追悼・ディープインパクト 担当者が語る 名馬の資質
2019/8/4(日)
パートナーが名馬を偲ぶ。7月28日、17歳という早すぎる最後となってしまったディープインパクト。現役時代には7つものG1タイトルを手にし、種牡馬としても、海外にその名を轟かせた説明不要の英雄を、かつての担当者・市川明彦厩務員が振り返ってくれた。
-:市川さんの相棒だったディープインパクトが残念ながら亡くなってしまいました。最初に知らされた時を振り返ってもらえますか。
市川明彦厩務員:亡くなったということを知らされたのが、その日の午後でした。馴染みの記者さんから連絡があったのですが、体調が良くないということは前々から聞いていましたからね。ずっと心配はしていたんですけど…。
▲ディープインパクトを担当していた市川厩務員(引退レースの2016年有馬記念)
-:少しは覚悟をされていたということですか。
市:ただ、その状態がどこまでというのが分からなかったし、向こうの獣医さんから「首が曲がってしまっている」ということを聞いたのですが、どういう状態で曲がっているのかも分からないですから。ディープはすごく強運な馬なので、乗り越えてくれるんじゃないかな、また元気になるんじゃないかな、と思っていましたね。
-:最後は立ち上がれなくなってしまったようですね。
市:経過や立ち上がれない様子を思い起こすと、やっぱりかわいそうで…。
-:しかも、まだ17歳ということでしたからね。
市:種馬になって、若い時に亡くなっている馬もたくさんいますけど、ディープは同じ3冠馬として、(35歳まで生きた)シンザンくらいまで生きてくれるんじゃないか、生きて欲しいと願っていましたけどね。
-:池江泰郎厩舎では市川さんの担当馬では、ブラックタイドとディープインパクトなどがいましたね。
市:すごい馬をやらせてもらっていましたね。トゥザヴィクトリー、トゥザグローリー、またサイレントディールというノーザンファームの生産馬ばかりやらせていただきましたね。
-:そんな中でディープインパクトと言ったら、飛び抜けた成績でしたね。
市:ただ、牧場から来る時もそうでしたけどどうしても小柄だったので、新馬の頃は周囲もさほどの期待はなかったと思うんですよ。(全兄の)ブラックタイドも担当していて、ブラックタイドと比べると、見るからにひ弱い。言うなら女の子みたいで、馬体重も430kgくらいしかなかった。入った当初は北海道からの輸送もあったので、430あったか、ないかというくらいでしたからね。第一印象は“クラシック戦線で戦えるかな、行けるのかな”という感じでしたからね。
-:しかも、入ってきた時期も遅かったですよね。
市:入ってきたのは、9月の初めに入ってきましたね。その時はかわいいなというだけでしたからね。ところが調教をし始めると“何だ、コイツ”と言ったことをやってのけるのです。精神面が非常に強いなと。どんな環境に行っても適応するし、自分を見失わない。メンタル面は、僕が思うサラブレッドの理想でしたね。というのは、ブラックタイドもサイレントディールもトゥザヴィクトリーもストレスに負けやすいところがあって、脆いところもあったのですが、それがないから、“もしかしたら、この馬は大化けするんじゃないかな。これが最大の武器になって、戦えるんじゃないかな”と。他の馬にない、他のサンデーサイレンス産駒にないモノを持っていたので。
フランスに行った時も、1頭でアウェイの環境に行きましたから。(滞在先の)カルロス・ラフォン=パリアスさんの厩舎はコの字型になっていて、50頭くらいの馬いました。周りの馬たちが顔を出している中に、午後に自分が引っ張りながらディープが入っていったら、ビビるのかと思ったけど、ところが、ところが…。周りは新入りが来たみたいな感じで、ザワザワして弥次馬ですよね。そこで、「何だ、お前らは!?コラッ!」みたいな雄叫びを挙げて、それでシーンとなったんですよね。
