富田暁騎手 まずはオーストラリアへ 決意の海外遠征を叶える
2019/7/24(水)
今度こそ海を渡る。昨秋に行ったロングインタビューでは、アメリカ遠征を表明してくれた富田暁騎手。しかし、今年に入ってからも日本での騎乗が続き、果てには昨年より勝ち星のペースも減少してしまったが、その胸中は…。今夏は函館に初めて遠征し、奮闘を続ける3年目の若手ジョッキーに近況を聞くと、意外な声が返ってきた。(取材=競馬ラボ小野田)
-:今夏は函館に滞在している富田暁騎手ですが、今回、再びお話を伺うキッカケとなったのが、昨年秋のインタビューの際に「アメリカに行く」というプランを教えていただいたかと思います。そのプランはどうなったのかと思っているファンも多いんじゃないかと思い、改めてインタビューの場を設けさせていただきました。
富田暁騎手:そうですね。もともとは今年の2月くらいからアメリカに行く予定で準備を進めていたのですが、ビザ申請後、ずっと待機している状態で今に至っています。先行きが見えないので、他の国へ行くことも考えはじめ、色々な方向からアプローチをしていて、現在の状況で一番行きやすかったのがオーストラリアだったのです。ビザも取りやすくて、なおかつ今年は(ダミアン)レーンさんが来て、大活躍されていましたし、(坂井)瑠星先輩も行っていましたからね。そのノウハウをリサーチしやすいこともあり、オーストラリアに行く方向でずっと準備をしてきました。
-:真偽はわかりかねますが、他のプロスポーツ選手に聞いた際も、今のアメリカはビザを取るのが大変だと耳にしたことがあります。
富:その時点では取れると言われていたのですが、結果、甘くなかったですね。僕は騎手としての実績もなく、難しかったのだと思います。ただ、今でもアメリカに行きたいという気持ちは変わらないし、今後もチャレンジしたいなと思っていますね。オーストラリアで語学に励むことはもちろん、乗せてもらえるようになって技術も上がった時に、英語も喋れるようになっているでしょうし、その時に改めてアメリカにも行きたいと思っています。
-:オーストラリアに関しては、どれくらい前くらいから準備を始めたのですか。
富:4~5月くらいから考えていました。色々な方に相談をして、それこそレーンさんが来ている時に話をさせていただくと、「面倒を見てあげる」という話もいただきましたし、そこから本格的に行こう、となりましたね。
-:それにしても、レーンさんは寡黙なイメージがあったので、ちょっと意外ではありますね。
富:そうですよね。静かな雰囲気ですからね。僕もそうかと思っていたのですが、話をしたら、日本語は通じませんが、気さくに喋ってくれますしね。通訳のアダム(ハリガン)さんと僕の関係者も仲が良かったこともあり、レーンさんが関西に乗りに来た時に話をして、連絡は取っていました。
-:もう出発間近らしいですね。
富:ええ、準備はほぼ整ったので、8月の頭から10日くらいまでには行きたいと思っています。場所はメルボルンで、今のところ、レーンさんが所属している厩舎を中心にお世話になる予定です。
-:どれくらいの期間を予定されているのですか。
富:最低でも1年。それ以上も考えています。それこそアメリカに行けるのだったら、オーストラリアから続けて行きたいし、色々な国にも行ってみたいと思いますね。実際、プロのジョッキーになって、レースに乗る中で、日本に短期免許を取得してくる外国人騎手は各国の一流しか来ないので、そういう方々と一緒に乗る中で、「上手い!すごい!」と驚かされることが沢山ありました。もちろん日本のジョッキーも上手いので、たくさん見習わないといけないのですが、またそれと違ったすごさがありました。
それに、昨年、フランスに若手のレース(※)で行かせていただいた時に、様々な国の同じ年代のジョッキーと関わって、より一層、上手くなりたいという思いは強くなりましたし、周りとしっかり喋れなかったことが悔しかったです。英語を喋れるようになったら、色々な交流が出来ると思い、海外に行きたいという気持ちになりましたね。ジョッキーとしての技術・戦術の向上はもちろんのこと、人間力も磨きたいと思っています。
(※ロンジン・フューチャー・レーシング・スター賞=イギリス、アイルランド、ドイツ、フランスから各2名、オーストラリア、南アフリカ、アメリカ合衆国、日本、トルコ、モロッコから各1名が参加)-:生活する環境は決まっているのですか?
