ステイゴールド産駒の系譜を受け継ぐココロノアイ
2015/4/8(水)
道悪を得意にしている理由
-:ここまで5戦しているココロノアイ(牝3、美浦・尾関厩舎)ですが、アルテミスSが天皇賞週だったので、普段は関西にいる僕も生で観させていただきました。なおかつ近3走のレースは現地で観ています。ステイゴールド産駒は気性の激しいタイプが多いですが、この馬もまさしくそんなタイプでしょうか?
前田広宣調教助手:「まさしく」ですね。阪神ジュベナイルフィリーズのレース後に逸走したこともありましたね。他のステイゴールド産駒のように、もうちょっと話題になっても良かったのかな、とも思いますが(笑)。
しかし、今となれば笑い話にできますが、当時は焦りましたね。帰ってこないから何かアクシデントがあったのかと。ゆっくり歩いて帰ってくるので「あれ、故障したのかな」と思ったのですが、ノリさん(横山典弘騎手)が「やられちゃった」って(笑)。「だから、もう走らせるのヤメた」って歩いて帰ってきたんです。それを見て笑ってしまいましたが、後で観たら凄いことをしていましたね。そういう面も兼ねている馬なので、日頃の調教も本当に気を付けています。
-:ただ、激しい気性でありながら、アルテミスSの時もチューリップ賞の時も外枠を克服した勝利でした。1コーナーに入るまでは幾らか行きたがって、3コーナーで収まる感じでしたね。
前:アルテミスSの時はあれを抑えないで行っているというより制御が利かなかったのだと思います。チューリップ賞の時は、向こう正面で行きたがってノリさんがなだめて、後ろでずっと我慢してましたよね。制御が利いていたのです。その辺が調教の成果でもありますね。チューリップ賞はノリさんが勝ちに行っていますからね。正直、長く脚を使えば勝てる馬なのですよ。長い脚を持っていて、スタミナも「誰にも負けない」という自信がノリさんにあるから、早めに仕掛けているわけですね。最初だけ我慢させて折り合って、スタミナを溜めたら「あと800mから仕掛けてもいいぞ」という気持ちで、馬が動いたというか、ノリさんの指示で動いた感じがしました。
ココロノアイの潜在能力をアピールする前田助手
-:アルテミスSの話に戻ると、あの時も馬場が悪くて、写真を撮るのも暗くて大変でした。この馬は凄く重馬場が巧いですよね。
前:これは僕の持論ですが、頭が低い走法の馬って、基本は雨馬場が得意ですね。それに、掛かる馬は雨が降った方が日頃調教していても折り合います。綺麗な良馬場だと走りやすくて、走る方向ばかりに集中してしまうのですが、雨が降って顔が濡れたりすると走ること以外に気が散って折り合えるのですよ。この考えが本当に合っているか分からないですが、その可能性は高いです。まさにこの馬はそういうタイプだなと思っていたので、チューリップ賞は雨が降った瞬間に「あ、大丈夫だな」と自信が出ましたね。
-:なるほど。アルテミスSも馬場はだいぶ悪かったのではないですか。
前:稍重という発表ながら、重に近い状態になっていましたね。しかし、時計は速かったですよね。1分34秒4ですか。
-:降り始め直後の濡れた芝生というのは、一番滑る、グリップがない状態でしょう。だから軽い瞬発力勝負の馬にとっては、ズルッと滑ってリズムが狂うじゃないですか。
前:確かに。しかし、この馬は瞬発力もない訳ではないと思いますね。ぜひ見てほしいのは未勝利戦です。この馬の良さ、瞬発力が秘められているな、ということが一番わかるレースです。
-:ステイゴールド産駒は見た目以上にスタミナがあって、道悪もだいたい上手いですよね。
前:ウチの馬のように首を低く下げて走る馬って少ないんですよ。き甲より下に鼻がいって、ハミを自分で取っていくから、1回メンコを外して思い切り走らせたら、どれだけ行くのかな、と思ったりもします。怖いからメンコをしてますが(笑)。
昨年9月、未勝利戦を制したココロノアイ
枠順の目安とコンディション
-:この3戦レッツゴードンキと仲良く戦って3戦2勝ですね。
前:いつ負けてもおかしくないですよ。あの馬は本当に強いなと。パドックで最初に見た時から「いい馬だな」と思った経緯があるので。
-:レッツゴードンキは同世代の中でも完成度が高いと思っていたのですが、その馬に3回走って2回勝っているというのは、凄いことじゃないですか?
