キタサンブラックの進化は、周囲の想像をはるかに上回った。デビュー前の評価は決して高かったわけではなく、3歳夏を区切りに急成長。厳しい調教でも故障しない丈夫さと、自ら競馬へのリズムをつくる賢さを持ち合わせ、歴史に残るトップホースに上り詰めた。2歳時から担当し、ラストランの有馬記念に送り出す辻田義幸厩務員が、知られざるエピソードや数々の思い出を語った。

「常に自分の思う上を行ってくれた馬」

-:キタサンブラック(牡5、栗東・清水久厩舎)を担当する辻田厩務員に、ラストランのタイミングですが、初めてお話を伺います。今まで、おそらくブラックと一番接してこられた方と感じますが、有馬記念(G1)がいよいよ今週末に迫りました。今の心境はいかがですか?

辻田義幸厩務員:無事に次の仕事(種牡馬)に向かえるように、今は無事に競走馬生活を終わってくれればな、という思いですね。

-:プレッシャーは日頃からあるのではないかと察します。

辻:「この記録が懸かっていますよ」とか、マスコミさんが色々と情報を教えてくれますからね。段々プレッシャーが出てきましたね。僕らは、これまでに何十頭もやってきているので、そんなにプレッシャーを感じる必要はなく、普段通り接していれば、(プレッシャーは)特別なかったはずなのですが、やっぱり徐々にプレッシャーにはなってきましたね。

-:デビューから担当されてきたとのことで、初めて出会った頃の印象は覚えていますか?

辻:優しい感じで人懐っこくて、幼く2歳のちいさな子供みたいな感じでしたね。もちろん競走馬の性格でもなかったですし、体もまだまだ幼かったので、どう成長してくれるか、といった雰囲気。乗っている人間の感触では「乗り味が良い」という話だったので、普通に調教を乗り越えてくれれば、3歳の夏くらいには1~2勝、未勝利を乗り越えて500万、1000万で走ってくれれば良いのかなと思いましたね。

キタサンブラック

▲キタサンブラックの活躍を影で支え続けてきた女房役・辻田義幸厩務員

-:条件馬の感触だったとは……。乗り手の人からすると、跳びの綺麗さは口を揃えて評判だった記憶があります。ただ、いま思うとデビュー2戦目は、後々活躍している強い馬相手(サトノラーゼン、ダッシングブレイズ、サンマルティンなど)をあっさり下して勝っていますからね。

辻:そうですね。性格的な部分を含めて、あの辺もセンスがあるのでしょうね。

-:成績通り、徐々に上に行ける手応えを掴まれてきた感じですか?

辻:そうですね。徐々に、ですね。毎回、毎回、自分の思う上を、常に行ってくれていた馬なので、よくビックリさせられました、驚かされました、というコメントをマスコミの人にもしょっちゅうしていたと思うので、着実に強くなっていくというか、一戦一戦がそうでしたね。

キタサンブラック

▲菊花賞前のキタサンブラック 3歳秋になりたくましさが出ている

-:たとえば夏の放牧を経て、ガラッと変わるパターンもありますけどね。また違った成長過程ですか。

辻:でも、3歳の夏の北海道で休養に入った後、体はだいぶ大きくなって、幅は出たと感じます。その辺で馬が変わったと感じますね。

-:3歳の秋緒戦(セントライト記念)は追い切りの手応えが悪くて、話題になったこともありましたね。

辻:そうですね。あの時は体を持て余して、気持ちも入ってこなかったのですが、1回使われてガラッと体も使えるようになりました。菊花賞前は唸るような、今でもすごく良い状態だったと思い出しますね。

-:正直、この秋も追い切りが軽いという意見が一部の意見では出ています。いま思えば、3歳のセントライト記念でもそういう追い切りだけでは判断出来ないところはありましたよね。

辻:そうそう。焦って、最後の金曜日も乗ったりしていました。別に、追い切りは能力を測るものじゃないですからね。

人には従順で沈着冷静

-:日々やられていて、苦労することはありましたか?

