですけど、そういうのはないのですか。

榎:ジャスタウェイが嫌いなのは、G1だと掲示板にパドックの映像が出るじゃないですか。あれがパッと映ったら、凄く見ますからね。あれはいつもと違う状況だから。一番酷かったのは初めてのG1のNHKマイルCの時で、ずっと見ていましたから。

-:切り替わった時だけじゃないんですね。

榎:だけじゃないですね。その時だけでも一瞬我慢できるようになってくれたら良かったんですけど、ずっと気にしていたのでね。やっぱりいつもと違う状況というのは。どこに反応するかは馬それぞれやと思いますけど、ありますね。

悲願達成の瞬間を振り返る

-:レース自体を振り返っていかがでしたか?

榎:取りあえず、ゲートを普通に出てくれたのでね。それは本当に良かったなと思ってます。その後はバスの中のモニターで見てたんですけど、本当にこういう展開になれば良いのにな、という、思っていた以上に全てが上手くいったんじゃないですかね。真ん中辺りを走ってくれてましたけど、全然引っ張るようなところもなく、スムーズに走ってくれたので“コレは”良いなと思いましたね。それで、3~4コーナーですごく手応えが良くて、スーッと上がってきてくれるのが見えたので、“これは間違いなく上位、いや、連対してくれるな”と思いましたけどね。妄想してテレビばっかり見てたんですけど、画面が切り替わったらスッと先頭に立って、“エッ!?そんなに早く抜けちゃうの”と思いながら、最後まで危なげなくというか、ドンドン後ろに差を付けながら走ってね。いや、本当に驚きましたね。声を出す暇もなかったというか、ポカーンとしながら勝ってしまったみたいな感じでしたね。

-:どうでしたか、引き上げてくる時は?

榎:あれはやっぱり憧れでしたからね、G1は。

-:しかも東京でやるというのは?

榎:そうなんですよ。去年はエイシンフラッシュが勝って、天覧競馬の中でああいう光景を見て、“ああいうものをいつかはしたいな”という思いがありましたから。“アッ、できる”と思ってバスを降りて、我に返って“ジャスタウェイを迎えに行かな”と。後で写真を見たら、僕メッチャ笑顔でしたもんね。そんなに笑ってたかみたいな。いや~、本当に嬉しかったですね。





-:「親戚」は増えましたか(笑)?

榎:そんなことでもなかったですね(笑)。久しぶりに連絡をくれた人とかはいました。それは本当に遠くにいる人だったりしたので、普段から会える人ではないんです。連絡をくれた数がすごかったですからね、電話、メール……。帰りの馬運車は一睡もできなかったですよ。返していたのもありますし、やっぱり自分でも興奮して眠れなくて。

-:帰ってきたのは何時ぐらいだったのですか?

榎:いつも通り1時前ぐらいには厩舎に着いて、片づけやら何やかんやして、1時半ぐらいには家に帰ったと思います。そこからは録画していたレースを、嫁と何回も見直して。

-:奥さんは何か言っていましたか?

榎:起きてきてくれて「良かったね、おめでとう」と。一緒に何回もビデオを見て、3時ぐらいまで見てましたからね(笑)。

-:翌朝は何時に起きて見に行ったのですか?

榎:翌朝は6時半ぐらいには厩舎にいたと思うんですけど。

-:すぐに放牧に出ましたよね。

榎:それは早いうちに一旦(放牧に)出すということは決まっていたので。脚元もどうもなかったですし、カイバも競馬後にしてはよく食べていたと思います。







次なる目標はオーナー熱望のドバイ

-:さて、来年はどうなりますか?

榎:オーナーから「どうしてもドバイへ」という話がありますから、取りあえずはそこを目標にですね。

-:中山記念とかいう話もありましたね?

榎:そうですね。あとは先生がどういう風に考えているかは分からないですけど、京都記念とかも、考えられるんじゃないですか。でも、馬場の良いところを走らせてあげた方が走ってくれる馬なので。中山記念は開幕週ですもんね。それからドバイに行く予定です。

-:大和屋オーナーは「スタッフの榎本さんや先生がドバイのことを考えて、ちゃんと準備をしてくれているんじゃないか」と言っていましたね?

