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前川和也調教助手

前川和也調教助手(栗東・角居勝彦厩舎)


-:全姉のトールポピーに続いてアヴェンチュラも秋華賞を勝ち、珍しい姉妹でのGⅠ制覇となりました(※グレード制導入後、2例目のこと)。姉妹を担当してきた前川助手から見た姉のトールポピーは、どんな馬でしたか。

前:ポピーは乗り味が柔らかくて根性のある馬でした。根性がある分、気も荒く人の指示を聞くよりも自分の我が出るタイプでした。そう聞くとわがままな感じがしますが頭の賢い面もありましたよ。オークスで勝ってから結果が出なかったのが残念です。

-:トールポピーは競馬場でも気性の激しさを出す事がありましたが、3歳の秋以降の不振の原因は何だったんでしょう。

前:3歳の秋に休養から帰ってきたら、一回り大きくなって肉体的な成長を感じました。体力もついて「秋が楽しみだな」。そう思ったくらい馬は良くなっていました。その証拠に、調教での動きが春とは違っていました。併せ馬で牡馬のオープン馬と走らせてもポピーは馬なりで互角以上に走っていましたから。

-:その良さが競馬では出ませんでした。特に秋華賞以降は二桁着順が続いていて、GⅢでもオープンでも同じような結果になっていましたね。

前:ポピーの事を“早熟”だったと言われることがありますが、僕はそう思っていません。それくらいの成長を感じていましたし、調教だけは春とは比べものにならない動きをしていたんです。……でも、肝心の競馬に行って結果が出なかった。ポピーは頭の良い馬だったから競馬が嫌になったのかもしれません。苦しい思いをするのをわかっていたから走るのをやめていたんだと思います。


-:同じジャングルポケット産駒の妹・アヴェンチュラはどんな馬ですか。

前:アヴェンチュラもポピーと似た気性面での激しさは持っています。しかし、アヴェンチュラはポピーよりも気持ちのON/OFFの切り替えが上手ですね。普段は、のんびりボーっとしていますし、競馬場に着いても落ち着き過ぎていて「こんなに落ち着いていて大丈夫か?」と心配してしまうくらいなんです。パドックでもあくびをしたりね(笑)。

-:アヴェンチュラのデビュー戦を見て、余裕残しの体だった記憶があります。トールポピーの経験を生かしての仕上げだったのでしょうか。

前:特にトールポピーを意識して余裕残しにしたわけではないです。角居厩舎の馬は、どの馬も新馬戦でビッシリとは仕上げません。2歳の春~夏頃は馬体にも緩さは残っていて当然ですし、化骨も進んでいない。そんな時期に仕上げようとすれば、若馬に苦しい思いをさせてしまう事になります。新馬戦では走れる状態に仕上げるのと並行して、馬に苦しみを感じさせないような配慮も大切なんですよ。だから距離や芝・ダート適性に関しても、「だいたいこんなところかな?」それくらいで良いんです。アヴェンチュラの場合、新馬戦では472キロと秋華賞時よりも、ちょうど10キロ少ない体重でした。今より体重は軽かったけど、緩さもあったし体的には余裕がありました。それはアヴェンチュラに“競馬は苦しくないんだよ”と思って欲しかったからなんです。

-:そんな状態でも、あっさり新馬戦を勝ってしまいましたね。

前:それはアヴェンチュラの持っている能力の高さでしょうね(笑)。気性的に前向きでスピードとスタミナの両方をバランスよく持った馬ですから。姉のポピーの方がスタミナ色は強かったんじゃないかな?

-:スタミナといえば札幌の洋芝でのクイーンSを思い出します。骨折明けの漁火Sで古馬相手に勝って挑んだ一戦でした。

前:カウアイレーンが引っ張る速い流れを好位で流れに乗り、外から来たコスモネモシンに交わされていたのに、ゴール前でもう一回伸びて差し返しましたからね。キャリア5戦目で、あの競馬が出来たのには驚きました。

-:ただ、4コーナー手前で追い出した時の反応が良くなかった、というか騎手の指示に反抗しているように見えました。

前:たしかにそうでしたね。見た目以上に速いラップでしたから勝負所では馬も一番苦しかったんだと思います。右膝の剥離骨折から復帰して2戦目の競馬ですからね。それにアヴェンチュラは右手前があまり得意ではないんです。だから右手前で走るコーナー(右回りの)では反応が鈍く、直線で左手前に変えてからまた伸びたんだと思います。このクイーンSを使って一段と馬が良くなる。そんな手応えを感じた一戦でした。

-:その思惑通り、秋華賞では鮮やかな勝利でした。特にスタンド前の発走はアヴェンチュラにとってマイナス要素ではないかと思っていたのですが(笑)。

前:いや、僕も同じことを思っていましたよ。ゲートで出遅れる時は後ろ扉を蹴るんです。阪神ジュベナイルフィリーズでもゲートの出は良くなかったですからね。だから札幌の漁火S前からゲート練習は入念にやっていました。ゲートでの駐立(ゲート内でジッと立っている事)、ゲートからダッシュよく走る練習をしていました。秋華賞前には初めてレースで手綱を取る岩田さんに乗ってもらいゲート練習をしました。岩田さんも「あんまり自分からハミを取って行かないな」というアヴェンチュラの癖をわかってもらいました。あれがあったから秋華賞で追っつけて良いポジションを取れたのだと思います。