富:レーンさんの家族の家に空きがあるらしいんです。ただ、レーンさんはトップジョッキーなので、いつも家にいらっしゃるわけではないでしょうし、僕が最初から同じ競馬場で乗ることは無理だと思いますし、しっかりと自立してやりたいと思っています。
-:日本人が少ない中で生活することも初めてのことですよね。
富:初めてですね。一人暮らしもしたことがないので。言葉が通じないことが一番不安ですね。やっぱり何を話しても通じない…となると、なかなか厳しそうだなと思いますね。フランスに行った時も、他のジョッキーと部屋が一緒なので話し掛けてくれるのですが、言葉が分からないし、分かったとしても言い返せない。あの時はストレスも溜まりましたね。何とかノリでやっていけた部分もあったのですが、生活するとなるとしっかり対応していかなければならないと思っています。
-:もちろん日本の先輩ジョッキーから色々教わることも多いと思いますし、吸収できることもあると思うのですが、海外に行くことで、テクニック的に学べそうなことはどういうことだと考えていますか?
富:説明は難しいですね…。でも、海外のジョッキーが来たり、日本で免許を取得している(クリストフ)ルメールさんもそうですけど、道中のリズムが本当に良くて、ガチャガチャとなることがないですよね。追い方もダイナミックですし、馬の動かし方も、いかに馬を前向きに走る方に持っていってあげられるか、といったところですかね。日本のジョッキーとは違った感性や感覚も持っていると思いますし、ペースもやっぱり違うので、競馬の質も違うでしょうから。そこをドンドン経験して、取り入れたいと思いますね。
▲今夏は函館シリーズに初参戦 3勝をマークした
-:昨年は年間29勝を挙げられ、今年は年の半分を折り返しながら8勝と、ペース的に落ちてしまっている点は事実です。日々、乗られていて、もどかしかったり、自分に足りないと感じているところはありますか?
富:まだまだ足りないところだらけです。特に思いっきりの良さは足りないと思いますし、迫力にも欠けます。何かこう…僕に特徴がないということですかね。例えば、この馬に乗って「富田が乗っている」という特徴が今はないと思うので、自分の武器、個性を身に付けたいです。それを模索中ですし、色々試す中で「こういう馬には富田を乗せたい」といった、依頼される方のニーズに当て嵌まるジョッキーになりたいですね。もちろんどんな馬でも任されるようにならなければいけないと思っています。
-:思いっきりという面では、人の良さが出てしまっているのではないですか。
富:人が良いのか分からないですけど(笑)、もっとガンガン行かないと、という思いはありますし、ゲートも基本的には馬が出るものですけど、僕が緊張しちゃって、馬を出す態勢にしてあげられなかったりということは、今でもあります。ゲートで委縮してしまうところもあるので、もっとリラックスして乗れたら良いですけどね。
-:今年ちょっと成績が落ち込んでしまったことについては、考えられる要因はあったのですか。
富:(減量が)1キロ減になったこともあります。それに、これは言い訳になるのですが、2月上旬にはビザがおりそうという話があり、そうなればすぐにアメリカへ渡る予定だったので、2月以降の依頼を受けられなかったという事情もあります。その当時も「まだいるのか、まだいるのか?」という中で、騎乗依頼に関しても、ドンドンと悪循環にはまってしまった感じでした。もちろん自分のせいなのですが。ただ、今年は流れも良くなかったですし、自分の中で納得のいく騎乗も出来ていないし、悩み過ぎて、全く流れに乗れていなかったことに原因があったと思います。
-:決していい流れではなかった中で踏み切るのも勇気でしょうが、海外経験があるわけではないだけに不安はありますよね。
富:たしかに不安はあります。しかし、これからのことを考えると、行くなら今しかないと思いますし、このままではダメだと思ったので…。環境を変えて、自分を強くしたいし、技術をもっと上げたいからですね。行かないと、というか、僕にとってすごく大事な期間になるんじゃないかと思っています。
-:行くにあたっては、所属先の木原一良先生からはどんなアドバイスがありましたか。
富:先生は本当に僕に一任といいますか「行くなら、行ってこい!」と快く送り出してくれました。それこそ調教も、人手も少なくなりますし、すごく迷惑は掛かりますけど。本当にすごくありがたい環境で、生活させてもらっていると感じました。今は厩舎の方々もバックアップしてくれますし、所属以外でお世話になっている厩舎の方々もすごく応援してくれるので、帰ってきた時に結果で返していきたいし、本当に恩は返していきたいと思います。
