藤井勘一郎 6度目挑戦で晴れて合格 70箇所の競馬場を経験した苦労人
2019/5/29(水)
オールドルーキーに密着。6度目の挑戦で騎手免許試験に合格、今年3月よりJRAのジョッキーとしてデビューした藤井勘一郎騎手。これまでも受験にあたっての思いはインタビューで度々答えてくれていたが、新天地での日々の過ごし方、課題はどうみえているのか。2週にわたるロングインタビューでたっぷりと語ってくれた。
-:今年3月からJRAのジョッキーとしてスタートされた藤井勘一郎騎手ですが、3月9日に初勝利を挙げるなど順調な滑り出しだったように見えました。ここまでを振り返っていただいて、いかがですか?
藤井勘一郎騎手:よろしくお願いします。本当にありがたいことに、沢山の騎乗依頼をいただいているので、応えたい思いで1頭1頭乗っています。しかし、騎乗停止が2週間あり、「順調」というわけではありません。自分の中でもまだ手探り状態なので、個々の馬を知ることも大事です。競馬場も阪神、中京、京都で乗せてもらい、競馬場によって特性が違うので、どういう騎乗が競馬場に合うのか、その馬に合うのかは学んでいます。
-:「京都が初めて」ということでしたが、今までの海外での経験数を考えると、初めての競馬場をこなすキャリアというのは、相当お持ちではないでしょうか。
▲JRAデビュー2週目、阪神競馬場でJRA初勝利を挙げた藤井騎手
藤:そうですね。おそらく70カ所くらい行っていますし、(拠点としていたことのある)オーストラリアは本当に競馬場が多いです。日本でもJRAの3場プラス北海道、名古屋、笠松、南関東(4場)と、10カ所乗せていただいていますね。経験数の多さは、(※)シュタルケさんもそうなんですよね。シュタルケさんとはサウナでよく減量のための汗取りをするので、“サウナ仲間”。そこで「この競馬場はこうだよね」という話はよくしますよね。
(※取材当時、短期免許を取得してJRAで騎乗していたドイツのアンドレアシュ・シュタルケ騎手。2011年の凱旋門賞をデインドリームで制している)
-:もちろん英語での会話と。
藤:英語ですね。彼のようにドイツが拠点で、(フランスの)凱旋門賞でも勝っているような、他の国にも遠征に行くジョッキーは、似たような視点や感覚があります。僕はここ(JRA)で育ったジョッキーではないので、海外や地方競馬での経験やノウハウはJRAの舞台で活かさなきゃいけない、とは感じていますよね。
-:改めて、JRA試験合格の瞬間はどんな思いでしたか?
藤:本当に嬉しかったですし、今でも正直、信じられないですよ。ふとした瞬間に、ああ、良かったなと思い出すこともありますし、JRAに感謝の気持ちもあります。JRAに入るまでに7回ほど研修もさせてもらっていたんですよね。藤沢和雄厩舎、矢作芳人厩舎、村山明厩舎の3つの厩舎で研修させていただき、韓国でもJRAの馬で3度、勝たせてもらいました。
本当にJRAの舞台で戦えるというのは、今でも夢のようですけど、何度も言っているのは、ここに入ったのがゴールではなくて、35歳のここから、自分の騎手人生が新たなにスタートしますので、楽しみが大きいですよね。今までは各国を転々として、競馬だけに集中できるということがほぼなかったんですよ。
▲2月20日、栗東トレセン事務所にて行われたムチ贈呈式に参加
-:それだけ各国に行っていると競馬だけの生活なのかと思ってしまいますが、そうではないと。
藤:いや、競馬だけじゃないですよ。国を変えての生活は厳しいです。ビザの関係でレースに乗れない期間が出てきたり、収入面も不安定でした。旅費などの経費も計算しつつ、次に乗るために、競馬でしっかり結果を出さないといけないこともありましたからね。
-:言い方は語弊があるかもしれませんが「食い繋ぐ」部分もあった訳ですね。
藤:本当にそうですよね。競馬に乗れない時期は牧場でアルバイトをして、生きるためにも必死であったわけですから。今はやっと一つの場所でライセンスを得られて、競馬一つに集中できるということは本当にありがたいですよね。
-:日本は、収入面とでは世界トップクラスと聞きます。
藤:そうですよね。JRAは収入面も大きいです。また、競馬が基本的に土日だけなので、それまでの月~金曜日の自分の時間の使い方も変わってきます。平日をいかに工夫するかというのは、土日のパフォーマンスに繋がるので。今はまだ入って2カ月ですけど、常に手探りですし、正直、スケジュールには慣れていないですね。それでも、アウェイな環境をホームグラウンドにする努力、調整は自分なりにはしています。
-: 1週間のスケジュールは現在、どういう過ごし方をされていますか?
