【祝】JRA通算1600勝達成!
2010/2/12(金)

中舘英二騎手×高橋摩衣
-:今日は、JRA通算1600勝を達成された中舘英二騎手にお話を伺います。
高:中舘騎手、お願いします。
中:よろしくお願いします。
高:1600勝、おめでとうございます。
中:ありがとうございます。
高:1600勝ですよ…、積み重ねましたね。
中:そうですね。いろんな人の支えてもらったおかげです。でも、当然負けた方が多いですからね。人気になったけど全然ダメだったというレースの方が多いですから。
高:どうしても負ける数の方が多いですもんね。勝ったレースと負けたレースではどちらが記憶に残りますか?
中:やっぱり負けた方が残りますね。勝ったレースは、こう言ったらおかしいですけど、勝って当たり前というか、良い馬を普通に乗ってくれば結果は出ますからね。でも、その普通に乗るのが一番難しいことですけど。
高:一番難しいんですか。
中:そう。レースで勝った後「あの馬は強いんだから勝って当たり前だよ」と言われることが多いですけど、どんな商売でも、見た目が簡単な方が難しいじゃないですか。競馬も同じで、小回りコースで先行して3、4コーナーまで引っ張って、直線でサッと追ってシューッと離して勝つと「そういうレースって簡単だよな」って言われるけど、実はそういうレースが難しいんですよ。
高:なるほど。簡単に勝ったように見えても、実は難しいんですね。
中:そうです。もちろん馬の力があるから出来る事なんですけどね。良い馬じゃないとそういう勝ち方が出来ませんし。やっぱり騎手はどれだけ良い馬に乗れるかが大事ですから。
高:確かにどれだけ自分が頑張っても、力のある馬でないと結果に結びつかないですもんね。
中:そうそう。そして良い馬に乗る為には、勝てる馬をしっかり勝たせないとダメですね。リズム良く勝っていると「あいつ調子いいな」と言われますけど、凄く上手く乗って2着でも、それは忘れられちゃうじゃない?
高:そうですね。
中:凄く上手く乗って2着になるよりも、ヘグッても1着になった方が価値がありますよ。とにかく勝っていれば、周りのイメージも良くなりますし。「アイツに乗せておけば勝てる」というイメージを持ってくれたりね。今は良いイメージが出来上がっているから、僕にとっては良い傾向ですね。
高:中舘さんご自身も、今は良い流れだなと感じていらっしゃるんですね。
中:毎週これだけたくさんの良い馬や人気になるような馬に乗っていれば感じますよ。関西馬にも乗せてもらえましたしね。
高:中舘さんは関西馬にも結構乗っていらっしゃるんですよね。
中:去年も半分くらい勝ちましたからね。最近重賞を勝ったのも皆関西馬ですし、関西の中でも良い馬に乗せてもらえてますね。
高:それだけ多くの厩舎さんからのサポートもあって安定した成績を残せる、という事もあるんでしょうね。
中:いや、浮き沈みはあるんですよ。去年も100勝をしましたので、1年間通して考えると成績は安定していますけど、1週間単位で言うと浮き沈みはありますよ。ちょうど1年前、冬の小倉では相当ヘコんだし、かなりダメでしたから。
高:そうなんですか。
中:小倉の時は通算1500勝まであと1つか2つという状況でしたけど、勝てそうで勝てませんでした。もう乗る馬乗る馬、全然ダメでしたから。1倍台の1番人気をバンバン飛ばしたり…、勝てる気がしませんでしたよ。
高:その時って、普段とはモチベーションが違いましたか?
中:もう全然違いました。勝てないと焦るし、馬も動かないし、慌てますから上手く行かないですよ。あれ?勝てないなと思って、おかしいなと思っているうちにどんどんおかしくなっていって…。
高:そういう時は自覚されるんですか?
中:自覚はあります。落ち着いて乗らなきゃと思っても慌てたり。慌てるから余計にポジションも行き過ぎちゃったり、行かな過ぎたり、頭で考え過ぎちゃって「あ、いいや」という諦めがないんですよ。考え過ぎて全然ダメです。
高:そんな状況で人気馬に乗るとなると、プレッシャーも大きかったんじゃないですか?
