若手ゆえの苦悩、葛藤、そして成長のキッカケ
2012/7/22(日)
藤懸貴志騎手
初勝利までに約半年を要し、苦しみに苦しみ抜いたデビュー1年目を経て、この2年目は現時点で3倍にあたる勝ち星を量産している藤懸貴志騎手。今回は1時間を超えるロングインタビューで新人騎手としての葛藤、技術的に向上できたキッカケなど、そのプロセスを余すところなく語っていただいた。馬券を握って応援したくなるであろう、19歳の素顔がここにある。
小倉滞在で騎手としてのスキルアップ
-:よろしくお願いします。それではプロフィールからお願いします。
藤懸貴志騎手:長野県の田舎で、木曽郡大桑村の出身です。大自然に恵まれていますが、グーグルマップでも拡大できないような場所です。周りは山や川に囲まれており、今でも毎年、夏には川に行って、橋の欄干に上って、友達5人ぐらいで、順番にボッボッボッと飛び込みます。
-:競馬とは関係のない環境ですよね?
藤:そうですね。周りにも馬はいなかったですね。
-:木曽馬は関係あるのですか?
藤:いや、僕の村に馬はいないので、馬は見たことがなかったですね。競馬はゲームで覚えたのと、祖父が好きだったことぐらいですね。
-:本格的に騎手を目指そうと思ったのはいつですか?
藤:小学校6年生の頃にはなりたいと思っていました。卒業文集には書いていましたからね。ただ、まだ行動には移してはいなかったです。馬に乗りにいっていた訳でもなかったですし、漠然と騎手になりたいと思っていたぐらいですね。そして、進路を決める時に、競馬学校の存在を知って、入れるものなら入りたいと思っていたら、試験がありました。
-:馬に乗ったことはあったのですか?
藤:いや、全くなかったです。競馬学校の2次試験を受けるまで、全く馬に乗ったことがなかったです。
-:結構軽いつもりで競馬学校の試験を受けたのですね。
藤:軽い気持ちというか、ジョッキーになりたいという気持ちがあって、競馬学校に入らないとなれないのだと思って、競馬学校を受けたという感じでしたね。受かってから3ケ月ぐらい乗馬クラブに通いました。
-:その当時、目標にしていた憧れの騎手はいましたか?
藤:松岡(正海)ジョッキーですね。すごく憧れて目標にしていました。松岡さんも乗馬未経験で競馬学校に入ったのですが、そういう話を教官の先生から聞いて、その時にはコイウタ(ヴィクトリアマイル)やマイネルキッツ(天皇賞春)でGⅠも勝っていたし、重賞も勝って、年間70~80勝ぐらいしていたので、同じ境遇から活躍しているのを見て、憧れていました。
-:松岡さんみたになりたいと思ったのですね。
藤:そうですね。努力したらああいうふうになれるんだなと思いました。やっぱり追っている姿もカッコが良いですからね。
-:去年は小倉で初勝利を挙げましたが、それまでに悩みみたいなものはありましたか?
藤:ずっと悩んでしましたね。
-:デビュー当初からソコソコの馬を用意してもらっていたように思うのですが?
藤:そうですね。
-:先輩に乗り替わったらすぐに勝ってしまうということもありましたね。
藤:そういう馬が10頭ぐらいいましたからね。
-:端から見ていても気の毒に思うぐらいでしたからね。
藤:本当にそういう感じでした……。
「自分の中では2年目なので、やらなければいけないというのはあります。 逃げて残るのも減量ですし、差して思った以上の脚を使うのも減量ですから」
-:夏前ぐらいに藤岡康太騎手と話していたら「ちょっと小倉で藤懸を鍛えてきます」と言っていたのですが、あの時は小倉で滞在だったのですかね?
藤:僕は滞在です。自厩舎(平田修厩舎)から「本来、ウチは滞在しないけど、滞在して良い馬見つけてこい」と言われました。
-:先生(平田修調教師)からの愛のムチという感じですね。
藤:ええ、そうですね。「頭数も増えるだろうし、攻め馬からやってこい」という感じでしたね。
-:「営業もしてこい」ということですね。
藤:そうですね。小倉滞在に行かせてくれましたから。8~10頭、多い時は2ケタの頭数を毎日調教で乗っていました。
-:そんなに頭数を乗っていたのですか?