藤:金曜日は夜の9時までに調整ルームに入るルールなのですが、僕は大体3時くらいに早めに入っています。そこからは馬場を歩いたり、ジョギングをして、汗取りをしていますね。月曜日は常に競馬を観たり。平日はまだ初めて乗せていただく厩舎も多いので、調教の合間に厩舎に挨拶をしたり、ですね。
▲JRA入り以前、矢作芳人厩舎で研修(写真本人提供)
-:平日の時間の過ごし方も競馬で結果を出すための時間になっていきますね。
藤:新聞でのミルコ(・デムーロ)さんの連載記事を見たのですが、ロードバイクをされているそうですね。週末に向けて体をつくるという意味では、僕も山登りに行きますね。信楽に行く途中に金勝の里というところがあって、すごく良い山道を見つけたんですよ。
僕ももともと自然が好きで、デムーロさんの記事でもすごく共感できるなと思ったのは「五感を研ぎ澄ます」といったことを書いてあったんですよね。この仕事は馬相手でありますし、常に周りで不確定なことが起こっていることを察知しなくてはいけない。自分の感覚、後ろから馬が来たことを感じるのも、結局、音や気配で察知して、包まれないようにしないといけません。気配を感じるためには、自然の中に身を置くということは、五感がより研ぎ澄まされる感覚がありますね。
2日しか競馬に乗れないということを考えた時に、週末への準備を考えると、普段の生活で競馬を意識しながら生活をするように。例えば、車を運転するにしても“位置取りはこうかな”みたいな意識はあります。他のジョッキーもどこかしら、競馬を意識して、競馬に置き換えて日々の生活を過ごしていると思いますね。
-:今まで色々な国で乗られて、色々なタイプの馬に乗られていると思います。JRAとなると、スピード感が違うと思います。競馬の流れへの対応はいかがですか。
▲2015年8月、札幌競馬でJRA初騎乗を果たした
藤:JRAに合格する前に1回、JRAで乗せてもらったのが、北海道競馬の小林祥晃オーナーのコパノミライという馬でしたが、札幌競馬は洋芝でけっこう重い印象がありました。JRA騎手として、初めてJRAのレースに乗せてもらったのが小崎憲先生のダイヤレイジング(牝3、栗東・小崎厩舎)という馬でした。ダート1200mの3歳未勝利戦でしたが、正直、ペースは速いと思いましたね。レースで緩むところがないと感じました。
-:そこは何度か乗ったことで慣れといいますか、対応できたと。
藤: 1週目は勝てなかったんですよね。でも、2日目にセカンドエフォート(牡6、栗東・村山厩舎)という馬で1回だけ3着があって、掴んだ感覚はありました。1週目に様々なクラス・距離・馬に乗せていただいたことを踏まえ、次の週にポン、ポン、ポン(シュッドヴァデル(牡3、栗東・友道厩舎)・カリボール(牡3、栗東・須貝尚厩舎)・プリンスオブペスカ(牡5、栗東・松永昌厩舎))と3つ勝たせていただけました。1週目に掴んだ感覚を早く体験出来たというのも、結局、数多くのレースに乗って、自分が感じたものが大きかったです。本当に沢山のレースに乗せてもらえて良かったですよね。
-:JRAではルーキーだったわけです。デビューにあたり、注目される中で勝てなかったことに対しての失望感や落胆した気持ちはなかったですか。
藤:それはなかったですけど、デビューの日のチューリップ賞にブランノワール(牝3、栗東・須貝尚厩舎)という馬で、重賞の騎乗をいただいていました。3着以内の権利を獲っていたら、クラシックに繋がっていたので、結果を出せなかった悔しさはありますね。失望感とは違いますよね。
-:今は週2日の競馬が常だと思います。開催日数や騎乗数は物足りなくないですか。
藤:僕の場合はやっぱり減量もあるので…。南関で5日間競馬をさせてもらっていた時は、集中力を5日間保つことは本当に難しかったですけどね。
-:僕も南関東のジョッキーに伺ったことがあるのですが、週5日の競馬は過酷な環境だと思います。
藤:レースは8鞍までと制限されているのですが、朝の攻め馬もある中で、5日間も競馬に乗るとなると、本当に大変です。すごいと思いますよ…。南関では3カ月、3回乗せてもらって、実際に森(泰斗)さんと食事をさせてもらったり、他にも的場(文男)さんや真島(大輔)さん、矢野(貴之)さんなどとも近くで色々話をさせてもらいました。トップジョッキーとして、あのサイクルをずっと続けているということはすごいです。そして、レース感覚は地方競馬のジョッキーもすごいモノを持っていますよね。またJRAのジョッキーとは違った強みですよね。
