騎手時代から独特の感性を持ち、かつ外交的で調教師向きと言われてきた中舘英二調教師。競馬場で見掛けるスーツ姿はまだ見慣れないものだが、改めて厩舎運営について尋ねると、全てがブレずに計算されている印象すら受ける。新規開業厩舎の中でも自ずと注目を集めてしまうのが宿命だが、トップステーブルになるだけのバックボーンがあることは間違いない。この先、必然に成績が上がるであろう戦略をどこよりも早く聞かせてもらった。

厩舎を運営する上のポリシー

-:今年の3月から厩舎を開業された中舘英二調教師にお話を伺います。開業から約1ヶ月が経ちまして、管理馬のレース出走も経験されました。調教師として、競馬場でレースをご覧になったお気持ちはいかがでしたか?

中舘英二調教師:正直、仕事をしているのかな?という感覚でした。今までは自分で馬に乗って動かしてきていましたけど、調教師になったら、鞍を着けたあとはレースを観ているだけじゃないですか。何か物足りない感じがしましたよ。競馬場にいてレースを観るだけで、“これが仕事なのかな?”と思いました。レース後も乗り役と話して、馬主さんに連絡して、馬の状態を確かめて、終わり、でしょう?正直、全然仕事をしたという感じがしませんでした。これで帰っていいのかな、と。

-:仕事をしたという感じがされなかったんですか。普段の厩舎での仕事についてはいかがですか?

中:結構楽しいですよ。何か……、普段も仕事をしている感覚がないんですよ(笑)。ウチはスタッフがよくやってくれていますし、僕の提案にもベテランのスタッフが「そうやっていこう」と言ってくれますし、以前の厩舎でオープン馬をやってきたスタッフも意見を出してくれますからね。

-:そうなのですね。先ほど厩舎の中を見せていただきましたが、スッキリされていますね。

中:厩舎の中には何もないキレイな状態にしたいんですよ。何もないと広く感じますし、馬を馬房に入れるとき脚に何か物がぶつかったりすることもありません。

中舘英二

整然とした中舘英二厩舎 ここにも師の拘りが窺える


-:馬も安心して生活ができそうですね。

中:馬主さんにとって、馬は自分の子供みたいなものじゃないですか。馬主さんが僕の厩舎にきたときに、こういうキレイな環境で過ごしているのかと喜んでもらえるようにしたいし、自分の馬は幸せに過ごしているんだなと思ってもらえるように、馬も常にキレイにしておきたいですね。キレイにすることで馬が気持ち良いかどうかは分かりませんし、本当にそれが良いのかは一概には言えませんが、少なくとも人間の観点から良い環境だと思えるようにしたいなと思っています。その方が仕事する人も気分が良くなるだろうし、そういう環境を用意するのも調教師の仕事のひとつかな、と思って厩舎設備はしっかり整えました。お金もかかりますが、やれることは全てやろうと思って先行投資はしましたよ。

-:厩舎設備も整っていますし、馬服などもビシッと揃っていますね。ステーブルカラーは何色ですか?

中:オレンジです。攻め馬をしていても馬服が目立つように、発色の良いキレイなオレンジにしました。

-:馬服にハチのマークが付いていますね。

中:ハチは刺すでしょう?だから競馬で差せるように、と。いろいろ考えているんですよ(笑)。厩舎ジャンバーは今作成中ですが、ニューヨークヤンキースが好きなのでピンストライプに決めました。


「馬に稼がせてもらったという意識は強く持っていますし、馬に還元していきたいなと思っています」


-:大リーグをご覧になられるんですね。

中:大リーグだけでなくアメリカの4大スポーツも好きでよく観ますが、洗練されていてカッコいい感じがするじゃないですか。そういう文化にも憧れがありましたし、自分が厩舎を持ったらそうしたい、というコンセプトはありました。厩舎ユニフォームも揃っていた方がカッコいいな、とか。それができたのも乗り役をやって稼げていたからかもしれませんし、恵まれていたかなと思います。馬に稼がせてもらったという意識は強く持っていますし、馬に還元していきたいなと思っています。

-:例えば、管理馬に対してはどういう形で還元されるのでしょうか?

