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野中賢二調教師

2013年は連覇が懸かったステイヤーズSで3着。一見は変哲もない記録だが、それが明け12歳を迎える大ベテランによるものだから恐れ入る。現在、天皇賞(春)には8年連続出走というギネス級の記録を持っており、2014年の動向も気になるところ……。解散した松元省一厩舎から同馬を譲り受け、厩舎の成長と共に歩んできた野中賢二調教師に、新年は万葉Sを目指す無事これ名馬トウカイトリックについて伺ってきた。

現役馬でトップ5に入る獲得賞金

-:新年も万葉Sを目指すトウカイトリック(牡11、栗東・野中厩舎)についてお伺いします。ディープインパクト世代ですか。

野中賢二調教師:ハハハ。それ、もう聞き飽きたわ(笑)。

-:毎度のように言われると思いますが、年が明けて12歳。ここまで年齢を重ねると、大変なことも多いと思いますが、いかがですか?

野:どの競走馬でも一緒だけど、年齢的に疲れが抜けにくくなるのは事実だね。けれども、そんなに手がかかる馬じゃないし、この前も担当の厩務員と喋ってたんやけど、他の馬より診療費・治療費もかかっていないんです。下手をすると、2、3歳の若い世代のほうがかかったりするくらいで。トリックが持っている資質が凄いんだろうけどね。

-:先日、スプリングゲントが13歳まで走って引退しましたけども、これぐらいの年齢になると多くは障害馬や、平地でも2ケタ着順が続くものだと思いますが、この馬の場合は重賞でもタイミングさえあれば好走してくるところが、今までの高齢馬と違うところですね。

野:そうやね。着順を無視して年を重ねて走っている馬は結構いるけど、この馬は自分の食いぶち以上を稼いできてくれるし、実際どこにも馬体には問題ないしね。昨年も7000万くらい稼いでいて、今年もG2で(阪神大賞典)5着と(ステイヤーズS)3着だからね。本当のところはオーナーも馬のことが心配だし、僕らの中にも"引退"の文字は常に脳裏にあるんだけど、どこかで上手く幕引きをしてあげなければいけないし、どういうタイミングでやってあげるかだね……。この前のステイヤーズSで勝ってくれてたら、カッコ良く引退も考えたんだけどね(笑)。

-:日本競馬の流れで、種付けや2歳戦も早くから始まるようになって"早く稼ごう"というムードになっている中で、この馬のように、昔ながらというか"1頭の馬で長く楽しむ"という、競馬の原点みたいなところがあるじゃないですか。

野:実際、オーナーってそれが楽しいはずだからね。自分の馬が長く元気で、ちゃんと賞金を稼いでくれるというのがね。ただ、今はそれがなかなか難しいからね……。この馬もそれを狙ってきたわけじゃないし、本当に馬が持っているモノが凄くて、何もなく無事に来たというだけの話だから。結局、どこか故障したり、稼げなくなったりして馬は引退していくんだから、それを両方満たして今まで来ているのは、本当になかなか驚異的やね。

-:(野球の)落合選手みたいな感じでしょうか。

野:ホンマやね。本当に凄いと思うよ。

-:有馬記念でエイシンフラッシュとオルフェーヴルが引退して、トウカイトリックの獲得賞金は日本の現役馬でもトップ5に入るほどじゃないかと思います。

野:そうらしいなあ。長距離という距離形態は特殊だし、可哀想なことにステイヤーの領域は年々狭くなってきていて、メンバーが小粒になったりしているのもあるけど、その距離をこなせるという資質を持っているが故に、彼はここまで来られているし、実際に次の万葉Sでは本命が付くんじゃないかというね……。明け12歳なのに(笑)。しっかり、自分の舞台でちゃんと輝いて生き延びているのは凄いと思うけどね。だから、ファンが凄く多いんだろうね。



-:馬と人間を同じ尺度で語れないですけど、年齢に4をかけると48歳になりますからね。

野:僕と同級生くらいか(笑)。

-:それが、高校生・大学生くらいのバリバリな人たちと戦うということを考えると、恐れ入ります。

野:日本人が好きなシチュエーションではあるよね(笑)。馬場入りを見ただけで感動して泣くファンの子がいるらしいからね。女の子とかでも。

-:(ライブを観たファンだけでファンが泣き叫び、失神したともいわれる)ビートルズ級ですね(笑)。

野:実際、天皇賞(春)の馬場入りでも一番歓声が多いしさ。ゴールするだけで"感動した"と言ってくれる人もいます。

-:現実問題としては結果を出さなければいけないわけですが、トウカイトリックにとっては、京都は結果も出ていますし、合っている舞台の一つだとは思いますが、今年の万葉Sは着順が10着と振るいませんでした。

野:この馬は乗り手と合う・合わないがあると思う。もう競馬のこともわかっているし、走る気にならなかったらアカンね。ステッキを数多く打ったりするとかね。性格はもともとキツイし今でもキツいんだけど、難しいところがあるにはあるね。

-:イメージとしては、ソフトに乗ってくれる騎手のほうが合うのでしょうか?