中:いや、そこまでいくと人気はプレッシャーではありませんでした。もう「落ちるところまで落ちるんだろうな」って。「このまま終わっちゃうのかな」というのも脳裏にスッとよぎりましたよ。「乗り役ってこうして終わっていってしまうのかな」って。
高:そんな事があったんですね。どうやってそういう状況から抜け出せたんですか?
中:強い馬に乗って勝つことですよ、まずは。もう、馬に勝たせてもらうしかないですよ。自分の力じゃどうにもならないから、馬に風向きを変えてもらうしかありません(笑)。
高:なるほど(笑)。
中:何となくリズム良く乗れるようになって、開催場も替わってね。「競馬場が替わったから大丈夫」っていう自分の中の区切りもあったし、競馬場が替わって何気なく勝ったりすると「あれ?まだ大丈夫じゃないかな」と簡単に考えて(笑)。
高:自己暗示のような。
中:ああ、そういうのは凄く強いから。自己暗示はすごい強いですよ。凄く調子良い、と思うとバンバン勝つし、ダメとなるとガクッとなるし。よく嫁にも「あなたは自己暗示が強すぎる」と言われます(笑)。
高:それほど強いんですね(笑)。例えばレース当日、調子が良い時はどんどん勝てるという事もありますか?
中:少し足りない馬かな、と思っていても、良い着順に来たりしますね。そういう時は、頭で考えるより体がスッスッと動きます。「レースでどう乗ろうかな」というシミュレーションは一応するじゃないですか「この馬の後ろに入ってはいけない」とか。そういうのを考える前にどんどんどんどん進めますし、思わぬ展開になっても対処が出来ます。
高:なるほど。逆にあまり良くない流れの時は。
中:こうなっちゃいけない、という所に行っちゃいます。悪い流れにしっかり乗っちゃって(笑)。でも、それも含めていいんでしょうけどね。
高:いい、ですか。
中:悪い時がなくて、良い事しかないと、いざヘコんだ時にどこまでヘコんじゃっていいのか分からないから、ヘコみようがないんです。だからヘコんだ時の練習もしておかないといけないかな、と。だから悪い流れを経験するのも、長いスパンで考えれば必要なことなんですよ。「こういうことはやってはいけないんだ」という知識を頭の中に残すために必要な事だと思います。
高:失敗や上手くいかない事を経験するのもいい、と。
中:そうですね。僕ももう何年も騎手をやっているので、挫折は過去にたくさんあったし、騎乗馬を替えられる事もありましたから。レースが終わって親分にぶん殴られたという事もいっぱいありますよ、まだ所属している頃はね。そういう下積みをクリアしてきたから、ここまで上がってこられたんじゃないですかね。

高:そうやって厳しく育てられてきた経験を、後輩に伝えたりされますか?
中:いや、相手が理解できないと思いますよ。話をしていても「何を言っているんだろう?」みたいな顔をされる事もありますし。でも、そういう子は減量の時にビューッと伸びても、減量が終わるとガタッと下がる事が多いですね。そのままビューッと上まで行った子もいるので、一概には言えませんけど。
高:伸びそうな後輩の特徴ってありますか?
中:素直な事ですね。伸びる子は素直だし、自分というものを持っています。僕の話を聞くという事は、他の人の話もちゃんと聞いていますから。
高:先輩のアドバイスに素直に耳を傾ける、と。
中:そう。でも、素直に聞いているようでも、とりあえず「ハイ」と「すみません」だけ言っていればいいや、という感じの子は多いですよ。まあ、こちらの話を聞いているか聞いていないかっていうのは分かるじゃないですか。話を聞いていない子は「ムカつくな」と思わせるような態度をとったりしますし(笑)。
高:そういう事ってあるんですか?
中:あるあるある!ありますよ。
高:そうなんですか。ちなみに中舘さんご自身は人の意見をよく聞いてこられたんですか?
中:人の話を聞いたし、自分でよく考えましたから。「今、何をするべきか」とか。
高:「今、何をするべきか」ですか。これほどのキャリアを積まれた現在でも、まだそういう事をお考えになられますか?
中:もちろんです。まだまだ勉強しなくてはいけないし、まだまだ足りないと思っているし、自分は能力が高くてここまで来たとは思っていませんよ。周りには山ほど天才がいますし。ノリ(横山典弘騎手)だのユタカ(武豊騎手)だの、やっぱり天才肌だから。動物的感みたいなところがあるし、やっぱり違うよね。
高:そういう方たちと戦っていくうえで、中舘さんが意識される事ってありますか?
