単勝オッズ93.1倍で勝利の衝撃を振り返る。先日行われた第86回・日本ダービーを制したのは12番人気のロジャーバローズだった。世間の評価は同厩のサートゥルナーリアが断然ムードも、戦前のインタビューでは「勝つつもりで臨む」と語ってくれた、同じ角居勝彦厩舎で担当の米林調教助手。激勝の要因とは?レースレコード・ダービー史上2番目の単勝配当・担当者自身も重賞初勝利。誰もが驚いた一戦を、レース後だから語れるエピソードを明かしてくれた。

人馬ともに初のG1出走 緊張と熟考の舞台裏

-:ロジャーバローズ(牡3、栗東・角居厩舎)で第86回、日本ダービー、優勝おめでとうございます。

米林昌彦調教助手:ありがとうございます。みなさんのおかげです。

-:事前の取材をさせていただいて、状況を教えていただいていたのですけど、やっぱり一番の懸念材料であった輸送に関しては、上手くクリア出来たのですか。

米:そうですね。ポイント、ポイントでヤバいかなというところはありました。まず、馬運車の輸送自体は滞りなく終わって、翌朝の曳き運動もこなしました。それで、スプリングSの時は、装鞍所の前半は大人しかったのですけども、今回は僕が初めてのG1。ガチガチに緊張していたみたいで、馬が速歩になって、最初の5分くらい、なかなか常歩になりませんでした。“ヤバいな”と思いながら、(僕の)テンションが上がっていたんですけど、昔、トレセンに入る前にお世話になった大先輩に偶然会い、「米ちゃん、顔が怖いよ」とお叱りを受けましたね、ハハハ(笑)。

-:偶然いらしたのですか。

米:仕事の関係でいました。その時に、こんな怖い顔をしているんだと思ったら緊張が抜けて、そうしたら、馬も落ち着き出しました。これは自分が馬の足を引っ張っているんだなと思いましたね。そこで、第一関門をクリアしましたね。

ロジャーバローズ

▲レースから3日後、ロジャーバローズと担当の米林調教助手

-:それは馬の問題ではなくて、米林さんの問題だったのですね。

米:僕の問題ですね、ハハハ。大舞台に立ったことがなかったので。「顔が怖い」と言われるくらいだから、余程、硬くなっていたのでしょうね。そういう助けがあって、そこから落ち着いて下見所に入りましたね。それで、下見所では小滝さん(調教助手)が一緒に2人曳きしてくれました。早い段階から2人曳きした効果で、今回は前回よりも落ち着きも早くて、途中からは1人で曳けるような状態になりましたね。下見所をリラックスして歩かせるという目標はクリアしましたね。

-:その後、地下馬道を上がって、大勢のお客さんが待つスタンド前での返し馬に行く訳ですけど、その時というのはさらに緊張されたんじゃないですか。

米:いや、もうそうなると、緊張というより、2重メンコをしていたので、まずこれをどこで外すかを考えていて、緊張を感じている余裕もなかったです。予定通りゲート裏で外すのか、返し馬の直前に外すのか、という2択でした。ただ、下見所の時に馬はすごく落ち着いていたんですけど、パッとモニターが映って、馬が一旦興奮してしまったんですよ。収まるまでけっこう(時間が)掛かって、また2人曳きに戻したんですよ。

ロジャーバローズ

▲日本ダービーのパドック 左が小滝助手

これは、ゲート裏で直前に2重メンコを外したら、またイレ込んで、ゲートでガタつくんじゃないかと思ったので、思い切って、歓声が上がるのは折り込み済みで、返し馬の直前に出させてしまった方が良いのかなと。“その分、返し馬で引っ掛かって苦しい思いをするかもしれないけど、そこをどうにか乗り越えてくれたら、良い状態で臨めるはずだから”と思って、浜中君に志願して、ここで外していこうということになって、外していきましたね。すると、上手いことゲート裏まで落ち着いていけたので。

-:今回は1枠1番だったので、18頭を枠に入れるまで時間を待たされるというか、ちゃんと五分にスタートが切れるかというヒヤヒヤはあったと思うんですけど、その時はゲート裏からご覧になっていたのですか。

米:僕が曳いていたんですけど、思った以上に落ち着いていましたね。馬も腹を括った感じでした。京都新聞杯と同じか、それ以上に落ちついていた感じはあったので、これは良い感じで臨めるなと。あとは、懸念材料はゲート内でガタつかないか、ということだけでしたね。