中:いろいろありますが、ひとつは良い食べものを食べさせてあげるというところですね。良い馬に良いものを食べさせて良い運動をさせれば走る、と思っていますし、馬は動物ですから、口から入るものを大事に考えています。昔はどんどん注射治療をする形がありましたが、あまり注射は打たないで、食べものを充実させてあげたいという気持ちはありますね。その方が自然な形ですし、注射治療は馬主さんに経済的負担をかけるわけですからね。

-:注射一本打つのも、お金を払うのは馬主さんですものね。

中:ウチの厩舎は馬主さん本位なので、できるだけ負担をかけないようにというところは特に考えています。馬の治療ひとつとっても、スタッフが大変でも地道にレーザー治療をしたり、馬に良いものを食べさせてあげたり、疲れたときはしっかり休ませたりという形で対応していきたいですね。注射治療をする場合には、“ケアに手を尽くしてきましたが、どうしてもこういう疲れが残ってしまっているので注射を打たせていただけますか”と馬主さんに説明できるような仕事をそれまでにしていかないと、と思っています。

-:なるほど。ちなみに馬主さんとのやり取りで言いますと、馬をどのレースに使うかとか、どのジョッキーを乗せるか、という話をされますよね。先生の考えているジョッキーと、馬主さんが希望するジョッキーが違うというケースも出ると思いますが、その場合はどうされますか?

中:馬主さんの希望通りにするに決まっているじゃないですか。だって、馬主さんの馬ですからね。我々は馬をやらせてもらっているんですよ。馬主さんがお金を出して、自分の好きな乗り役に乗せてみたいのですから。競馬の元々も、馬主同士がどちらの馬が良い馬か競おうということで始まったものですし、そこを曲げる必要はないですよね。

-:馬主さんのやりたいようにできる、というのが一番の理想なんですね。

中:そうです。ただ、今話したように、馬主さんが乗せたい乗り役を乗せるのが一番ですが、その乗り役がどうしても乗れない場合は、じゃあこの乗り役がいますよ、という代案は出せるようにはしています。あと、オーダーがない場合は、しっかり乗れる乗り役を僕が選んで乗せます。馬主さんから「誰でもいいですよ」と言われて僕が選ぶことになったら、その馬に合った乗り役に早くから頼みます。馬主さんの好みも分かりますしね。


「僕は競馬に乗っていたので、競馬を使うにあたってどのくらい調教で負荷をかけないといけないか、という自分の考えはあります。攻め馬と競馬はまるっきり違うので、競馬に乗った乗り役の意見も聞いてやっていきたいです。だって乗り役が一番分かりますからね」


-:そういうところまで気を配っていらっしゃるんですね。先ほどのお話では普段の仕事も楽しいというお話でしたが、調教師の仕事で難しさを感じるところはありましたか?

中:開業して日も浅いですし、まだ試行錯誤はありますよね。輸送での体重の増減など、今まで自分が接することがなかった部分なので、その辺りは難しいですよね。スタッフに聞いたり、エサの専門家を呼んで意見交換をしながら、最終的にどうするかは僕が決めます。全て自分が正しいとは思いませんが、スタッフと意見交換をしながらある程度自分の方針にも従ってもらうようにしています。

-:ジョッキー時代には携わらないところもありますものね。あと、調教内容の指示も、これまでには行わなかった仕事内容かと思いますが。

中:それに関しても試行錯誤はありますが、僕は競馬に乗っていたので、競馬を使うにあたってどのくらい調教で負荷をかけないといけないか、という自分の考えはあります。自分が乗り役のときに、こうしてくれればいいのにと感じたことはあったので、そういうところを反映させていきたいですね。あとは攻め馬と競馬はまるっきり違うので、競馬に乗った乗り役の意見も聞いてやっていきたいです。だって乗り役が一番分かりますからね。

-:なるほど。

中:それに、競馬で乗り役がヘグったときに、色々と上手に言い訳をするかもしれませんが、それを見抜くこともできますからね。結果に対して着順に関係なく、馬の状態がもうひとつだったんだな、乗り役のミスだったんだな、ということを見極められます。そうやって課題を浮き彫りにすることで、次のレースに向けてこの調教を続けていこう、今のままでは体力不足だからこういう調整方法でいこうなど、方向性が見えますからね。その辺りは乗り役をやっていた強味ですね。

-:そうなんですね。厩舎スタッフの方や馬に関わる専門家の方々、ジョッキーなど多くの人たちと話し合って方向性を決めていくんですね。

中:もちろん人の意見を聞いてばかりでもおかしくなってしまいますし、自分の芯というかコンセプトはしっかり持っています。

●中舘英二調教師インタビュー(後半)
「騎手時代の経験とチームワークの融合」はコチラ⇒

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