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中尾秀正調教師

中尾秀正調教師

ローズSはアタマ差の2着に敗れたとはいえ、鮮烈なインパクトを残したのがワイルドラズベリー。その瞬発力は、秋華賞でも注目の的です。そこで、今回は管理する中尾秀正調教師に、同馬の魅力をたっぷり聞きたいと思います。

●期待どおりに成長した夏、収穫大のローズS


-:まずはローズSを振り返って。前走はプラス20キロの474キロの体重でした。前哨戦らしい余裕のある状態だったと思うのですが。

中:先を見据えた仕上げだったのは確かです。腹周りなど、もう少し絞れる段階。でも、ひと夏を越え、期待どおりに成長しましたからね。太めというほどではなかったですよ。ずいぶん背が伸び、ぐっと幅も出たんです。十分に動けると見ていました。

-:夏場はどうのように過ごしていたのですか。

中:トレセン近くの宇治田原優駿ステーブルで調整されていました。疲れをしっかり癒してから、順調に乗り込みを消化。今年の暑さは特別なものがありましたが、夏負けとは無縁でしたよ。ローズSから秋華賞へというローテーションは青写真どおり。8月半ばには厩舎に戻ってきましたが、ずっと体調は良く、スムーズに調整することができました。

-:春当時と比べ、調教の走りも変わってきましたか。

中:すべての面で進歩している実感があります。すごく素直なのがこの仔の長所。普段は本当に人懐っこいですね。ただ、真面目すぎるだけに、すぐにスイッチ・オンとなってしまう。いきなりびゅんと加速してしまうのが悩みでした。ローからいきなりハイへ。真ん中のギアがないんですよ。これまでも、そんな弱点を克服するようにメニューを工夫してきましたが、最近は折り合いに進境がうかがえ、だいぶ乗りやすくなりましたね。体がたくましくなったぶん、動き自体もかなりパワーアップしています。

-:レース運びも進境を感じさせるものでした。着差はわずかアタマ差で、勝ち負けは内外の差。メンバー中で最速となる上がり33秒4で追い込んでいます。

中:もともとスタートは速いですからね。どう脚をためるかがポイント。若干、かかり気味にはなりましたが、そこをなんとか我慢してくれました。あの程度であれば、強烈な切れ味を発揮してくれる。秋華賞へ向け、楽しみが広がる内容だったと思います。

-:前走で騎乗した安藤勝己騎手は、どう感触を話していましたか。

中:『反応がいいことはわかっていたが、想像以上だった。びっくりした』と。『いったん行きたがって抑えたのが悔まれる。もっとスムーズにシフトチェンジできれば。本当にもったいなかった』とも言っていました。

●京都は大好き、阪神でイレ込む理由


-:反応が鋭すぎるのは、もろ刃の剣でもあって、春当時はそれに泣いた感がありますね。爆発力を秘めていながら、ギアをかけそこなうと持ち味が生きない。

中:悪い方向へいってしまった典型例が2戦あります。チューリップ賞(7着)は外枠でしたからね。前に壁がつくれなかった。桜花賞(10着)ではイレ込みがきつくて。前半からハミを噛んでしまうと、あんな結果になってしまう。まったく力を出し切っていません。

-:そういえば、阪神で好走したのは、ローズSが初めてです。正直にいえば、前走もうちょっとテンションが高いんじゃないかと心配していたんですよ。

中:あれでもまし。桜花賞時とは比べものになりません。それが、京都だと落ち着いているんです。

-:阪神のほうが栗東より遠いですし、移動時間が影響しているのでしょうか。

中:いや。輸送はそう堪えるタイプじゃなくて、雰囲気なんです。

-:阪神のパドック周辺は屋根に覆われていますね。音が反響しやすい。一方、京都は開放感があります。雨の日でも人に優しいパドックは、実は馬には厳しく、嫌がる馬もいると。

中:そう。敏感に違いを察知しているみたいですよ。

-:そうなると、得意の京都の秋華賞は、より強気になれますね。

中:それだけで勝てるほど、GⅠは甘くない。ただ、好材料なのは確かです。



●自慢の切れ味を中距離でも、転機となった白百合S


-:京都コースだと3戦2勝。敗れた一戦(白菊賞)にしても、口元に軽い外傷を負い、新馬以来、3カ月のレース間隔が開いた2戦目のことで、トップクラスの逃げ馬、アグネスワルツの2着です。負けてなお強しの走りでした。

中:道中で2回もぶつけられ、外に弾かれる不利がありました。むしろ、クラシックが見えたと思えたレースでしたね。

-:そして、続く紅梅Sは文句なしの快勝でした。マイルのチューリップ賞や桜花賞で結果が出ず、1400mくらいがいいのかと思ったファンも多かったはずですよ。ところが、イメージを一新させたのが、休養前の白百合Sでした。あの時点でも、ひと皮むけた印象を受けたのですが。

中:そうですね。いい勝ち方でした。きっかけがつかめたように思います。獲得賞金順でオークスへの出走がかなわず、翌週の白百合Sに向かったわけですが、結果的にはいまにつながる貴重な1勝となりましたよ。牡馬相手でもあっさり抜け出して、高い能力を再認識しましたし、初の1800mに対応でき、秋シーズンへの自信を深めていたんです。