野:うん、そうやね。

2013年の万葉Sよりも良い状態

-:今回の鞍上はどのジョッキーになるんでしょうか?

野:いま(12/26現在)探しているところです。はっきり言って、ハンデ58キロとか背負わされるんだったら使う気はなかったし、やっぱりこの時期に重たい斤量を背負うのはね。おそらくハンディキャッパーはこの馬を57キロに抑えて、他の馬を下げたんじゃないかな(笑)。下は48キロとか居るからね。そういう経緯もあってジョッキーも押さえにくかったのはあります。ただ、その日は他にも結構いるからね。結構オファーは来ているんですよ。

-:そこはやっぱり、野中先生のほうで手が合う・合わないを見極めて判断するという感じでしょうか。4歳の天皇賞(春)に出走する前とかは、この馬に対して乗り難しいイメージがあったんです。その時と比べたら、特性は変わってきましたよね。

野:変わってきたね。やっぱり、キャリアも積んできたからね。

-:この馬に乗るジョッキーに対する先生のアドバイスとしては、どの辺りがポイントになるんでしょうか?

野:ある程度、馬の背中やリズムを大事にして乗ったら全然動いてくれるし、最後はステッキでもいいんだけど、そうじゃなくて人間の懐や騎座で動かせる騎手じゃないとね。なかなか難しいんだけど。北村(宏司)のように懐が深い、広いジョッキーは合うわけやね。

-:コンディションについてですが、ステイヤーズSで3着と好走して帰ってきて、疲れはあったと思うんですが、その疲れを抜くということ以前に、正月の変則日程については、ベテランの経験値でこなせるものでしょうか?

野:そうやね。休み明けでアルゼンチン共和国杯を使って、ステイヤーズSだったんだけど、昨年より遥かに調子は良かったんです。昨年は半信半疑だったけど、今年はアルゼンチンからずっと調子は良くて、ステイヤーズSでも勝負になると分かったし、使った後もかなり状態はキープしているし、毛ヅヤや張りもいいよ。どうしてもステイヤーズSが終わると、人間も馬もホッとしてしまって、正月も絡んで、ちょっと馬をかわいがり過ぎる部分もあって、いつもプラス10キロとかになってしまってたんです。

今年は疲れが抜けてからキッチリ動かしていってるから、今年の万葉Sよりは絶対に良いコンディションで出せると思います。今日もすでに(坂路で)4F55秒くらいのをやったけど、昨年の暮れにはここまでやれてなかったからね。後はレース当日まで逆算してになるけど、レースが1月6日(月)で、年明けは2日(木)から調教できるし、当該週に最終追い切りもできるから組みやすいよね。




-:ファンにとっては、正月開催はプラス体重のオンパレードで戸惑いながら過ぎていくこともあるんですが、トウカイトリックに関しては大丈夫そうですね。

野:昨年の反省も踏まえてしっかりと馬を作っていますし、年齢を重ねれば重ねるほど、ちゃんと馬を作ってあげないと故障の確率は上がるし、逆にしっかりと仕上げてレースに出してあげないと僕らも怖いからね。緩い仕上げて行って故障したら悔いが残って仕方ない。アルゼンチンからステイヤーズSも440キロ台と、今までの体重の中でも軽い部類で出しているだけど、それは故障させたくないからで、余分なものは取って、馬体への負担は軽くしないとね。

-:今回は輸送がないので、調教での運動量をある程度増やしているということでしょうか。

野:慎重に頑張ってます。

-:その辺はファンも、追い切り時計とか本数で確認できますね。

野:成績が伴ってくれたらええねんけど、こっちとしたら無事にゴールしてくれよ、という思いです。他の馬の倍以上に疲れるし、気疲れは他の馬よりはするし、何かあると申し訳ないから。

-:芝のコンディションによってのパフォーマンスの差なんですけど、昔はパンパンの良馬場の方がよかったじゃないですか。でも、前回のステイヤーズはちょっと柔らかさがあったじゃないですか。

野:今はその方が走るよね。時計面にはちょっと厳しくなってくるし、やっぱりスタミナ勝負というか、消耗戦になった時は走るよね。京都でもちょっと渋った方が今やったらいいんやろうなと思う。京都の馬場は速いしさ、今はちょっと分が悪いのかな。

-:その辺も若い時から特性が変わってきた要素の一つですね。じゃあちょっと雪でも降って、ギリギリ芝コースで出来るくらいの状況になれば、より良いと。若いピチピチした馬がノメるような馬場の方が。

野:距離適性って、なかなかこの3000とか3600mに適性がある馬って、今は少なくはなってきてるから。ただ、良馬場でパンパンで時計が出るような馬場やったら、こなしてしまう馬が出てくるからね。3000くらいやったら。そういう馬でハンデの軽い馬にやられるな。でも、ステイヤーとしての資質を問われるレースになると強い。