榎:ドバイは大概、英語で大丈夫らしいので、本屋さんに行って英会話の本を。あとはパスポートも取らなきゃいけませんしね。

-:通訳的な人はいるんじゃないですか?G1馬が招待で行く訳ですから。

榎:仕事に関わる部分は大丈夫でしょうけど、せっかくだから向こうのホースマンにも多少は話を聞いたりとか。僕が準備できることと言えば、パスポートを取って、少しでも英語を勉強するぐらいですかね。それと、香港にアスカクリチャンが行ってくれますから、そういう意味では……。

-:海外のノウハウも厩舎に?

榎:本当に初めてだったら緊張しちゃいますよ。クリチャンが行ってくれて、厩舎としても経験を積んで。

-:厩舎の人脈に海外に行ったことがある人はいるんですか?

榎:ウチの厩舎にはいないんじゃないですかね。


「海外は馬に連れていってもらうものであって……。僕も夢が叶いそうで、本当に……ジャスタウェイに頭が上がらないですね」


-:一躍、来年は海外遠征です。来年に向けての抱負をお願いします。

榎:天皇賞(秋)を勝たせてもらいましたけど、まだまだ天皇賞馬という感じではないので、頑張って行かなきゃいけないなと思います。まだ、3勝目を挙げたところなので……。

-:天皇賞が3勝目というのは史上初だったらしいですね。

榎:そういう意味ではすごいことですけどね。



-:この後でまた2着とかが続くと、“あの時は嵌まっただけだ”と言われかねないですからね。

榎:もっと評価を上げてけるように、これからもやっていかないといけないなと思います。海外は馬に連れていってもらうものであって……。僕も夢が叶いそうで、本当に……ジャスタウェイに頭が上がらないですね。

-:そう言えば、ちょっと前に「ジャスタウェイのグッズを作れれば良いな」という話をしていたじゃないですか。覚えてないですか?

榎:素晴らしいですね。逆に大和屋さんが覚えてくれているか分からないですけど、今年の年明けに「ジャスタウェイのジャンパーを作って下さい」と言ったら「G1を勝ったらね」なんて言ってたんですけど。カッコ良いヤツをお願いします、なんて話をしてたんですけどね。

-:何か聞くところによると、「クオカードも雑誌に付けるヤツを作っている」と言ってましたけど。見開きみたいヤツで。

榎:なるほどね。僕も入手したいと思います(笑)。

-:今後も「トレセンLIVE」のコラムを含め、よろしくお願い致します。おめでとうございました!

榎:ハイ。こちらこそよろしくお願い致します。ありがとうございました!

●ジャスタウェイの榎本優也調教助手のインタビュー(前半)はコチラ⇒

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●天皇賞(秋)前・ジャスタウェイについてのインタビューはコチラ⇒





【榎本 優也】Yuya Enomoto

競馬ラボでは『トレセンLIVE!』のコーナーでコラムを担当。
大の競馬ファンである父親の影響で、幼い頃から阪神、京都競馬場へ足を運ぶと、武豊騎手に憧れてジョッキーを志すように。視力が足りず受験資格をクリア出来ず、断念せざるをえなくなったが、競馬関係の仕事に就きたいという思いに変わりは無く、牧場勤務を経て、25歳の時にJRA厩務員課程へ入学し無事卒業。
しばらくの待機期間を過ごし、09年5月に須貝尚介厩舎で待望の厩務員生活をスタート。 7月には持ち乗り助手となり、それ以来、2頭の競走馬を担当している。

調教助手としては、アスカクリチャン、アスカトップレディ、クリーンエコロジー、コレクターアイテムなどを手掛け、2012年上半期には担当するジャスタウェイがアーリントンC(G3)を制して人馬ともに重賞初制覇。NHKマイル、日本ダービーとG1の舞台を経験。そして、2013年の天皇賞(秋)では、ジャスタウェイで人馬共に悲願のG1制覇を成し遂げた。

現在は厩舎の屋台骨を支える傍ら、趣味である一眼レフカメラで厩舎の愛馬たちを撮影。関西のトップステーブルに登り詰めた須貝尚介厩舎のスポークスマン的な役割を果たしている。