通算2028勝の名騎手が調教師として第2のホースマン人生へ
2020/1/9(木)
-:今の南関のジョッキーたちの頑張りというか、取り組みというのは、先輩から見ていかがですか。
坂:今は若い子が頑張っていますね。自分が騎手会長の内にやりたかったことがトレーニングルームを造ったんですよね。調整ルームに器具も置いて、マッサージも入れるようにして、ユタカさん(武豊)もやっているという電圧の機械を入れるようにしたんですよね。それが良いと聞いて、主催者と色々交渉をして、入れたりして、みんなもそれを活用するようになって。全体の意識も高まってくれました。僕らがデビューした時より、体づくりやコンディショニングに関してはレベルが上がってきていると思います。チャンスがあれば、ブレイクしそうなやつも何人かいますけどね。
-:今の大井の若い子でどなたを注目されていますか。生え抜きでは笹川翼騎手が全国レベルでも上位の成績を残しましたね。
坂:翼はレベルが違いますね。むしろ勝たなさ過ぎですよ、というほど。デビュー当時から際立っていて、そういう意味では圭太より全然上だったくらい。圭太は伸びしろがすごかったけど、それを考えると、翼はちょっと物足りないかなと。なにせ僕が今まで見て来たデビューしたジョッキーの中で、一番すごいと思いましたから。馬乗りのセンスは(真島)大輔の方が上だったかもしれないけどね。
▲12月2日に行われた引退式
-:勝たな過ぎというのは、まだまだ足りないということですね。
坂:すぐにリーディングを獲っても良いくらいの衝撃でしたからね。だけど、今はこれくらいで良いのかもしれないけどね。あまり早く上に行き過ぎても、勘違いしちゃう人間もいたりしますから。
ただ、調教師として個人的に乗せようと思っているヤツと、注目しているヤツは別ですけどね。翼ともプライベートで飲みに行くことはあるんだけど、翼を乗せるかどうかはともかく、今まで自分と縁があったり、仕事で世話になったヤツを応援したい。そういう意味で注目しているのは安藤洋一と言って、アイツは弟弟子みたいなものだしね。今でも毎日走ったり、木馬に乗ったり、励んでいますね。
-:名古屋・笠松競馬の縁がありそうですね。
坂:ウチの親父が名古屋で厩務員をやっていたんだけど、(安藤洋一騎手の父である)安藤光彰さんと(安藤)勝己さんが地方競馬にいた時も仕事をやっていたんです。この間も光彰さんと飲ませていただいた際に「お前の親父はメチャクチャやったぞ」と言っていましたね(笑)。翼には南関東じゃなく、競馬界を背負って立って欲しい期待はあるけどね。自分の厩舎に乗ってもらう、というレベルじゃない。洋一は馬乗りの才能はあるから、誰かがチャンスを与えれば、一発化ける可能性があると思っています。あとは、僕は小林に開業する予定だけど、藤田(凌)が伸びてきているな。最初はあまりパッとしなかったけど、期待はしていますね。人間的にも良いところがあるからね。
-:若手といえば息子であるJRA騎手の瑠星さんの活躍はいかがですか。
坂:いや、まだまだイマイチでしょ。これだけのバックアップがあったら、もっと成績を残さなくちゃ…。翼と一緒で、もう1ランク、2ランクね。海外に行かせてもらって、JRAでもこれだけ良い馬に乗せてもらっていて、経験も他の若手よりも圧倒的にあるだから、それを考えるとやっぱり…。でも、技術は伸びた。オーストラリアに行ってから、最初の半年くらいは良い意味で迷走していて、結果は出なかったけど、それはそれで良かったと思いますよ。変えようという意識が超見えて、今はそこからまた工夫して、仕上がってきているんじゃないですか。
-:瑠星騎手は、話っぷりを見ていると、若くしてしっかりしているなと思います。
坂:ジョッキーは意外としゃべりっ振りは大事ですからね。やっぱり上がってきて、調教師と厩務員さんと話すから、コメントでも任せられるようじゃなきゃ、同じ技術でもコイツを乗せたいな、そういう感じになりますからね。
-:そこは発信力ですね。
坂:大事ですけど、そっちが先だとダメですけどね。技術があってこそ、ですけど、やっぱり話していることがチンプンカンプンじゃ、上手くてもね…(笑)。その点、ユタカさん(武豊騎手)はすごい。やっぱり第一人者ですよね。圭太もやっぱりちゃんとしゃべれますからね。
-:いま栗東で矢作芳人厩舎を拠点として研修に来ている坂井さんですが、今後の予定はどうなりそうですか?
