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青木健二調教助手

青木健二調教助手


-:混戦ムードが漂う天皇賞・春で、見逃せないのが充実著しいジャミール(牡4、栗東・松元茂樹厩舎)です。今回は、早くから将来性を高く評価し、深い愛情を注いできた青木健二調教助手に、同馬の魅力を語ってもらいたいと思います。

■■■ 典型的なステイヤー ■■■

-:ジャミールは、浦河の福田牧場の生まれですが、06年北海道市場(当歳セレクション)にて落札され、社台ファームで育成された社台オーナーズクラブの所属馬(馬主を対象に総額1800万円にて募集)です。山元トレセンを経由して栗東に移動したのは、一昨年8月28日のことでした。まずは、初めて跨った感触を。

青:いいものは感じていたね。スピードタイプではないから、もともと調教で目立つほうではないが、身のこなしが柔らかく、弾力性に富んだフットワーク。真面目な性格で、とても乗りやすいしね。行きたがったりすることがなく、一定のリズムを正確に保てるし、乗っていて安心感があったよ。血統のイメージどおりだった。

-:ステイゴールド産駒らしい粘り強さが伝わってきますし、母はアイルランド生まれのジャスーラー(その父サドラーズウェルズ、英3勝)です。曽祖母ピジェットは、愛セントレジャーを勝ち、愛3歳牝馬チャンピオンに輝いた名牝という血脈。典型的なステイヤーですね。

青:そう。それに、明らかに奥手でもあった。この馬の場合、いまだに伸び盛りだし、成長が遅かったよ。だから、新馬(08年10月4日の阪神、芝1600m)で6着に敗れても、悲観はしていなかった。体が固まっていない段階で、よく走ったと思うし、むしろ、能力を再認識した。

-:デビュー以来、6連敗を喫し、勝ち上がったのは昨年4月19日の阪神(芝2200m)。歯がゆい思いだったのでは。

青:未勝利の身ではそうのんびりしていられない。使っていけば、良さが出てくると信じていたけど、勝てそうで勝てなかったからね。4戦を消化して、グリーンウッド・トレーニングでひと息入れたが、それでも頼りない状況。当時は体質が弱く、エネルギーの消耗が早かった。すぐに電池切れしてしまい、がんばりたくてもがんばれない感じ。レースの回復にも時間がかかってね。背中や腰に疲れがたまり、なかなか解消しないんだ。一刻も早く勝たせて、成長を促したかったよ。

-:待望の初勝利に続き、昇級初戦(5月17日、京都の芝2000m)も2着でした。

青:ただ、中身がしっかりしたのは夏以降。当面の目標がクリアできたので、早めに夏休みを挟むことにした。その充電効果が大きかったね。



■■■ 〝函館合宿〟が飛躍のきっかけ ■■■

-:社台ファームより、直接、函館競馬場へ入厩したのが7月29日でした。8月22日の札幌(芝2000m)では、早速、2勝目をマークしました。

青:牧場でうまく調整してもらえ、見違えるような状態で帰ってきたからね。馬を見て、触った瞬間、久々でも勝てる自信を抱いたよ。菊花賞挑戦だって意識していたくらい。それに、〝函館合宿〟で、この馬向きのケアの仕方も見出せた。馬自身の治癒能力が高まったうえ、担当の中村くんがすっかり手の内に入れたんだ。レースの後も、3日くらいでしゃんとするようになったね。

-:先ほど、持ち乗りで手がける中村周平調教助手にも話を聞きましたが、昨年の3月にトレセンに入ったばかりで、ジャミールの担当になったのは、函館滞在時からとのことでした。

青:馬だけじゃなく、人も成長した夏だったんじゃないかな。出張先ならば、時間はたっぷりあるし、より深く馬と向き合える。やる気にあふれる若手と、英才教育に応えようとする賢い馬とがかみ合って、右肩上がりに進歩してきたよ。

-:馬づくりはチームワークが鍵。ベテランの青木さんと、新人の中村さんとの絶妙なコンビネーションが、この馬の原動力なのですね。

青:いくら経験を積んでも、どう扱うべきなのか、簡単には正解が見つからない世界。馬ってもろさも併せ持っているから、ちょっとした乗り間違いや誤った対処が、故障を招くこともある。運にも左右されるよね。そんななか、この馬に関しては、こちらの思い入れを素直に受け止めてくれるのがうれしい。一生懸命な馬にはかなわないと思うよ。苦しいときも、人への敵対心など抱かず、変な癖も付かなかった。カリカリしている馬にあれこれ教育はできないが、いつも大人しく指示を待っていてくれる。日々の鍛錬がそのまま成果につながっているよ。