中:いや、もう自分の競馬をするだけですよ。別に、他の事は考えません。
高:ご自分の馬の力を発揮する事に意識を集中されて?
中:そうです。今は良い馬に乗るチャンスもあるし、ちゃんとその馬の能力を出せるように自分が出来る事をやるだけです。
高:そうやって馬の力を上手く引き出してレースに勝つと気持ち良いでしょうね。
中:もう、勝つ事は絶対快感ですよ。勝つと嬉しいし、ストレスも発散できるし。ゴール板を1着で通り過ぎて、馬を止めるまでの間の余韻が一番嬉しいですね(笑)。
高:いいですね(笑)。
中:目の前に誰もいないじゃないですか。あの感じが一番嬉しいんです。それは未勝利だろうが、重賞だろうが変わりはないですよ。
高:中舘さんって逃げ先行が多いので、追い詰められることが多いですよね?
中:多いです。ドキドキしますよ(笑)。凄くドキドキします。まあ、それもいいんでしょうけど。だから毎日楽しいんじゃないですかね。
高:レースで乗る事に対する気持ちは全く枯れることなく?
中:今のところは(笑)。まだ乗せてもらっていますから。これが乗る馬がいなくなってくると、つまらくなってくるんじゃないですか。今はたくさんいろいろな厩舎から声を掛けてもらっていますから。
高:年間800以上のレースに騎乗されていますけど、何か体のケアはされていますか?
中:よく寝ています(笑)。
高:あら(笑)
中:遊びに出るのも嫌いではないけど、そんなに好きではないので。ご飯も家メシが一番好きですから。
高:素敵ですね。
中:朝早く起きて、攻め馬もちゃんとして。
高:規則正しい生活が基本ということで?
中:まあそうですね。
高:レースに向けての体調管理はいかがでしょう?
中:減量はしますけど、背が小さいですからそんなにキツくないですね。特別に軽いハンデに乗らなければ大丈夫です。
高:何キロくらいの斤量までなら騎乗されますか?
中:52キロぐらいからですね。去年、51キロに乗ったんですけど、大変でした。リバウンドがひどかったりすると、体も壊れますしね。
高:無理な減量は危険ですよね。他に、馬に乗る以外でトレーニングはされていませんか?
中:昨年札幌にいる時は3ヶ月ジムに通いました。でも美浦にいる時はあまりしないですね。ジムに行って筋肉をつけると体が重くなるから。昔、筋肉をつけ過ぎて凄く体が重くなって、えらい事になっちゃって。
高:えらい事に。
中:そう。30歳くらいの時に「体力が落ちてくるかな」と思って、通ったんですけどね。こんなチビッ子なのに重くなっちゃうと大変なんですよ。また、ジムに通っていると、どんどん重いバーベルを上げられるようになって体も変わってくるから、面白くなってくるんですよ。インストラクターの人に「もう少し上がりますね」なんて言われて(笑)。
高:乗せられちゃうんですね(笑)。今は控えて軽めの運動をされるんですか?
中:はい。札幌でジムに行った時はプールに入ったり軽く走ったり、ですね。ジムの人に予定を組んでもらって。
高:なぜ札幌ではジムに通ったんですか?
中:暇だからです。
高:ああ(笑)。
中:月曜日は静内の牧場に行ったりしていました。1人では行けないから、知っている調教師に付いて結構多くの牧場に行きましたよ。楽しかったです。牧場の人の気持ちも分かりますしね。そうすると「この馬、走らないな」なんて一概に言えなくなりますよ。牧場の仕事は超大変ですから!競走馬がレースに出るまで、どれだけの人が携わっているかという事も分かって勉強になりますし、自分のモチベーションも高まりますよ。
高:そういう効果もあったんですね。
中:そうですね。あと、そこの牧場の人たちと仲良くなって、どこで会っても「この間はどうもありがとうございました」とか、コミュニケーションが取れますし。
高:中舘さんは社交的な方っていう印象があります。

中:いや、実際は家に篭るタイプで、あまり外に出て行くのは好きではないです。
高:「人付き合いが上手そうですね」と言われる事は多くないですか?