-:まさか、あそこまでスタートが決まるとは思っていませんでした。

前:本当に上手くスタートしてくれましたよね(笑)。秋華賞でGⅠ勝利という結果が出たことが嬉しかったです。これだけ良い血統の馬を預けてくれているので“3、4着はいらない、1着じゃないと意味がない”厩舎全体がそういう意識で動いていますから、この勝利は嬉しかったです。ただ、クイーンSからレース間隔が開いていたせいで、抜け出してからフラフラしていました。まだまだアヴェンチュラは本気じゃない、そう感じさせる内容でした。

-:秋華賞での体についてはいかがですか。かなり絞り込んだ体つきに見えました。

前:思ったより仕上がった、というのが正直なところです。クイーンSから2カ月の休養明けになりますから、かなり乗り込んでいたんです。秋華賞、エリザベス女王杯と距離をも伸ばしていくのを見越して、息の入りを良くしたかったんです。だから坂路ではなくCWで毎日長目を乗っていました。最初にも言った通り、レースで馬が苦しくならないように準備した結果の体つきだったんです。

-:レース前の緊張で食いが落ちたのではなく、食べて鍛えながら仕上げた体だったんですね。

前:角居厩舎の飼い葉班は凄いんですよ。調教が強くなってもアヴェンチュラの食欲が落ちる事はない。女の子では食べきれないくらいの量を毎日食べています。だから秋華賞の後も馬は元気一杯なんですよ(笑)。

-:凄い女の子ですね。秋華賞の週は内枠の馬しか上位に来られないような特殊な馬場でしたが、枠順だけで勝ったレースではなさそうですね。こちらが思っているより数段強い内容でした。

前:剥離骨折で春を棒に振ったアヴェンチュラにとって、目指すは“(JRA賞の)最優秀3歳牝馬”のタイトルなんです。まだ1冠しか取っていませんからエリザベス女王杯では世代最強牝馬にふさわしい競馬をして“最優秀3歳牝馬”になって欲しいと思っています。



-:今年は海外から強敵が来日します。昨年のエリザベス女王杯を勝ち、今年の凱旋門賞でも3着に入ったイギリスのスノーフェアリー。英オークス、独オークスの勝ち馬ダンシングレインと昨年以上と言えるかもしれません。

前:いいメンバーが揃うみたいなので楽しみにしています。アヴェンチュラは調教でも隣に馬が来ると噛みつきに行くような根性があります。草食動物のリーダー的な馬なんでしょうね。モマれる競馬や競り合いは望むところなんで「どうぞ突いてください」って感じです。そうなったらアヴェンチュラの闘争心に火がつくでしょうからね!並んだら抜かせない自信はあります。

-:そうなると人気のアヴェンチュラで行けそうな気がしてきました。穴党の出番はなさそうですね。

前:天候にしてもアヴェンチュラは京都の時計勝負にも対応できますし、雨で濡れた馬場も苦にしません。他の馬が嫌がるなら雨が降っても良いかな?と思っています。追い比べには自信があるので、強いて言うなら離れたところから一気に飛んでくるような鋭い末脚の馬には負ける可能性があるかもしれないですね(笑)。

-:そう聞くと、怪我から復活した馬とは思えませんね。

前:ジュベナイルフィリーズの後、剥離骨折で休んでいたのに、ここまで回復したことに驚いています。実際、怪我をした馬を大事にしてくれて、回復させてくれたノーザンファームの牧場スタッフには感謝しています。トレセンで調教している僕らにはわからないような苦労があったと思うんですよ。アヴェンチュラに関わった多くの人の努力に応えるためにも良い状態で送りだしたいと思っています。

-:そんな苦労をしたアヴェンチュラの本当の強さは身体的な能力よりも精神的なタフさなのかもしれませんね。

前:怪我をして辛い目にあっただろうに、それでも人を嫌いにならないところは凄いと思います。馬にはキツイ性格だけど、人は信頼しているようです。手のかからない馬ですし教えたい事はすぐに覚えてくれる賢い馬です。これほどの馬ですから、僕がしてやれるのは体を痛めないような歩き方や、ハミの取り方、トモの入れ方を教えてやるくらいです。僕は競走馬とは“アスリート”だと思っていますから、あまりベタベタしないようにしています。必要なケアと必要な教育をしてポピーのように急に競馬が嫌にならないようにするだけなんですよ。

-:最後にファンに向けてのメッセージをお願いします。

前:今日の1週前追い切りの動きも良かったです。調教VTRでのチェックポイントはゴール板を過ぎてからも追うのを止めず伸ばしているところです。わかり難いかもしれませんが意識して観てみてください。間違いなく秋華賞以上の状態で出走できそうですので、楽しみにしてください。最終追い切りは岩田さんが乗る予定です。どの程度時計を出すかは来週、先生が決めると思います。僕は勝つつもりでいますので応援してくださいね。


【前川 和也】Kazuya Maekawa

トールポピー、アヴェンチュラで姉妹GⅠ勝利。菊花賞馬・デルタブルースがオーストラリアのメルボルンCに出走した際は、担当の瀧川助手がハットトリックの海外遠征と重複したため同馬の調教を担当。歴史ある海外GⅠの勝利に貢献した。
馬乗りとしてはまだまだ未完成で角居調教師には今でも怒られる、と話す。馬にはあまりベタベタしない主義と言うが、見てとれるほどの馬好き。