▲所属厩舎の調教師である木原一良師(右から2人目)
-:騎乗技術をデビュー前から教えていただいた四位(洋文)さんとはどんな話はされましたか。
富:四位さんは最初にアメリカに行く話があった時も「今、行くのが一番いい」と後押ししてくれましたし、その後もずっと気に掛けてくれていました。今回の件が決まった時も「頑張ってこい!」という言葉も掛けていただいたので、いつか四位さんを超えられるジョッキーになるために、そのステップとして頑張りたい気持ちがすごく強いですね。
-:オーストラリアという国に関しては、学んだりしたことはありますか。
富:文化については全くです。勉強不足ですね(苦笑)。競馬自体は少しずつ観ていて、レースはけっこうタイトで、直線でバラけることもあまりないし、ペースも遅いですね。ゲートを出てから1列目を取りにいく動きが激しくて、外枠から内に、という競馬は簡単にさせてもらえないイメージが率直な印象ですね。
-:瑠星騎手も「(隊列の)2頭目までO.Kだけど、3頭目より外はNGで、その外を回るなら後ろに行く」と言っていたことを思い出します。
富:どんなものなのか、実際に体感したいですね。折り合いもより大事になってくると思いますし、ユッタリしたペースで乗るということはやっぱり馬もしんどいし、自分の力も付くんじゃないかなと思います。
-:フィジカル的な面も鍛えないといけないですね。競馬に乗れない、馬に乗れない間のトレーニングも必要ですね。
富:今でもトレーニングはやっていますが、向こうで新たなトレーニングも取り入れたいと思っています。
-:それだけ自分の意識の高さは求められるのではないでしょうか。
富:そうですね。やっぱり自分でどうにかしないと、という形になると思うので、本当に覚悟を決めて取り組んでいきたいと思っています。
-:向こうに渡ってから予定しているスケジュールとは、どんな予定ですか。
富:スケジュール的には全く白紙ですね。競馬に関してもまだ予定がないですし、調教に乗って、語学学校に行きつつ、という形になるという話です。こちらで英会話の勉強をしているといっても、向こうでは簡単に会話ができないでしょうから。まずは英語をキッチリしていかないと、騎乗依頼や、調教やレースに乗った後の報告が出来ないと、ドンドン信頼もなくなってしまうと思うので。まずはコミュニケーションを取れることから始めないといけないですね。
-:競馬の専門用語も覚えないといけないですからね。
富:まだまだ知らない競馬の専門用語も多いでしょうし、それが分からないと理解できないので、しっかりと覚えていきたいと思います。
-:いまは、どんなジョッキー像になりたいですか。
富:誰もが知っているジョッキーといいますか、競馬を知らない人でも分かるスタージョッキーになりたいですね。
-:技術的な面はどうでしょう。
富:技術的なところは難しいですね。やっぱり「追えるジョッキー。追えないジョッキー」と言われる訳じゃないですか。追えるジョッキーを目指していかないといけないのかなと。でも、やっぱり僕の中でもプライドがあって、綺麗に格好良く、なおかつダイナミックにとは思っていましたし、そこを貫きたい思いもあります。
-:最後になります。意気込みをお願いできますか。
富:今は僕の中で納得する結果が出ていなくて、悔しい思いも沢山しました。環境を変えることで、技術とメンタル、あらゆる面で成長して帰ってきたいです。最終目標は日本だけでなく海外でも活躍することです。向こうでジョッキーをやれるくらい頑張れるなら、こちらでも活躍できると思うので、まずは向こうで活躍するという強い気持ちを持って、ある意味、日本には戻ってこないくらいの気持ちで行くつもりです。そういう気概で、もし帰ってきた時は何十倍も、何百倍も成長した姿を見せられるように、強い心を持っていきたいと思います。頑張りたいです。
-:次、お会いして、話を聞かせてもらうのはいつになるか…。その時は「アカツキ・トミタ」という名前が海外でも知られているよう、向こうでも活躍できるように頑張ってきてください!
富:ありがとうございます。
-:ありがとうございました。
プロフィール
【富田 暁】Akatsuki Tomita
1996年生まれ、茨城県出身。学生時代はサッカー少年だったが、競馬ファンだった父の影響で高校時代に騎手を志す。栗東の木原一良厩舎所属で、四位洋文騎手や武英智調教師(元調教助手)らの指導を受けてきた。昨年6月にはフランス若手騎手招待レースに参加。前年を大きく上回る29勝をマークするなど、徐々に頭角を現してきた、いま注目すべき若手ジョッキー。日々の息抜きは競馬終わりの食事や買い物など。栗東の同期は川又賢治騎手。