藤:いや、でも、北海道とかだったら普通だと思うのですが……。
-:トレセンだったら6頭ぐらいが限界ですよね?
藤:まあ、多い時で8頭ぐらいが限界です。小倉では毎日8頭とか9頭、色々な厩舎の馬に乗せてもらって、全部馬場(小倉のダートコース)で乗っていました。栗東ではほとんど坂路で乗っていたので、コースの調教とは乗り方も違いますしね。1ケ月半、コースだけの調教だったので……。
-:それは具体的に坂路ではどういう乗り方なのですか?坂路は手加減しなくても勝手にいくというイメージがあるのですが。
藤:そういうイメージで良いと思います。
-:キャンターに下ろす時だけガッーと行かないように気を付けたら良いとかあると思いますが。
藤:乗っているポジションひとつとっても平坦ですからね。引っ掛かってしまったら止まらないですから。距離も坂路の800mではなくて、馬場を1周半乗ると2000mぐらいありますし、1周でも1400mぐらいあるので、坂路の距離とは倍ぐらいありますからめ。通常ハッキングしてほぐしてからキャンターに移るので……。自分がトレセンに来てから経験していないことでしたからね。
-:一番ネックになっている乗馬的要素であるハッキングを求められたのですね。
藤:乗馬的要素というか、坂路でしか乗っていなかったので、山の乗り方になってしまっていました。すぐに後ろに重心を掛けて乗ってしまう感じですね。だから最初の頃は馬場で乗るのがしんどかったですからね。山では時間的にも1分弱ぐらいしかないけど、馬場では2分ぐらい続く訳ですから。もうジョッキーとは思えないぐらい脚とかしんどかったですからね。1周乗るぐらいで、足がプルプルしていたぐらいでした。
-:山で乗ることに体が慣れてしまって、下のコースとは使う筋力が違ったと。
藤:バランス的にも乗り方的にも違いますからね。些細なところですが。
-:下半身強化ですね。
藤:そういうのに繋がると思いますし、バランスや感覚的なところでも大きかったと思います。
-:実際レースでは平坦ですからね。
藤:だからレースでもコーナーとか曲がれていなかったですからね。山ってコーナーがないじゃないですか。
-:小倉のコースで調教をつけられたことは結果的に良かったということですね。
藤:僕にとっては大きかったです。経験的にも良かったです。
デビュー半年の初勝利翌日に2勝目
-:デビューから3~4ケ月勝てなかった訳ですね。
藤:いや、初勝利が8月の末(2011年8月20日4回小倉7日6Rハナカゲ)なので、6ケ月弱ぐらいですね。勝てなかったのは。
-:気持ちは折れなかったですか?
藤:折れました……。
-:自分は騎手に向いていないと思いましたか?
藤:全然思いましたね。今でもちょっと思いますからね。2年目で16勝(7/15時点)ですからね。他の先輩方を見て、3年目で高倉先輩がつい最近100勝を達成しましたし、松山先輩も100勝しているし、川須先輩も140勝以上しているし、国分優作先輩もコッチ(栗東)に来て、50勝近く勝っていますし、今も勝ち星を積み重ねていますからね。3キロ減で何をしているんだろうという感じですね。
-:国分優作騎手は関東に所属していた時はあまり目立ちませんでしたけどね。
藤:乗せてもらってなかったからじゃないですかね。昨日、優作先輩とご飯を食べて、話していた時も「当時は他の厩舎に営業をする時間がなかったから、乗せてもらえなかった」とも言っていましたね。
-:優作騎手から良いアドバイスをもらえましたか?
藤:優作先輩は元々、乗れたんじゃないでしょうか。今見てもキレイにというか、追い方もカッコ良いですしね。
-:栗東に来た当初は自信なさげでしたけどね。
藤:栗東に移って来た年に50勝近く勝てるというのがスゴイですね。
-:基本的なモノ(技術)を持っていないと勝てないですからね。
藤:そうです。
-:藤懸貴志が大ブレイクするにはどうしたら良いですか?