-:あのレースは、秋華賞でも手綱を取る池添謙一騎手の好プレーも光りました。

中:ジョッキーには『2ハロンしか脚を使えない。早くいったらあかん』って伝えました。こちらの意図をくんで、上手に乗ってくれましたよ。

●生まれ持った名馬の品格、いつもピカピカの毛艶


-:ワイルドラズベリーの父は、牝の活躍が目立つファルヴラヴです。代表格のワンカラットのように、スプリンターも出ています。ワイルドラズベリーも、一歩間違えば力任せに突っ走るタイプになったかもしれませんね。

中:確かにスピードタイプが多く出る血統で、この仔もどちらかといえばピッチ走法ですが、乗り味はイメージ以上に柔らかい。当初から、ある程度は距離も延ばしていけると見込んでいました。ファルブラヴ自身は欧州の本格派ですし、ジャパンCも勝っているように日本の芝も合っている。大物が出ても不思議はない種牡馬でしょう。

-:セレクトセール(07年当歳)での取引額は1600万円。国内のトップクラスが上場されるなかで、そう目立つ存在でもなかったのかもしれませんが、若駒当時より光るものはありましたか。

中:初めて見たのは、当歳の暮れ。すごく惹かれたのをはっきり覚えていますよ。利口な顔立ち。皮膚も薄く、品の良さは際立っていました。歩かせるとバネがあって、躍動感にあふれている。優秀な心肺機能も天性のものです。ノーザンファーム空港での育成も順調そのものでしたよ。出会ったときの好ましい姿のまま、まっすぐにスケールアップしてくれました。

-:早くから非凡な才能を垣間見せていました。昨年の7月には函館競馬場へ入厩し、9月の札幌(芝1500m)ではいきなり初戦を飾っています。

中:従順で仕上げやすいうえ、一生懸命に走ってくれますからね。早くから完成度も高かった。

-:素材が確かであり、奥深さもある。いうことなしの馬ですね。

中:オーナー(近藤英子氏)の理解があって、大切に使ってきましたからね。伸びる時期に無理をさせなかったことで、着実に強くなってきたんだと思います。

-:母のディアアドマイヤ(その父サンデーサイレンス、ベッラレイアの半姉にあたる)もオーナーの所有。この馬に対する愛情も深いものがあるのでは。

中:母親は故障して大成できなかった。そのぶんも、格別な思い入れがあるそうです。賢い性格がそっくりとのことですよ。

-:いつ見ても、毛艶がピカピカですね。明るい鹿毛も鮮やかで、なんとなくヨーロッパの香りがします。名前は「野の木苺」ですが、芸術品のようなオーラを感じますよ。

中:日本ではあまり見かけない毛色ですね。自慢のグッドルッキングホースですので、もっとファンが増えたらうれしいですよ。



●気になるのは枠順、ペース、自身の折り合い


-:いよいよ大目標が近付いてきましたが、中間の状態はいかがでしょうか。

中:前走後も疲れた様子は見せませんし、ふっくらしたスタイルを維持しています。本当に順調。

-:能力面の高さは折り紙つき。しかも、理想的なローテーションで臨み、得意の京都、しっかり特徴を把握している池添騎手の騎乗と、好転する要素ばかりとなる秋華賞ですが、あえて死角を探せば、1ハロンの距離延長があります。一瞬の切れが要求される平坦の内回りですし、スタミナ面の不安もないですよね。

中:いまならばこなせると思います。前走はスタートしてから延々と直線が続くコース形態。乗り切れるかどうか、半信半疑な部分もありましたが、コーナー4つのほうが乗りやすいでしょうね。ただ、やはり自身の折り合いが鍵ですよ。他馬を前に置いて進めたいところです。外枠になるのは怖い。あとはペース。この馬の末脚が生きる展開となってくれるよう、祈っています。

-:厩舎にとっても、初となるG1制覇のチャンスですね。

中:終わってみて、すべてがうまくかみ合っていないと勝てない舞台だと思いますが、ここまではフォローの風が吹いている実感があります。チャンスがあると信じて臨みますよ。ぜひご声援ください。


【中尾 秀正】 Nakao Hidemasa

1966年滋賀県出身。
2002年に調教師免許を取得。
2004年に厩舎開業。
JRA通算成績は130勝(10/10/10現在)
初出走:
2004年3月7日1回阪神4日目 2Rビッグティアラ(3着)
初勝利:
2004年6月27日3回阪神4日目9Rビッグドン(延22頭目)


■JRA重賞勝利
・07年 根岸S(ビッググラス号)


中尾正元調教師を父に持ち、祖父が中尾嘉蔵元調教師、伯父に中尾謙太郎元調教師、中尾銑治元調教師など、生まれながらに競馬に携わる家庭に生まれる。父の中尾正厩舎で厩務員・調教助手の経験を積み、厩舎を開業させると、近年は年間20~30勝をコンスタントにマーク。
これまで、GⅠの大舞台では、(JRA重賞初勝利をプレゼントしてくれた)ビッググラスが07年のフェブラリーSで3着が最高の実績と、タイトルには縁が遠かったが、ワイルドラズベリーで悲願の勲章獲りに挑む。