辻:人には従順でいてくれるので、特別手が掛からないですね。ただ、パワーが他の馬とは違うので、やっぱりビックリした時に一瞬、馬の暴れた反応に遅れると、そのまま放しそうになってしまったりする時が常にありましたね。しかし、厩舎にいる時も本当にオフの時が多いので、そんなにカッカしたりしないです。

-:先程、エサを置く前は(催促して)上下するような仕草をしていましたが?ちょっと鳴いてもいましたね。

辻:普段はしないですけど、タイミング的にそうでしたね。ああいうことは今日初めてやっているのを見たくらいで、たまたまだったのかもしれないですけどね。

キタサンブラック

▲愛馬の引退にまだ実感は湧かない様子の辻田厩務員

-:普段の性格は人間で言うと、どんな感じですか?

辻:どうですかねぇ。ちょっと繊細な感じはありますね。ちょっと臆病なところもあるけど、頭が良いので、自分の頭の中で整理して、トレセンの中で自分のリズムを作ってくれているので、ストレスも少ないと感じますね。これの次はこれと、自分の頭の中に入っていて、その辺は冷静に整理できているような馬なのかなという感じですかね。沈着冷静ですかね。ちょっと神経質ですけど、周りを威嚇することは全くないですね。

-:ここ2~3年はかなり取材が多かったはずです。ちょっと神経質なところがあったとすれば、大変ですよね。

辻:それに関しても、やっぱり自分の中で、この人たちは自分に危害を加えないというのを分かっているのか、全然イライラすることもないですね。あんまり長過ぎるとちょっとイライラしてきたな、というのはありますけど。

-:立ち写真の撮影も大丈夫ですか?

辻:一応、リラックスしていますから。「あまりリラックスし過ぎた立ち姿はいけない」と言われることもあるくらいなので(笑)。

-:かなりの人出がずっと続いたと思うのですが、厩舎として、これだけオープンに取材をやれているというのはすごいなと感じますね。

辻:そうですね。僕らの厩舎の方針ですと、シッカリしていないと出来ないと感じますけどね。

キタサンブラック

-:食に関してはいかがですか?

辻:けっこうガッと一気に食べてしまう馬もいるのですが、ブラックに関しては、摘まみながら時間を掛けて、自分の必要な分は食べている感じですね。

-:食べる量が極端に多いこともありますか?

辻:運動量も体の大きさもあるので、与えている量が他の馬よりも多いとは感じますね。

-:何度か厩舎で拝見させていただきましたが、やっぱり大きいですよね。

辻:デカいですね。顔も長いですしね。デビューからも大きくなっていますものね。特に幅は大きくなっています。

キタサンブラック

-:春は調教メニューも色々と話題になりましたが、ケアの面では大変だったかと思われます。

辻:時間は掛けましたね。いま思えば、やっぱり痛いところが出てきますしね。春は、(調教の)ベース自体がガラッと上がっちゃったので。普通が馬場を2周半であったりとか、そこから追い切りが2本あったり、普通の馬ではキツいメニューでしたね。この馬も雰囲気的には違ったので、やっぱりしんどかったようで、ちょっとイライラしているところもありましたけど、乗り越えてくれましたけどね。

-:それを乗り越えたことを思えば、この馬は、むしろこの秋はちょっと楽というか?

辻:そうですね。普段、診ていても、楽なんじゃないかなと感じますね。

-:春のハードなメニューを消化しての変化というのは、何か感じられる部分はありましたか?

辻:ここまでの馬になったのは、やっぱりトレーニングがあってこそ、という部分があると思うので。この馬のスゴさは今でも際立つものがあるというか、あれを乗り越えてくれたことが素晴らしいですね。

-:そして、壊れなかったというのが。

辻:ええ、壊れなかったがすごいですね。

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