-:特に、的場さんはあの年齢ですからね…。
藤:そうなんですよ。根性といいますか、すごい精神力だと感じます。あれだけタフな場所で、60歳を過ぎても、モチベーションを保っていられるというのは。
▲2018年11月、的場文男騎手・地方競馬通算最多勝利記録達成記念パーティーにて
的場騎手と的場騎手の新町マネージャーと記念撮影(写真、藤井騎手提供)
-:「的場さんは気持ちがすごい」と誰からも讃えられていますものね。
藤:すごく気さくな方で、タクシーでご一緒させていただいた時も何回かありました。「夢があれば頑張れる。頑張ったら良いことがやってくる」と声を掛けてもらったり、あれだけ勝たれていても、気持ちがピュアな方ですね。僕も的場さんの背中を見て、吸収した部分があります。先程、僕が70カ所の競馬場で乗ったというキャリアの数だけでなく、色々なジョッキーを見てきたことも強みだと思うんですよね。 一つの場所で結果を出している人もいますし、海外に出たら、もっと海外に出ている人も集まることもあります。色々な人種、ブラジル、イタリア、イギリス、オーストラリア、韓国に会えたことも経験ですし、色々なジョッキーに会えるというのも貴重です。沢山のジョッキーのスタイル、生き方を知れることもすごく勉強になりますよね。
-:もちろん人種によって気質の差もあって、乗り方にも繋がったりするのではないですか。
藤:性格もそうですけど、結局レースでの乗り方というのは、裁決委員が基準になります。日本ではOKだけど、これはアウト、外国ではOKだけど、これはアウトという裁決委員のレースの見方も変わってくるので。国々の基準に沿って、どういう騎乗が出来るか、考えなくてはなりません。また、日本はスピード競馬に合わせた乗り方をしなきゃいけないなとは、すごく意識していますよね。
-:海外で会われて、特に参考になったジョッキーはいますか。
藤:影響を受けたジョッキーは1人には絞れないですね。日本に馴染みがある人ということであれば、ユーリコ・ダシルヴァさんというジョッキーですね。2年前に札幌でワールドオールスタージョッキーズを勝った騎手ですけど、実は彼とシンガポールに遠征している時に4カ月間くらい一緒に住んでいたことがあるんですよ。彼は精神的な部分を重視していて、ヨガや瞑想法など、すごく勉強になりました。
▲藤井騎手とダシルヴァ騎手、他、名牝ロジータの主戦だった野崎武元騎手
シンガポール競馬の日本人調教師・高岡厩舎の茂助手と(写真、藤井騎手提供)
▲2017年のWASJを個人総合優勝したダシルヴァ騎手
他には、日本では決して著名ではないと思いますが、ジェフ・ロイドさんという南アフリカ人のジョッキーがいます。彼はそれこそ的場さんのような存在の人で、今は57歳の人ですが、5000勝以上しています。色々な競馬場での経験があり、勝ち星を挙げていて、競馬について教えてもらったこともあります。もちろん冒頭に挙げたシュタルケさんも凱旋門賞を勝っていますし、話の中で得るものはすごくありますよね。
先程、話題にさせてもらった的場さんや森泰斗さんたちをすごく尊敬しています。僕は大井では小林所属だったので、御神本(訓史)さんとは毎朝、顔を合わす機会があり、勉強をさせていただきました。
-:当たり前ですけど、英語で話せるということは強みですよね。
藤:そうですね。僕自身が色々なところに、“外から来る者”という立場で行ってきたわけで、シュタルケさんもそういう感じじゃないですか。以前から日本に何回か来ているとはいえ、「話をしたい」という感覚を感じますよね。シュタルケさんとは白浜(雄造)さん、弟の白浜昭平調教助手と1回食事をさせてもらったことがあります。シュタルケさんは本当に自然体で、オンとオフがあります。オンの時はガッツリ乗るけども、普段は本当にユッタリしている。そんな人柄ですね。
ジョッキーであり、読書家でもある素顔
藤井勘一郎騎手インタビュー(2P)はコチラ⇒
▲シュタルケ騎手、白浜騎手、白浜助手との食事会にて(写真、藤井騎手提供)