父は調教師、兄は騎手 競馬界のサラブレッドが初登場!
2015/8/26(水)
-:よろしくお願いします。先生が調教師になられた経緯を教えて下さい。競馬一家なので当然の流れだとは思いますが、元々はジョッキーを目指されていたのですか?
池添学調教師:はい。ジョッキー志望でしたが、家族の中で僕だけ大きくなったんです。中学3年生の夏ぐらいに試験があるので、そこで断念しました。
-:その時からいずれは調教師にという夢を持たれていたということですか。
池:そうですね。ちょうどその時期に、父が調教師試験を受けていたので意識するようになりました。
若干34歳ながら厩舎を切り盛りする池添学師
-:兼雄先生は鶴留厩舎の調教助手でしたね。
池:助手をしながら家では猛勉強している父の姿をよく見ていました。もともと父はジョッキーだったので、調教師になる為に凄く勉強をしていたのですよね。子供ながらに、そこまでしてなる価値のあるものなのかなと思うようになりました。それで、父と話をしていくうちに「その体重では騎手は無理だから、調教師の道を目指したらどうだ」と言われたのです。
-:しかし、そこから20年ほどの時間があるわけで、まず進まれたのが馬術の世界ですね。
池:ちょうどその時、馬術に長けた素晴らしい先生と巡り合えて、貴重な日々を過ごさせて頂きました。しかも、高校で成績を残せれば、そのまま推薦で大学にも行けることも知りました。ですから、馬術を磨くことを目指しました。
-:速さを競う競走馬に乗ることと、技を競う馬術は相反すると思います。馬に乗るということは同じですが、根本的に違うことも多いじゃないですか?
池:馬術と競馬が「違う」というよりは、あるところから「分かれていく」感じですよ。
-:すぐに自分の目標というのは修正できましたか?
池:最初からこの道に進もうと思っていたので。そのための馬術でしたから、戸惑いはなかったですね。
-:池添先生も経験された馬術ですが、トレセンでも数年前から馬術を取り入れた調教がトレンドになっています。
池:馬術をやっていると、馬に負担を掛けない乗り方など、馬の動きをまずは勉強しないといけません。競走馬の故障の原因が人間ということもあります。馬術でシッカリと基礎的な乗り方を身に付けていれば、大切な競走馬の故障も減らせると思っています。
-:調教師になったら全頭に乗ることは無理だと思います。管理馬全てに乗れないもどかしさや、“もし、自分が乗っていたらこうできるのに”と感じることはないですか?
池:今はスタッフがどういう乗り方をしているかを確かめる段階です。馬の状態を見るために、目でチェックをしています。時には自分で跨って、状態を確かめるくらいですね。“今、この馬がどういう状態なのか”は見ただけでは分かりません。跨れば『元気がないな』、『ちょっとトモが疲れているな』という感触の確認ができるのです。歩様や筋肉の硬さを感じて、レースに向けてどんな調教をすべきなのかが分かるので、乗っています。
「持っている能力をどうやったら発揮できて、良いところを伸ばすためにはどうすれば良いか、という考えですよね。結局、馬術一辺倒で考えると、馬の形を求め過ぎて、その馬の良い動きができなくなる可能性もありますね」
-:馬の今の状態を把握された後に、どういう対処をするかというところが、一番の難しさだと思います。馬術の視点を『速さ』に結びつけるのも難しいと思います。
池:結局、持っている能力を伸ばすのも大事だと思いますが、やっぱり能力が足りていないと、力を最大限発揮しても結果は出ないじゃないですか。だから、それは置いておいて、持っている能力をどうやったら発揮できて、良いところを伸ばすためにはどうすれば良いか、という考えですよね。結局、馬術一辺倒で考えると、馬の形を求め過ぎて、その馬の良い動きができなくなる可能性もありますね。
-:“本能を消す”ということですか?
