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中山義一調教助手

中山義一調教助手(栗東・松永昌博厩舎)


天皇賞(春)でも当然のライバルになるオルフェーヴルとの直接対決では4戦全敗。成績上では苦杯を舐め続けているものの、幾多の名馬を育て上げてきた中山義一助手の「ケタ違いの能力を持った馬」という評価は変わらない。青葉賞以降は横綱級との対決が続き勝ち星はないが、年明け後は2度使って本番への仕上げには余念がない。今回は本格化前のエピソードから現在まで、腕利き助手の目線でウインバリアシオンの魅力を惜しげもなく語っていただいた。

ホースマン人生最高の手応え

-:まずはウインバリアシオンのデビューからダービーまでを簡単に振り返って下さい。

中:元々、使い出しの頃から体質が弱く、成長が遅いタイプだろうと思っていました。デビューから2連勝したため、自然と皐月賞を視野に入るという形のローテーションとなりましたが、私自身はダービーの頃に状態が良くなればいいぐらいの気持ちでした。ただ、蹄の外側の蹄壁が弱く、常に裂蹄の状態で走っていました。冬場の乾燥した空気の中での調教で、痛がる素振りは見せないものの、気にして走っているという状況だったので、皐月賞は回避して、ノーザンファームしがらきへ放牧に出しました。

その甲斐あって蹄の状態も良化気配が窺えたので、その時点で青葉賞からダービーへのローテーションを考えました。賞金的にも権利を取らないといけない立場だったので、ここでは目一杯の仕上げを施しました。結果、勝利を手にすることが出来ましたね。ただ、短期間に目一杯の仕上げを施した反動で、筋肉痛になってしまい、1週間乗り運動を出来ない状態に。ダービーへの日数も限られた中で、貴重な時間でしたが、担当の獣医と相談しながら、我慢の日々が続きましたよ。

乗り出しを開始してから徐々に大きめのところを消化して、2週続けてアンカっちゃん(安藤勝己騎手)に乗ってもらったところ「大丈夫です」というお墨付きをもらったので、ダービーに向けて進めていくことになりましたが、正直休ませた分、青葉賞時の状態を維持するのが精一杯。ただ、ダービーの週の追い切り後、両前に裂蹄の症状が出た時は「う~ん」という感じでしたね。私が調教で乗った感じでは脚元を気にする素振りは見せなかったのですが、馬房で小さく回してチェックするとかばう素振りを見せたので、うちの先生(松永昌博調教師)や担当の厩務員は「どうしよう」と血の気の引いた顔をしていました。

このまま騙し騙し進めていくか、鉄屋さん(装蹄師)と相談して接着剤で止めるかなど選択肢は色々ありましたが、最終的には両前に裂蹄バンドを巻いて出走させる決断をしました。もし、返し馬で蹄を気にする素振りを見せたら、やめたらいいぐらいの気持ちでした。当日は雨が降って馬場が柔らかかったこともこの馬には幸いしましたが、アンカっちゃんも「返し馬の感じからは問題なし」と言ってくれました。どんな乗り方するのと聞いたら「余力があったら大外ぶん回してきます」という返答でした。実際、レースでも大外からビューンと来たのを見ると、脚元は気にしていなかったようですね。勝ったオルフェーヴルは確かに強かったですけど、そういった経緯があったこともあって、あのダービー2着は相当にインパクトが残りました。


-:本来は良馬場向きの馬のように思うのですが?

中:どちらかと言えばフットワークの綺麗な馬ですし、2連勝後の冬場の荒れた馬場で結果が残っていなかったので、良馬場にこしたことはないと思います。ただ、馬場の良し悪し、時計の速い、遅い、上手く乗った、乗れなかったとかは関係なく、そこは超越している馬だと感じています。僕もこの世界に入って33~34年なりますけど、この馬は一番手応え感じていますし、魅力があって、能力も高いと思っています。ウインバリアシオンのように能力のある馬はどんな条件下でも結果を残すと思います。オルフェーヴルの阪神大賞典を見ても、あれだけ外に振られながら、最後は2着まで追い上げて来たことを考えれば、上手く乗って勝つ馬はそんなに大したことはない。逆に下手を打っても勝負に持ち込める馬はスゴいということじゃないか?と思います。私自身、ウインバリアシオンもそれぐらいの能力のある馬だと評価しています。

-:中山助手と言えば、北橋厩舎時代、数々の名馬を育ててきた方ですが、ウインバリアシオンの位置付け、手応えを聞かせて下さい。

中:ウインバリアシオンに出会って、今までの競走馬の概念を一変させられた。それぐらいケタ違いの感触でした。6分の仕上がりにもかかわらず、坂路をラスト2ハロン24秒台で上がってきた時は、先生やユウイチ(福永騎手)、担当厩務員に「競馬人生が変わるかもしれない」と言ったほどでしたよ。同世代にオルフェーヴルがいたので、競馬人生が変わりかかったぐらいで終わったけれど、普通はあれだけユルい状態でデビュー2連勝という結果は残せるものではありません。



-:ウインバリアシオンはどのようなタイプの馬ですか?

