悲願のG1制覇 あのレースのウラ側

成瀬琴(以下琴):ここまで昨年がどんな年だったかは聞いてきましたが、次に、昨年一番印象に残ったレースのお話を伺ってみたいです。

石川裕紀人騎手(以下裕):難しいなぁ…(笑)。昨年自分の中で上手く乗れたなと思ったのはマイネルモーント江の島Sでしたね。

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琴:6月22日の東京芝1800m、3勝クラスですね。

裕:このレースというよりは、それまでに思い出というか感じていたことがあって、以前福島のラジオNIKKEI賞でもこの馬に乗せていただいたんですが、その時めちゃくちゃいい馬だなと思っていたんです。

ただレース本番で全然上手く乗れなくて…。この馬自身の完成も先だなとは感じてはいたんですけれど、そこから一戦一戦、勝っても負けてもいい競馬はしていたんです。

この江の島Sでは久々に騎乗依頼をいただいて、改めていい馬だなと、このクラスは全然勝てる馬だなという手応えがあったんですよね。

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琴:この時は逃げ切りでしたけれど、これは最初から作戦通りだったのでしょうか?

裕:そうですね。少頭数(1頭除外で13頭立て)でしたし、前に行ければ行きたいなと思っていました。内枠だったら逃げる競馬は厳しかったかもしれないですが、外枠(7枠12番)だったので腹も決まっていました。

マイネルモーント自身、絶対将来オープンでもやっていける手応えはありましたし、久々の騎乗でしたが成長を感じるレースでしたね。この前中山金杯でも2着でしたが、もっと良くなる馬だと思います。

琴:他に印象的だったレースはありますか?

裕:マイネルケレリウスで勝った3勝クラス(府中市市制施行70周年記念)も上手く乗れたというか、印象に残っているレースですね。デビュー前から期待していた馬なんです。

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琴:10番人気という穴馬を勝たせた時ですね。

裕:この馬も折り合いにちょっと難しいところがありますが、新馬の頃から競馬に乗りながら大事に作ってきた馬なんです。マイネルケレリウスは能力値だけならマイネルモーントと同じくらいはあると思っているんです。

琴:重賞2着馬と同じくらいの評価!

裕:最初の頃は長いところより1800~2000くらいがベストだと思っていたんですけれど、使いつつ競馬を覚えてきました。 スタミナはあるんじゃないかなと感じていて、前走ステイヤーズSを使ってだいぶ引っかかったものの、今の適性は長いところにある感じがしますね。すごく難しい馬ですが、潜在能力の高い馬だと思います。

琴:ありがとうございます。石川ジョッキーといえばジュンライトボルトとのコンビも忘れてはいけません。あの時の話もお聞きしたいと思います。初めて乗ったのは2022年夏、福島のジュライSで2着でした。やはり最初から"凄い馬だ!"と感じたのでしょうか?

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裕:…全然なかったですね(笑)。ジュライSは落鉄しながらも2着に入ったので力のある馬だなとは思っていました。次の新潟で同じオープンのBSN賞を勝たせてもらったんですけれど、勝ち方、道中の感じからして重賞はうまくいったら勝てるなという感触はあったんです。

琴:実際その次走に重賞のシリウスSを勝ちましたが、これは今の言葉通り、うまくいった勝ち方だったのでしょうか。

裕:いや、このシリウスSの内容で、もう一つか二つか良くなればG1でもいけるんじゃないかと。こういう馬がG1を勝つ馬なのかもなと思ったんです。

シリウスSの時は厩舎の方も状態面にそこまで自信を持たれていなくて、それでもあの勝ち方でしたからね。具合が良ければ上でも通用する感触がありました。

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琴:本番、チャンピオンズCの具合は…

裕:ハンパじゃなかったです(笑)

琴:ハンパじゃない(笑)。そんなG1でしたが、緊張されました?

裕:G1では緊張しましたね。前日眠れないというほどではないですが、他のレースよりも緊張しました。あのチャンピオンズCの日はそんなに他の馬に乗っていなかったんですけれど、朝から凄く緊張していたんです。色々準備して臨んで、パドックで跨って、返し馬に行ったところで緊張が一気になくなりました。

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琴:返し馬でなくなった理由として考えられることはなんでしょう?

裕:漠然と、返し馬の感触で緊張しなくなったんです。魂が抜けたというわけではないんですけれど、フワっと、頭が白くなった感じがしました。 先ほど言ったように、馬の状態もハンパじゃなかったのも影響したと思います。僕は勝手に、あの時は"ゾーン"に入っていたのかもしれないと思っているんです。

琴:"ゾーン"に入ったのはそれが初めてだったのでしょうか?

裕:2回目なんですよ。初めての時はエメラルファイト19年スプリングSを勝った時。道中フワフワしているというか、身体が勝手に動く感覚があるんです。言葉にはしづらいんですけれど…

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琴:レース自体は作戦通りだったのでしょうか?