▲2005年の菊花賞(一番右が市川厩務員)
-:威嚇したのですね。
市:威嚇して、シーンとなりました。ディープのあんな声は初めて聞いたのですけど、すぐに馬房の中に入っていき、馬房の中に入ったら、あたかもそこにずっといた様子で、草を食んでいましたからね。
-:心強い相棒でしたね。
市:そうですね。あの子はヘコまないというのが、本当に僕も助かった面ですよ。いつでも生き生きしていて。
-:だから、現役時代は市川さんも陽気に過ごせていたということですね。
市:そうですね。陽気といいますか、普段通り、いつも同じように仕事が出来たということですね。
-:逆に、ディープに助けられたのですね。
市:助けられた思いは沢山ありますね。レースに向かっていく上では、厩務員の仕事としては、ゲートまでくっ付いていかないといけないですし、馬運車の輸送もありますからね。そういうところで精神面がおかしくなっても困るし、色々考えながら、輸送もしましたけど、何でこともない、自分が思っている心配事は何もかもが無駄な考えでしたね。
-:普通で良かったということですね。
市:普通で良いんですよね。あの子に関してはいつもと一緒。いつもと一緒ということをやってあげたら、上手に競馬もしてくれましたし、上手に輸送も、上手に環境にも慣れてくれましたしね。
-:もちろん滅多に出逢えない馬ですからね。
市:出逢えませんね。ディープの子はやったことはないんですけどね。
-:もし、やったら、やっぱり比べてしまうのですかね。
市:どうですかねえ。比べるというより、担当馬としてブラックタイドの弟だったじゃないですか。だから、ブラックタイドの弱い面に気を付けていましたね。あの子は脚元で引退しましたから、ある意味、兄弟なので似たようなところがあったので、最大に気を付けていましたね。お姉さんもお兄さんも弟も、脚元の不安で引退しているので。
-:そういう意味では、ディープインパクトの体重が軽かったのは良かったのですね。
市:本当に良かったと思いますね。
-:あとは体の柔らかさで、かなり衝撃が抜けていたんじゃないですか。
市:そうでしょうね。それとディープは骨が丈夫な馬でした。あれだけ速い上りで走りながら骨のトラブルはないし、筋肉痛になったこともなかったんですよ。関節の柔らかさに加えて骨もしなっているんじゃないか?と思っていました。骨自体がしなるから、その反発で強烈なバネを生む。そんな風に思っています。そして、ブラックタイドには感謝していますね。ブラックタイドがいたからディープを担当するうえで、注意点やヒントがたくさん得られました。兄ブラックタイドがいたからこそ、ディープをしっかり扱えたんだと思いますね。
-:そのブラックタイドも、キタサンブラックという超大物を出しましたからね。
市:出しましたね。本当に誇りに思います。
-:ちょっと早過ぎるお別れになりましたけど、ディープインパクトには安らかに。
市:安らかにして欲しいですね。
-:日本の競馬ファンだけではなくて、世界のホースマンから悲しみの声が届いている状況ですからね。
市:そうですね。海外でもあれだけ結果を出した国内産の種馬はなかなかいないと思いますからね。
-:これからは、ディープの子供や孫の血がそこに広がっていく訳ですからね。
市:僕の本当の夢は、ディープ産駒で凱旋門賞を勝つことですね。まだまだ産駒がいるので、期待しています。
-:ありがとうございました。
▲2018年撮影
プロフィール
【市川 明彦】Akihiko Ichikawa
26歳で競馬の世界に入って以来、厩務員歴は30年以上。重賞初勝利はケープリズバーンで制したTCK女王盃。池江泰郎厩舎時代はディープインパクト、トゥザヴィクトリーのG1勝ち馬の他、サイレントディール、ブラックタイド、トゥザグローリー、フォゲッタブルなども担当した。厩舎の解散以降は千田輝彦厩舎に在籍している。