坂:改めて矢作先生には、G1で有力馬を送り出す重要な時期に関わらせていただき、本当に感謝しています。自分の開業までまだ時間はずいぶんと掛かる予定です。有馬記念で中山に行って、そのまま大井に戻って。また年明けは栗東で、その後は春には園田や美浦にも行ければと思います。栗東に来たのは、自分が中学校の時にJRAの騎手試験を受験して以来ですよ。試験は3回受けているから、高2の時が最後かな。もう30年振りくらいですかね。しかも、厩舎に来たのが1回だけ。中学3年の受験をする前に公開されて、来たくらいかな。
▲矢作芳人調教師は坂井騎手としての最終騎乗日にも駆けつけた
-:調教師としては、どんなビジョンを描かれていますか。
坂:調教師には大きく2つタイプがあると思います。1つは自分で全部やるというか、調教内容やカイバも自分である程度、指示して、厩務員さんを動かしていくタイプ。馬を集めて、厩務員さんに任せるタイプ。僕はどちらかと言うと後者の方というか。JRAで言うと矢作先生、南関東なら藤田(輝信)先生がそうなんだけど。どうしてもそこら辺で働きやすい、やりがいを持って欲しいから、自分がああだこうだ言うとやりがいがないじゃないですか。やっぱり親父が厩務員だし、弟も厩務員をやっているから、自分が厩務員だったら嫌だし、自分が良い馬を集めてくれば、みんなも頑張ってくれるし、そういう形でやりたいかなと思いますね。口を出したくても、どこまで我慢出来るかですけどね。
-:いざやり始めてどれだけ貫けるか、ですね。
坂:そこは我慢でしょう。自分次第で絶対に動かしようで人は変わるから。実際に僕が前に所属していた栗田裕光先生は全く同じタイプでしたからね。自分の感覚だと、ジョッキーで活躍した人は調教師として苦労することもあると思う。ジョッキーだと自分で出来ちゃうからね。結局、僕が1年くらいJRAに行って、(大井で)教科書通りのことを言っても感覚が合わないでしょうからね。
-:ズバリ感覚で成功出来る自信はありますか。
坂:正直、自分はジョッキーよりは向いていると思います。
-:いえいえ、ジョッキーでも十分に活躍されましたよね。
坂:ダメですよ。やっぱり最後は圭太に離されたし、悔しいですね。
-:まだまだ開業は先ですけど、それまでに経験を積んで、今度は調教師として上を目指すわけですね。
坂:一番怖いのは、今みたいにJRAなどに来たことで頭でっかちになるのがちょっと怖いかなと。JRAに行きました、色々なところに行きましたと言って、知識を持っていって、それで成功すると言って、そのまま真似して大井に持ち込んで、成功した例を見たことがないから。そこは厩務員さんの方が僕よりキャリアもある訳だから、信用というか、勉強のつもりで話し合っていきたい。「こういうことを聞いたけど、どう思う?」「じゃあ、やってみよう」と最初はそういう感じでやるしかないと思うんですよね。JRAでの運動はこうやっているのに、これじゃ勝てないよといった、押し付けはダメだと思うんだよね。
-:もちろん始めてみて、そこはもちろん調整しつつですね。
坂:そこら辺はもちろん微調整しつつ、ただ、やっぱりベースは厩務員を信じて、やりがいを持たせることということは一番の信念かもしれないですね。
-:今まで応援してくれたファンや南関を観てくれるファンに向けて、メッセージをお願いできますか。