池:人間でも同じだと思います。例えば、小さい頃からこういう風に走りなさいと教わっていなければ、力んでしまって速く走れないと思います。綺麗なフォームでリラックスして走るのが理想です。けれど、厩舎に入ってくる時点で、競走馬のフォームはある程度固まっているんですよね。今は育成牧場もドンドン進んでいるので、その中でちょっと無駄な走りだなと思って矯正しようとしたことが、馬によっては裏目に出ることもあります。子供の走りを見ていても、がむしゃらにすごいフォームで走るじゃないですか。でもその方が速く走れる場合もありますよね。だから、競走馬の場合でも「この馬のフォームはもっとゆっくりしたスピードのハッキングから直した方が良い」とか「この馬は直すとおかしくなってしまう」といった見極めが肝心です。
-:すごく難しい判断ですね。競走馬というのは、年々入厩が早くなってきているので、入って来た時点での評価と、そこからどこまで成長するのかは未知の世界です。しかし、G1を勝つような馬の成長度合いにはものすごく幅があるじゃないですか。潜在能力プラス成長力があるから、一気にイメージが変わったり、時計が変わったりします。若馬の未来を見極めるというのはすごく難しいですよね。
池:本当に難しいですよ。あとは休ませるタイミングも重要です。体があまりできていないところから、ずっと厩舎に置いてコンスタントに使っていると、成長も止まってしまう。一番その馬が成長している時に休ませるのも一つの手です。2歳の早い内から活躍している馬は、結局3~4歳になって低迷するケースが多い。それも個体差があるので、一概には言えませんが非常に難しいですよ。早い時期に使って活躍させたい馬もいますしね。これは、経験でしか得られないと思います。まだ開業して半年なので、これから毎年毎年の経験が積み重なっていくものだと思います。
-:ファンの期待は2歳馬にすごく集中するものですが、来年の2歳馬でブエナビスタの2014が入るというのがすでに決まっていると聞きます。もちろんご覧になっていますよね?
池:もちろん見ています。実は昨日(8/11)も見てきました。僕はまだ調教師としての経験がないので、1歳馬を見てこの馬は走る、当歳を見てこれは走るなんて、見た目では分からないです。だから、そこが今の自分の課題といいますか、これから経験を積んでいきたいところですね。たくさん見ることが一番だと思いますが、今はその絶対値が全然足りていませんからね。
-:ブエナビスタやジェンティルドンナなどの数ある名牝たちにしても、見栄えだけで選んだら、あそこまでの活躍する馬だと見極めるのは、かなり難しいと思います。
池:多分、名前を教えてもらわずに、1歳馬を10頭並べてどれが走ると言われたら、さっぱり分からないと思います(苦笑)。
-:そこに、血統配合や色々なモノが付いてくるから、段々と僕らも走るように見えてくるという「マジック」があると思いますが、今のところ、ブエナビスタの14はどんな雰囲気の馬ですか?
池:最初に見た時に比べて、筋肉質になってきました。ブエナビスタは、あまり見栄えのしないスラッとしタイプでしたが、それよりもガッチリした感じでしたね。だから、担当の方も「キングカメハメハの血が入っているからじゃないかな」とおっしゃっていました。
現役時代はG1を5勝 国内外で活躍した名牝ブエナビスタ
-:同じキングカメハメハ産駒で皐月賞、ダービーを勝ったドゥラメンテはそんなに筋肉質ではないですよね。産駒にも色々なタイプがいますから、これからどんなキンカメ産駒になっていくか楽しみですね。
池:とりあえず順調に行くことだけですね。その辺は僕の仕事ではなく、向こう(牧場)は育成のプロフェッショナルなので、今はお任せして見に行くだけですね。
-: 2歳の入厩する前段階として主導権が切り替わる時期があるじゃないですか。それは来年の年が明けてからですか?
池:年が明けて春過ぎぐらいにですかね。それでも、この馬だけにイレ込んでいるわけではないですよ。他にも楽しみな馬たちが一杯いるので、どの馬たちも無事に入厩してもらえれば。入厩してからが、僕たちの仕事になりますから。
池添学調教師インタビュー(後半)
「馬術部時代の生活と思い出」はコチラ⇒
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プロフィール
【池添 学】Manabu Ikezoe
父は池添兼雄調教師、一つ上の兄は池添謙一騎手という競馬界サラブレッド一族に産まれる。当初は騎手を目指すが、体格面を考慮した末に断念。父と同じ調教師を志す。
学生時代に馬術の勉強を始め、明治大学では馬術部のキャプテンを務めるまでに、その名を馳せた。2008年から父の元で厩務員となり、調教助手を経て、2013年に調教師免許を取得。自身の調教スタイルも馬術で培った技術を遺憾なく発揮。新進気鋭の厩舎として、多方面から注目を集めている。兄の謙一騎手は「弟の管理馬でG1を勝つという夢が出来ました」と語るように、JRA初となる騎手、調教師の兄弟コンビが誕生。夢の兄弟G1制覇へ向けて、日々、精進を続けている。
1980年 滋賀県出身
2007年 JRA競馬学校 厩務員課程入学
2013年 調教師免許取得
2015年 厩舎開業
JRA管理馬初出走:
2015年 3月 7日 1回阪神3日 4R カシノランナウェイ
JRA管理馬初勝利:
2015年 3月 8日 1回阪神4日 2R メラグラーナ
【高橋 章夫】 Akio Takahashi
1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて18年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。
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