裕:作戦通りでもないですね。もう少し前めのポジションを取るつもりでした。

琴:予想より1、2列後ろでも焦りはなかったのでしょうか。

裕:焦りは全然なかったですね。焦りようがないんです。あの形になると、進路はもうなるようにしかならないので。

琴:G1で先頭に立ってゴールするとどういう気持ちになるのでしょう。

裕:"あ、勝った…"という感じでした(笑)

琴:G1を勝った時はもっと喜ぶイメージがありますが…

裕:勝って、ゴール後流している時に色々込み上げてきました。めちゃくちゃウイニングランを楽しんじゃいましたね。

琴:ウイニングランの最中、ジョッキーはどのようなことを考えているのか気になります。

裕:あの時は、ジュンライトボルトがここまでよくトントン拍子できたなと思いましたね。ダートに転向して4戦目でG1を勝ったので、凄いなこの馬と。

ファンの多い馬たちと挑んだ重賞

琴:石川ジョッキーはライラックコガネノソラといった、ファンがとても多い馬たちにも騎乗されています。この2頭についても伺ってみたいです。

裕:コガネノソラはデビュー初期から乗っているわけではなくて、スイートピーSとオークスでしか乗っていないので性格までは分からないんですけれど、乗り味はいいんです。

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その前に乗っていた(横山)武史も「全然良い馬だし、オークスもチャンスがあると思います」と言っていたんです。実際スイートピーSで力を感じましたし、重賞にも手が届く馬かもと感じました。それだけに骨折が残念です。小倉牝馬Sもいい末脚で来てましたからね。

そういえば、今年の4歳牝馬世代は凄く強い世代だと思っているんです。近年稀にみるレベルかなと。実際レガレイラが有馬記念を勝ちましたし、チェルヴィニアがジャパンCで健闘したように力のある世代だなと。

琴:ゴールドシップ産駒はイメージですが、難しい産駒が多い気がします。乗り難しい馬が多いのでしょうか?

裕:多いと思いますね。すごく気持ちを尊重して乗ってます。折り合いもそうですし、まずは走りたいように走らせて、そこからですね。こうしたら何が嫌なのかなとか、馬の考えていることを考えるようにしています。

ゴールドシップ産駒に結構乗せていただいているのですが、すごくキレる脚はないんです。ただ背中がすごく良くて、乗り味がいいのは共通しています。

琴:ライラックは自厩舎の相沢厩舎の所属馬ですね。

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裕:ライラックはオルフェーヴルの子なので気が勝っているというか、走ることにすごく真面目です。積んでいるエンジンはしっかりしているなと感じていたので、早くに重賞を勝ったのもそこまで不思議ではなかったですね。

琴:ライラックもコガネノソラも、乗りやすいタイプなのでしょうか?

裕:乗りやすいほうではないかもしれません。コガネノソラも厩舎スタッフの方がちょっとヤンチャなところがあるとおっしゃっていました。

ライラックも最初は性格が幼かったんです。ただ競馬を走っていくうちに、凄くオンとオフが付くようになってしっかりしてきたんです。賢い馬です。走る時と走らない時の区別がちゃんとついていて、大人の女性になってきた感じです。

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琴:先月のアメリカJCCでもライラックは直線よく伸びていましたね。

裕:具合はとても良くて、厩舎の方もうまく仕上げてくださいました。道中も本当にスムーズで、勝負どころでもしっかり運べて、力を出し切っての5着だったと思います。G1でも戦っている牡馬相手なのでさすがに届かなかったですけれど、よく頑張ってくれました。

琴:スタートもだいぶ良かったですね。

裕:そうですね、そういうところも含めて大人になっている感じがあります。

琴:ポジショニングは作戦通りだったのでしょうか?

裕:作戦通りですね。レーベンスティールは力はある馬なので勝負どころまでは自分を連れていってくれるだろうなと。凄くいい目標になりました。

枠を見て最内枠でしたが、隣にレーベンスティールがいて、凄くいいなぁと思いました。誰かの後ろに入れれば折り合いはつく馬なので。イメージ通りの競馬でした。

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琴:普段のライラックはどのような馬なのでしょうか。

裕:担当者にはたまにキツかったりするらしいですが、他の人には可愛い素振りを見せるらしいです(笑)

琴:色々な馬の話もありがとうございました。少し話は変わりますが、今後、自分の中で克服していきたい課題があれば教えていただきたいです。

裕:課題と言いますか、昔からそうだったんですけれど、勝っても負けても乗り方、内容をどんどん追求していきたいなと思っています。

琴:だいぶジョッキーの後輩も増えてきたと思いますが、期待していたり、注目している若手ジョッキーの方はいますか?

裕:挙げるとすれば弟弟子の横山琉人ですね。頑張って欲しいなと思います。期待してます!

琴:最後になりますが、今年の目標があればお願いします。

裕:まずはケガなく1年乗り切るというのは大前提としての目標なんですけれど、具体的な数字を挙げると50勝はしたいと思います。

琴:今年に限らず、ジョッキー人生の中で今後の成し遂げたい目標はありますか?

裕:夢があるんです。凱旋門賞を勝つ、これはジョッキーになる前から掲げてきた目標です。それに向かってやっていきます!

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