-:後ろからスタートをご覧になって、どんな感じだったのですか。

米:スタートを出た瞬間、「ヨシッ!」というくらい、本当に良いスタートを決めてくれたので。そこからはモニターで観ていましたね。

スプリングSの敗戦、周囲のスタッフの助言が活きた大激走

-:(スタンド前発走なので)歩いていくから、ターフビジョンの映像を観て、検量室の方に戻りながら観ていたということですね。1コーナーの入りは2番手でしたけど、どうでしたか。

米:1コーナーの入りは予定通りの離れた2番手で、3強が牽制しあって、これはシメシメと思っていましたね。

ロジャーバローズ

-:同厩舎で1番人気のサートゥルナーリアが出遅れたことも、その時は分かっていたのですか。

米:自分の馬しか観ていなかったから、出遅れたことは観ていなかったです。思ったよりもポジションが後ろだなというのがあったから、出た瞬間は観ていなかったので、それだけですね。あとで「2回潜った」という話を聞きましたね。自厩舎なのに、滝川先輩の馬を観る余裕はなかったですね。

-:向正面に入って、まあまあのペースで流れていましたね。

米:1000mの通過もずっと観ていたんですけど、リオンリオンが57.8秒で、そこから約10馬身くらい離れていたので、予定通りに来たと思いましたね。58~59秒のラップを刻みたいと思っていて、そうしたら、見事に浜中君がそのラップを刻んでくれましたね。“ヨシッ、1000mの通過はこのラップで、第2の壁はクリア出来たな”と思いましたね。

-:その「ヨシッ」というのは、勝つか負けるかということよりも、勝つということなのですね。結果的には、ファンの中では12番人気でしたけども、米林さんの中では、もちろん勝つつもりでレースを観ていたということですね。

米:当然、勝つつもりで馬をつくっていますからね。勝つための課程として、一切のミスも許されない状況でした。ゲートを出たら、ジョッキーに任せて、通過タイムも希望の5F59秒での通過ということで。そこで、まず1000mの壁をクリアして、次は後続の仕掛けるタイミングですよね。4コーナーまで3強が牽制しあうことを願っていたんですけど、そういう気持ちでずっと観ていて、4コーナーでも良い感じで少し加速していき、その状態で残り1ハロンまで行って、もしかしたらというのは…。4コーナーの時点では、“そこまでプラン通りに順調に来られたので、5着はあるかな”と思って、それで、残り1ハロンで“本当に5着はあるかな”と思いましたね。

-:でも、(2着の)ダノンキングリーが来ましたね。

米:来ましたね。残り50mくらいになった時に、重賞も勝ったことがないし、G1にも初めて出たんですけど、自分の中でこれはもう勝ち負けだと思いました。そこからは10着はあり得ないだろうから、絶対に勝ち負けだと思いましたね。クビの上げ下げになるだろうから、勝てるかどうかも分からないけど、そこで感極まって、最後の50mくらいは号泣しちゃって…。

ロジャーバローズ

-:ゴールした時に、勝ったことは分かりましたか。

米:僕も浜中君も分からなかったですね。改めて写真を見たら、これで分からなかったらおかしいというようなレースですけどね。

-:そんなにメチャクチャ際どくはなかったですよね。

米:ハナ差じゃなくて、クビですからね。今まで条件馬ですけど、何十勝もしてきて、ハナ差で勝ったこともありました。クビ差で明らかに分からなかったというのは、あの興奮状態だったから、ですね。

-:内、外で離れていましたしね。

米:そうそう。“これっ、勝ったの、負けたの…!?”という感じで、号泣してしまいましたね。

-:さっき浜中君と会ったんですけど「まさか勝つとは思っていなかったから、何の心の準備も出来ていなくて、ゴールしてから、ただただパニック状態になってしまった」ということでした。「こちらは用意していなかったので、涙は米林さんに任せました」とおっしゃっていましたね。

米:ゲート裏で、浜中君にリラックスして欲しいから話をしたんですけど、僕とは相性が良くて、「この間のエルプシャフトも同着でしたし、3着内率も7割くらいあるから、自信を持ってね」という話をしたら、笑っていました。あまり緊張せずにリラックスしていましたね。

-:その後、安全に馬を迎えに行くという厩務員さんというか、担当者としての仕事がまだ残っていた訳ですけど、どこかで仕事モードに切り替えないといけないじゃないですか。それはどの辺で出来ましたか。

ロジャーバローズ

米:帰ってくる時というのが一番怖いですね。馬場で自分が捕まえるまで、今までも歩様が悪くなっていたり、そういうのはよくあることなので。感極まっているけど、ウィニングランをしているので、早く帰ってこないですけど、今までの習慣から、何かあったから早く帰って来ないのかな、というソワソワ感と、早く歩様チェックをさせてくれ、というのがありますから、歩様を診るまでは安心出来ないですね。だけど、あの精神状態だったら、多分、歩様を診ても、大して分からなかったと思いますけどね。冷静ではないので。