中:馬込みは気にしないタイプですが、併せ馬で乗っていると、掛かりはしないけど、ハロン13秒ぐらいでも馬を蹴りにいったり悪さをする面があります。それだけ余力があるということでしょう。この馬について能力感じる時は、やっぱり、坂路でラスト2ハロン24秒台ぐらいで動かすと、勢いがついて止めるのに苦労するほどの手応えで登っていきます。だから正直、坂路ではあまり乗りたくない馬です。

-:今年の2戦を振り返って下さい。

中:今年の緒戦は阪神大賞典を予定していましたが、牧場でウォータートレッドミル(水中歩行訓練システム。水中の浮力により馬体重を40~50%に軽減することで、脚部に負担をかけずに乗り運動なみの運動量が確保できる。屋内施設の場合は通年使用できる)などを使いながら思ったより仕上がりが早かったので、目標を繰り上げて京都記念に進むことになりました。冬場に前倒しして使うことで裂蹄再発の不安もありましたが、獣医によると体の仕上がり状態に比べて前脚の掻き込みが強いから蹄に負担が掛かりやすいとのことでした。蹄の強度は年々増していくものなので、時間の経過を待たなければならないというのが、正直なところでした。

京都記念は6着でしたが、アンカっちゃんも「今までと全然違う。ノメってノメって前に進まず、競馬にならなかった。これだけの馬だから無理はしなかった」ということでした。今から考えると、調教量もちょっと足らなかったかも知れませんが、やはり冬場は良くないのかも知れません。レース後、見た目にダメージはなかったのですが、念のためにノーザンファームしがらきに放牧に出して、獣医に見てもらうと、トモの筋肉を痛めているという診断だったので、治療しながら3週間ほど牧場で過ごしました。

栗東に帰厩後はまだ幾らか筋肉痛の症状が見て取れたので、軽めの調教をしていましたが、徐々にピッチを上げていく頃には不安は解消されていました。その後、天皇賞(春)へのステップとして阪神大賞典と日経賞が候補に挙がりました。小回りの中山は気掛かりでしたが、日程的に1週間後のレースということと、3000mを使って本番の3200mを走るより良いとの判断で日経賞に決定しました。

ユタカ(武豊騎手)が初騎乗ということで、8分以上に仕上がったところで、一回調教に跨って貰いました。「おとなしいし、乗りやすい馬だね。でも綺麗なフットワークで走る馬なので、今の中山の荒れ馬場は向かないかも知れない」というジャッジでしたが、レースでは「先入観を持たずに、馬と相談しながら乗ります」と言うことでした。この馬なりに最後方から競馬して、直線もビューンと良く伸びて、強い馬(3着馬ルーラーシップ)を負かしていたし、勝ったネコパンチには上手いこと逃げられてしまいましたが仕方なかったですね。ウインバリアシオン自体は自分の競馬が出来ていたし、動きも悪くなかった様に思います。レース後、ユタカに聞くと「長距離のレースを良く知っている。4コーナー向くまでは自分のペースでしか走らないから、この馬にとってはこの形が一番良いんじゃないかな」ということでした。


「打倒・オルフェーヴルへ、申し分ない状態」
中山義一調教助手インタビュー後半は→

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(取材)高橋章夫




【中山 義一】 Yoshikazu Nakayama

父は元騎手でアラブの牝馬アオエースで読売カップを制している中山義次。ギャンブル色が強かった当時の競馬に疑問を持ち、馬術の世界を目指し追手門大学を卒業。しかし現実的に生活を考えると競馬界に入るしかなかった。初めて所属したのは開業間もない北橋修二厩舎。厩舎解散まで25年間所属した北橋厩舎ではエイシンプレストン、スターリングローズ、など数々の馬の調教を任された。思い出の馬は愛らしい顔が印象的だったゴールデンジャック。ウインバリアシオンに惚れ込む栗東の名物調教助手。