-:今、ステイヤーを作っている業者(厩舎・牧場)がいないというか。

野:そう、業者がいない。今、このレース形態であれば、厩舎に2頭くらいこういうステイヤーを持ってたら、けっこう稼げるのは稼げるもの。経営としたら、スプリンターを作っていたら、レースに出れるかどうかわからないよね。ダートもかなり層が厚いし、長丁場の馬をホンマにちゃんと作ったら、海外でもオーストラリアに行っても稼げるしさ。オーストラリアだと日本の馬なら絶対通用するもんな。

-:オーストラリア自体にステイヤーがいないから、ヨーロッパから買ってこないとメルボルンカップに出られないですからね。

野:それはトリックでも種牡馬としてほしいって言うくらい。最初、そういうオファーもきてたからね。

-:じゃあエルコンドルパサーの貴重な後継ですね。

野:そのまた幸せを考えると、その後も悩み事というか。実際に種まで残して、ホンマに損得無しでやってくれるところはないよね。なかなか、種馬としても幸せに暮らせるのか、といえば、日本の今を考えたらなかなかないしなあ……。子供を見てみたい、という思いもあるけど。

-:でも、出てきたら出てきたで、ファンは騒ぎそうですけどね。

野:もう幸せな種牡馬生活は送れへんのは目に見えてる。(繁殖牝馬)集まらないしさ。それもかわいそうやし、それやったら一生かわいがってくれる誰かとか、ファンがいつも触れられるような場所に置いてあげて。

-:これだけの馬やったら功労馬には絶対なるから、そういう施設には入れるでしょうし。

野:そうそう。そういう方が幸せかな、と思う。

野中賢二調教師インタビュー(後半)
「12歳での重賞奪取が新年の目標」はコチラ→

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トウカイトリック 累計走破距離
年(年齢) 戦績 累計走破距離 1レース平均走破距離
04年(2歳) 2戦1勝 3400m 1700m
05年(3歳) 10戦3勝 20200m 2020m
06年(4歳) 7戦0勝 20600m 2943m
07年(5歳) 8戦1勝 23400m 2925m
08年(6歳) 7戦1勝 19700m 2814m
09年(7歳) 5戦0勝 14800m 2960m
10年(8歳) 6戦2勝 18200m 3033m
11年(9歳) 6戦0勝 17800m 2967m
12年(10歳) 6戦1勝 18700m 3117m
13年(11歳) 5戦0勝 15300m 3060m
合計 62戦9勝 172100m 2776m
トウカイトリックはここまで重賞3勝を含む全9勝。10年・12~13年は1レースにおける平均走破距離が3000mを超えるなど、生粋のステイヤーとして息長く活躍を続けている。
累計走破距離の172.1kmは、新幹線の東京駅~静岡駅間(167.4km)をやや上回る距離にあたる。今後どこまでその数字を伸ばすことができるか。

トウカイトリック 過去の万葉S成績
人気・着順 人気・着順
14年(12歳) 10年(8歳) 2人気1着
13年(11歳) 6人気10着 09年(7歳) 不出走
12年(10歳) 6人気6着 08年(6歳) 1人気1着
11年(9歳) 4人気9着 07年(5歳) 1人気2着
万葉Sにはこれまで6回出走して2勝、2着1回と相性の良いレースもここ3年は着外。年末もビッシリ乗り込まれて臨む今回、4年ぶり3回目の万葉S勝利を狙う。


【野中 賢二】 Kenji Nonaka

1965年福岡県出身。
07年に調教師免許を取得。
08年に厩舎開業。
初出走
08年3月1日 1回阪神1日目9R トウカイフラッグ
初勝利
08年3月15日 1回阪神5日8R トウカイインパクト


■最近の主な重賞勝利
・13年 関東オークス(アムールポエジー号)
・12年 ステイヤーズS(トウカイトリック号)
・12年 愛知杯(エーシンメンフィス号)


厩務員だった父の影響で10歳から乗馬を始める。昭和57年10月から藤岡範士厩舎に入り、厩務員から助手へと転身し、その後は厩舎を開業するまで所属。
藤岡範師を「父であり人生の師匠」と尊敬しており、番頭を任される中でタフネススター(カブトヤマ記念を勝利)などを育て上げた。当時の雰囲気を自厩舎で継承しつつ、目標でありライバルとしては「昔から一緒に馬乗りをやっていて、お互いやろうとしていることが分かる。スタッフを揃えて技術を上げていって、ああいう風にやっていきたいというのはある」と、藤原英昭師の名を挙げる。馬に対して「生きてきたそのまんま。本当に感謝しかない」と語るそのポリシーは、12歳にして平地で競走生活を続けるトウカイトリックの育て方に相通じるものがある。


【高橋 章夫】 Akio Takahashi

1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて17年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。

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