前:そうですね。自分の馬も凄いと思わせてもらいましたから。
-:前回のチューリップ賞ではレッツゴードンキが引っ掛かって、思っているよりも前に行ったので、これ以上追いかけなくてもいいのでは、というレースに思えたのですが。
前:ノリさんは自分の馬のことしか考えてなかったと思うのです。前半に周りを意識せず自分の競馬をして、後半スタミナ勝負というか、早めに長く脚を使おうと。阪神JFの3着は、周りはみんな「いい競馬をした」と言ってくれるのですが、僕はいい競馬をできたと思わないのですよ。内に包まれて、動きたい時に動けなかったのでね。もっと早く動けたら……という後悔もありました。でも、負けたことで、この馬の課題が見つけられたのであのG1は良い教訓になりました。
-:そういう意味では、アルテミスSやチューリップ賞のように、外枠である程度動きたい時に動けるポジションというのが理想ですね。
前:外枠は得意なのでしょうね。だから出遅れでも良いというほどです(笑)。ゲート練習をしていませんもの。この子のリズムって本当に大事で、ちょっと狂えばダメなのですが、日頃もリズムに任せてしまうと、いくらでも行きますよ。そこを制御していく調教をずっとしている感じですね。
-:栗東に滞在していますが、馬体のコンディションに関してはいかがですか?チューリップ賞前に牧場から帰ってきた時の馬体重が「プラス20キロ」という記事を見ました。そこから輸送してレースではプラス10キロでした。
前:プラス20キロというのは2週間前の話で、そこから1週前追い切り、最終追い切り、輸送と考えたら10キロ減るのは分かっていました。あのままプラス20キロで出していたら重すぎたんですよ。「まだ重いな」という状態のプラス10キロです。数字じゃなく中身の問題ですね。先生(尾関知人調教師)も「輸送もあるし、あまり強くやらない」と。しかし、この子は競馬が近づくとカイ食いが落ちてくるので、減ってきたところがあるのです。競馬場に到着した時は456キロくらいでした。あの子は着いてから食べてくれるのですが、新潟、福島の時もそうだったのです。普通の馬と違い、競馬場に着いてから食べられるタイプなので、輸送でそんなに減るというイメージはないですね。
-:チューリップ賞の最終追い切りは美浦の坂路で行われましたが、ラストはだいぶ時計が掛かっていました。調教時計を見る人からすれば手の出しづらい時計ですよね。
前:ラストは15秒近かったですね。あの日はひどい馬場でした。サクラゴスペルというウチでも(調教で)動く馬が動かなかったという日ですよ。「ムチを入れたの初めてじゃないか?」というくらい。あんなに5発も6発も叩くのは初めて、というくらい動けなかった。それだけの馬場でそれより速く走れました。
-:その2頭が奇しくも東西の重賞を勝ったという(笑)。
前:それも先生が“持ってる”のかもしれませんね。前の日に追い切りの相談をされたのですよ。「最後はチップでやった方がいいか、山(坂路)でやった方がいいか、どうだ?明日は雨が降って山の馬場も悪くなる」と言われて。先生に聞かれるなんて珍しい話です。僕は「距離を乗らずに遅くてもいいから、山の方がいいと思いますが?」と言いました。そうしたら本当に坂路でやってくれたから嬉しかったですね。坂路の方が折り合うんですよ、この子は。競馬でも勝負所を知っているんですよ。だからコースでの追い切りでは3コーナー過ぎから馬が走ろうとし過ぎるんです。ノリさんが3、4コーナーから動く時、馬が行きたいという気持ちになるんですよね。スタンドが見えると「行かなきゃ、頑張らないといけない直線だ」となるから。
ココロノアイ・前田広宣調教助手インタビュー(後半)
「理想の展開はチューリップ賞の再現」はコチラ⇒
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プロフィール
【前田 広宣】Hironobu Maeda
家の近くにあった馬事公苑で乗馬を経験したことから競馬の世界を志す。元々、海外志向が強く、高校卒業後にはオーストラリアへ馬の勉強に。デルタブルースが制した2006年のメルボルンCでは当時所属していたD.オブライエン厩舎の管理馬・ディマージャーが出走していた。
カジノドライヴがアメリカ遠征する際に、現在所属する尾関知人調教師、藤沢和雄調教師に同行。それをキッカケに藤沢和師に「日本に戻ってこないか」と声を掛けられたことで帰国を決意する。これまでに担当した主な馬はココロノアイ、チャーリーブレイヴ。日本でのデビュー戦で初勝利を飾るなど、自他ともに認める“馬運”の持ち主。
【高橋 章夫】 Akio Takahashi
1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて18年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。
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