中:凄く多いですよ。「外交は上手いね」って言われます(笑)。
高:外交(笑)。
中:「馬に乗る技術ではなくて外交で乗っている」って、雑誌にも結構書かれましたよ。「口が上手いから調教師に上手いこと言って、良い馬に乗って勝ち鞍を重ねている」って。そういうのは随分と書かれましたよ。
高:そういう記事を読んで、どう感じるんですか?
中:最初の頃は腹が立ちましたけど、今は別に何とも思いません。他の人がどう思っていようが関係ありませんから。人がどう思おうが、自分のやっている事がブレなければ良いかなって。
高:なるほど。
中:いちいち頭に来たところでどうにもならないですしね。「ぶっ殺してやろう」と思っても、ぶっ殺すわけにもいかないじゃないですか(笑)。そういう記事を書かれているうちが華だと思うし。だから好きなことを書いてもらっても別に構わないですよ。それで潰されるようだったら、もうそこまでなんですよ。
高:潔いですね。ちなみに中舘さんは、毎年何か数字の目標を立てたりされますか?
中:そういうのはあまり考えませんけど、まあ「80も勝てれば凄いなあ」と思います。もう今は失うものがありませんから。ダメだったら辞めればいい、と思うし。今年45歳になりますけど、45までやれる乗り役って、そんなにいないじゃないですか。
高:そうですね。
中:だから、「よくここまでやれたな」って、今はそう思いますよ。今辞めても「結構やったよね、あいつ」ってなるくらいの成績も残していると思うし。自分の中では頑張ってると思うから。「それほど素質もないのに、よくここまで出来たな」って。
高:そういう風に思えるところまで頑張れるっていうのは凄いですね。…顔に擦り傷がありますね。
中:この前落馬した時の傷ですね。だいぶ治ってきましたけど、まだ顔の半分が腫れているんですよ。でも、これでも凄く良くなったんですよ。
高:落馬した直後は、もっと腫れていたんですね。
中:腫れていました。だいぶ熱を持ってたりして、ご飯を食べられなかったもんね。なんか噛んだ時にバキッって感じがして凄く痛くて。もう一瞬にして「おかゆにしてください」って。噛めないから飲む、という感じですよ。うどんも相当緩くしてもらわないと食べられなかったです。
高:それは大変でしたね。今はいかがですか?
中:もう普通のものを食べられるようになりました。
高:順調に回復されているという事で。落馬後、レースに乗る時のお気持ちっていうのは…。
中:いや、ちょっと怖かったですよ。復帰してすぐは、前の馬の動きがちょっとでもフラついていると「えっ、大丈夫かな?」っていうのは感じます。今までは同じような状況でも「結構大丈夫なもんだよ」という感じでしたけど、ここ最近、続けて落ちてしまいましたから。新潟、東京、中山って。東京で落ちた時は、初めて頭を打って入院しましたし、10分間くらい意識が無かったみたいで。「ああ、こうやって人間って簡単に死ぬんだな」っていうのは感じました。
高:…改めて、騎手って危険な職業ですね。
中:そう思いますよ。過酷だと思います。そういう意味では、決していい商売ではないですよね。まあ、稼いだり、他の職業の人とは違うような経験は出来るけど、命の危険がありますからね。だからこそ安易な競馬は出来ないな、と思います。
高:なるほど。
中:一緒に乗っている人を巻き込むような乗り方をして、もし加害者になって人の命を奪ってしまったとなると、立ち直れないぐらいのダメージを受けますから。だから、安易な競馬をしてはいけないという事は、若い子にもよく言います。
高:大切な事ですね。…では、そろそろお時間になりますので、最後にこれからの抱負をお願いいたします。
中:区切りの勝利をあげましたけど、今週もレースはあるし、過去の栄光よりも未来を考えなくちゃいけませんからね。今後は、1日でも長く出来るように頑張って精進していきたいと思います。
高:応援しています。今日はありがとうございました。
中:ありがとうございました。

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10年2月6日中京競馬第1レースでダイヤモンドイエロ号に騎乗して優勝し、通算1600勝をあげた。年間100勝以上を05年から09年まで5年連続で達成中。衰えを感じさせない手綱捌きに、関係者の信頼も厚い。 |
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■出演番組
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2006年から2008年までの2年間、JRA「ターフトピックス」美浦担当リポーターを務める。明るい笑顔と元気なキャラクターでトレセン関係者の人気も高い。2009年より、競馬ラボでインタビュアーとして活動をスタート。いじられやすいキャラを生かして、関係者の本音を引き出す。 |