-:馬とジョッキーが、ウィニングランをして戻ってきた時というのは、やっぱり浜中君とは何か声を掛け合いましたか。

米:「ありがとう」と。馬にも「よくやった」ということを言いましたね。

-:京都新聞杯では「勝たないとダメだ」と、強いことを言ってくれていたジョッキーが、まだ重賞を勝っていない馬で、ダービーを勝ってくれましたね。

米:平成初のダービー馬がウィナーズサークルで、重賞未勝利馬で、オークスのライトカラーも重賞未勝利馬。先週のラヴズオンリーユーも重賞未勝利馬でしたし、歴史を繰り返すという意味で、面白いですよね。本当に嬉しかったですね。

-:“同厩舎の人気薄”という格言が、また競馬らしいというか。

米:それはあると思いますよ。というのは、人気薄の人は放って置かれるので…(苦笑)。アドバイスは一杯ありますけど、マスコミ側は放って置くじゃないですか。厩舎関係者は全力で行くじゃないですか。1番人気や人気薄は関係ないですから、どちらも勝ちに行くので、全力で行きますからね。そういう中でプレッシャーはないので、僕はノビノビ仕事が出来ますよね。負けても、別に何もないですし、勝てば称賛されますからね。

-:大金星ですからね。

米:大金星と言って褒められる。そういう精神状態で出来る仕事というのは、こちらとしてはやっぱりすごいアドバンテージですよね。馬にとっても、馬なんかはすごく敏感ですから、ノビノビ仕事がしたいのでね。

ロジャーバローズ

-:振り返れば、結果7着に敗れたスプリングSだった訳ですけど、あの経験というのは、この馬の輸送ということに関しては、すごく大きな経験だった訳ですね。

米:課題になりましたね。みんな新潟のデビュー戦では輸送は大丈夫だったということでしたが、当時の馬は競馬を知らない訳ですからね。競馬は上手な馬ですから、スプリングSでも馬は張り切りますよね。それが裏目に出た感じですよね。その時の経験を(前任者が)きっちり引き継いでくれて、対処して、それに馬がシッカリ応えてくれて、繋がっていますよね。

-:「カイバの調整をして、あまりテンションを上げないようにした」ということでしたね。

米:そういう部分はかなり気を使いましたね。

-:負けた経験が色々、こんなにも大きいレースに繋がるというのは。

米:そうですね。これだけ、負けた経験が繋がっているし、それまでの色々な馬たちが教えてくれたということですよね。

-:これまで米林さんが担当されてきた馬で経験したことが、ロジャーバローズに繋がったということですね。

米:はい。それと厩舎のスタッフの方々に、メンコに関しても、当初は京都新聞杯と同じようにゲート裏でメンコを外していく予定でした。京都新聞杯は2着に負けたんですけど、重賞の2着に来たことで、僕にとっては成功体験だったんですよね。後で「メンコを外していこう」と言ったんですけど「いや、東京の2400は観客席前やで」と言われて、僕は東京の2400自体に出たことがないから…。レースはいつも観ていますけど、そこまでちゃんと観ていなくて、実体験もないから、どれくらい歓声がすごいかも分からないし。

ロジャーバローズ

-:その現場に立った人しか出来ないアドバイスを、誰がしてくれたのですか。

米:(調教助手の)上村さんですね。他の人もしてくれましたけど、いの一番に言ってくれたのが上村さんでしたね。2重メンコをしていた方が良いかなと思って、それだったらレースに向かうまでメンコをして、パドックは2重にしておこうか、と自分の中でも考えていましたね。京都新聞杯を勝った(高橋義忠厩舎の)中塚さんのレッドジェニアルが3重メンコをしていくということだったから、こちらは2重メンコをしていこうかと。

-:馬だけで言うと、向こうの方が数段元気は良いですからね。ちょっと馬のタイプが違うから、向こうが3重だったら、こちらは1重でも良いかもしれないくらいですからね。

米:それで、みんなメンタルに気を使っているなと思いました。その歓声の話を聞いて、実際にYouTubeでウオッカのダービーやワグネリアンのダービーをチェックし直しました。それはレースというよりも、とにかく観客席の事前の状態を観て、これかと思って、それで着けていこう、という話になりましたね。

中2週でも攻めの姿勢を貫いたことが勝利に
ダービー馬・ロジャーバローズ陣営インタビュー(2P)はコチラ⇒