坂:ぶっちゃけた話、ジョッキーはみんな同じだと思うんですけど、なかなかファンのことだけを重視して騎手をやっている人はいないんですよ。でも、引退レースや引退式の時に、感慨深さを感じるはずはなかったところ、引退レースのパドックを回っている時にすごく声を掛けられたり、レースの直線ではもう後ろの方だったんだけど、声援がメチャクチャ聞こえたりして、あの時はジーンと来ましたね。ファンに感謝しましたし、騎手になって良かったなと思いましたね。12月の引退式の時もそうでしたけどね。
-:騎手として最後の騎乗は、大井開催中の木曜日に合格が発表されて、もう金曜日には最後の騎乗でした。
坂:決めていましたけどね。公的な発表としてはちょっと急だったかもしれないですけど。それでもけっこうな人が来てくれて、声を掛けてくれました。これは泣くかもしれないし、それでいて他のジョッキーにイジられるからヤバいと思いました(笑)。気持ちは切り替えていたし、そういう感慨深いものはなかったはず、なんですけどね。
-:戸崎さんが「泣く人じゃないのに詰まっていたのは、相当に来るものがあったんじゃないか」とも言っていましたね。
坂:それはやっぱりありましたね。やっぱり声援には感じるものがありました。
-:長くなりましたが、大井競馬場は施設が年々素晴らしく綺麗になっています。あとはJRAにも対抗できるような強い馬が出てくるといいですね。
坂:本当ですね。ここ最近は地方馬も交流重賞をポンポンと勝ったけど、まだまだあまり勝てないじゃないですか。短距離ではちょっとごまかしが利くけど、特に2000mの王道では。そういう馬をつくってみたいという思いはありますね。それが夢の一つですね。本当に東京大賞典、JBCクラシックを勝つような王道のチャンピオンが出れば良いなと。
今は競馬場も綺麗になって、ファンも多いじゃないですか。JRAとも全然違う環境だし。僕はJRAも好きだし、大井も好き。もちろんそれぞれに色々な楽しみ方がある。その中で大井はアミューズメント的にも使えるから、競馬全体として、各々の良さを活かしつつ盛り上がっていったら、嬉しいですよね。川崎や浦和、船橋でもその各地の競馬場の競馬を楽しんで、そうやって競馬全体が盛り上がってくれれば嬉しいかなと思いますね。そこに調教師として、力になれれば嬉しいし、また盛り上がってくれれば、競馬界もドンドン良い方向に向くと思いますね。
-:今回は急な取材ながら、タップリと…。ありがとうございました!
プロフィール
【坂井 英光】Hidemitsu Sakai
大井競馬場の調教師、元騎手。1975年、愛知県出身。父は名古屋競馬場の厩務員、弟の坂井薫人も現在は大井競馬の厩務員で元騎手。息子はJRAの坂井瑠星騎手。幼いころから騎手になることを自然と志し、JRA騎手免許試験にチャレンジするも吉報届かず、地方競馬の道へ。1995年に大井競馬のジョッキーとしてデビュー。当初は目立った成績を残すことができなかったが、栗田裕光厩舎への移籍をキッカケに着実にステップアップ。
2004年に62勝を挙げると、05年83勝、06年103勝、07年171勝、08年201勝、09年194勝、10年216勝と成績を伸ばし、南関東を代表するジョッキーに登りつめた。2010年には地方競馬通算1000勝、2018年には同2000勝を達成。全日本騎手連盟会長、東京都騎手会会長もつとめた。
2019年11月14日、2度目の受験で調教師試験に合格。年末年始は栗東トレーニングセンターに赴き、矢作芳人厩舎を中心に研修を行っているが、今後は園田競馬で騎手時代の同期である新子雅司厩舎の元や、美浦トレセンでも研修を予定。南関東では藤田輝信厩舎での臨場業務に携わり、開業に備える。