■■■ 抜け出すと遊ぶが、競ったら負けない ■■■

-:栗東に帰厩後は、野分特別を2着。勝ち馬は、菊花賞に勝つスリーロールスでした。いまから思えば、相手が悪かった。

青:2番手で競馬をしたんだけど、あの当時からジョッキー(安藤勝己騎手)は、「控えても競馬ができる」って言っていた。こちらの見解もまったく同様。

-:続く鳴滝特別(クビ差の2着)では、もう一段階、後ろから進み、33秒3の末脚を繰り出していますね。

青:いい勝負根性があるし、それなりの瞬発力だって秘めている。ただし、あれでも限界まで走っているわけではないよ。攻め馬の感覚でレースでも乗れ、道中は楽に折り合える馬だが、ゴーサインを送るタイミングに難しさがあるんだ。勝っても負けても僅差という個性。馬体を併せると渋太いが、調教でも1頭になるとソラを使う。ステイヤー特有の傾向で、メジロデュレン(池江泰郎厩舎の調教助手を務めていた際に騎乗)もそうだった。いずれは有馬記念(87年に優勝)みたいな追い込みだってできると考えていたよ。

-:八瀬特別はハナ差の辛勝でしたが、ゴール寸前で差し返す味のある競馬。オリオンSの3着が、近11戦のなかでの最低着順です。しかも、インを突いた1、2着馬とはかなり馬体が離れていた。あれでは持ち味が生きません。そして、迎春Sを順当勝ち。脚質転換にも成功し、メジロデュレン級の迫力ある勝ち方でした。

青:あの内容は、秋以降に追い求めていた理想のかたちだね。オープン入りまでに少し時間がかかったとはいえ、はっきりと天皇賞が見えてきた。

-:グリーンウッドでのリフレッシュを挟み、阪神大賞典へ。初の重賞挑戦にもかかわらず、メンバー中で最速の上がりを使い、クビ差の2着に健闘しました。

青:調子はさらに上向いていたし、勝てると思っていたんだが。ゴール前はメイショウベルーガ(3着)の外で、ターゲットはきっちり交わしている。勝ったトウカイトリックは、1頭挟んだ内にいたからね。すっと抜けられてしまった。メイショウベルーガがもう少し伸びれば、もっとがんばれたのに。



■■■ 名手も惚れ込む特異な才能 ■■■

-:話を聞けば聞くほど、底知れない馬だと思えてきました。いよいよ大一番が近付いてきましたが、中間の様子は。

青:中村くんも、「日に日に良くなっている」って感心していた。いずれはもっとパワーアップするだろうが、内にエネルギーをため込んで、オープン馬らしい風格が備わってきたよ。

-:小柄な馬なのに、大きく見せますね。ジャミールとは、アラビア語で美しい、気品があるとの意味ですが、その名のとおり、うっとりさせられるバランスです。

青:この馬らしく、相変わらず動きは地味でも、最近の追い切りでは集中力を増し、精神的な成長もうかがえるしね。現時点では文句なしといえる。距離やコースも最適だし、初めてのGⅠでも、チャンスがあると思う。

-:青木さんや中村さんとともに、安藤勝騎手もジャミールのキーパーソンです。名手もこの馬に惚れ込み、札幌以降の7戦を連続騎乗。3勝、2着3回、3着1回という堅実無比な成績を収め、長所を最大限に生かす手段もつかんでいます。このコンビで晴れ舞台に臨めるのは心強いですね。

青:秋当時には「いずれ大きなところを獲れる」と評価してくれていた。走る馬は、携わる人の気持ちもひとつにしてくれるよ。一緒に夢をかなえたい。

-:京都の外回りは、4コーナーで馬群がばらけることが多い。昨年、松元厩舎が送り出したアルナスライン(2着)も、ノーマークだった勝ち馬(マイネルキッツ)にインをすくわれました。どの馬に併せにいくか、それがポイントとなりそうですね。

青:そうだね。接戦になってほしい反面、どの馬が相手なのか、照準を合わせにくい展開とならないように祈っている。競って交わしたところがちょうどゴール板。そんな結果を期待しているよ。



【青木 健二 調教助手】 Aoki Kenji

1960年、滋賀県に生まれる。高校時代は馬術部に所属。馬に携わる仕事に就きたいと考え、トレセンヘ。

池江泰郎厩舎で20年余りのキャリアを積み、メジロデュレン(86年菊花賞、87年有馬記念)、ラッキーゲラン(88年阪神3歳S)などのGⅠホースを手がける。

松元茂樹厩舎へ移って10年目。厩舎のまとめ役として活躍する一方、ウインクリューガー(03年NHKマイルC)、ローブデコルテ(07年オークス)をはじめ、数々の一流馬の背に跨ってきた。

思い出の一頭は、初めて担当したアイネフォイベという名の抽選馬。「とてもかわいい牝馬で、ホースマンの基本である愛馬心を教えてくれた」。



【中村 周平 調教助手】 Nakamura Syuuhei

1982年、福岡県に生まれる。宮崎大学の在学中は馬術に打ち込んだ。

昨年の3月より松元茂樹厩舎の一員に。昨夏よりジャミールを持ち乗りで担当している。

「素直な性格で、行儀がいい。まったく手がかかりません。真面目に調教を積み、日に日に良くなっている感じ。オープン馬らしい風格が出てきました。いきなりGⅠを狙える馬と出会えるなんて、本当に幸せです」