藤:大ブレイクに向けてというか、やれることをずっとやっていこうという感じですかね。何かを変えるのかな~。
-:ジョッキーは気持ちの面とかが大きいと思うのですが?
藤:もちろんやることはやります。レースに乗る前だったらその馬のパトロールビデオだとか、公正室に行ったら縦画面とかもあるので、その馬の前のレースのDVDを見たりとか、あとは今年に入ってから、グリーンチャンネルを取り溜めているので、レースを見直したりして、毎週競馬に臨んでいます。あとは木馬に乗ったり、自主トレもしていますし、隔週にトレーナーさんに来てもらってトレーニングもしています。攻め馬も乗れるところは極力乗って、頭数を乗るようにしていますし、空いている時間があれば、他の厩舎の馬にも乗せてもらうようにしています。本当にやるべきところはキッチリやって、騎乗依頼を待つ感じですね。
-:今年は競馬内容が変わってきているのですかね?
藤:そうですね。
-:ハジける馬を走らすコツをちょっとずつ掴んできたのではないでしょうか?
藤:いや~、でも良い馬に能力で勝たせてもらっているというか、能力を邪魔しないで勝たすというか……。
-:今までは邪魔していた訳ですね。減点法で言えば減点が多かったということですよね。だから先輩に乗り替わって3キロ減がなくても勝たれてしまっていたと思うのですが、減点が少なくなってきたら成果ですよね。
藤:自分の中では2年目なので、やらなければいけないというのはあります。 逃げて残るのも減量ですし、差して思った以上の脚を使うのも減量ですから。
-:減量で頼まれる場合はそんなに能力、スピードのある馬は回ってこないと考えると、差せる騎手でないと勝ち星は増えていかないですよね。10頭立てやローカルの少ない12頭立てでもハナに行ける馬は1頭だけですから。
藤:ええ、ハナに行くのは1頭だけですから。
-:それを狙いにいってモマれて2、3番手の変なポジションになるのなら、最初から差す方が良いですよね。
藤:ソッチの競馬の方が良いという考えもありますね。行けなくて中途半端に出していって、引っ掛かっていなくなるよりかは……。
-:向正面で「何がしたかったんや」ということになりますからね。
藤:ある程度出して、ハナに行けない時は早い目に見切りをつけて、我慢させて追い込み差しの競馬に専念させるというのは競馬のセオリーと言えばセオリーですね。最初の頃はそれが分かっていなかったですからね。
-:それは藤懸騎手だけではなくて、小倉の1700mダート、1800m芝の1コーナーの入りの殺到具合、5頭ぐらいが横に並んだ場合、外の3、4、5頭はノーチャンスですからね。だけど、引くに引けなかったり、ということがあるんですね。
藤:やっぱり小倉の1700mは1コーナーまでが短いですし、内に潜り込めない時もあります。
-:でも僕が馬券を買って見ていたら、潜り込めない時に抑えたら、もう終わったと思ってしまいます。外に張られて終わりですからね。そして流れが落ち着いたら内に入るのです。それなら最初からソコで良かったやんと思ってしまいます。
藤:そうなんですけど、まあ、それが競馬ですからね。それが難しいところで、1コーナーでギュッとなっていても、コーナーが終わったら縦長になっていますからね。
-:最初からテンに行きたい馬を見過ごしていたら、汲まずに同じポジションを取りに行ける訳ですからね。だから汲んで後ろに下げて競馬をするか、その分は減点になりますからね。その辺りは競馬の難しいところですね。去年小倉でひとつ勝てた時はお祝いをしましたか?
藤:そうですね。ハナ差すぎて、写真で見ると負けていますからね。ハナ、ハナ、の着差の真ん中で、外の馬には勝ったと思ったのですが、内の馬には交わされたと思いました。
-:内の馬の騎手は誰だったのですか?
藤:田嶋翔さんです。メイショウセトウチでしたね。交わされたと思いましたね。内も開けているので甘かったですね。情けないと思っていたのですが、1着のところで待っていてくれたので勝ったのかなと思いました。
-:これは自厩舎の馬でしたか?
藤:いや、松元茂樹厩舎です。
-:3キロ減が効いたのですね。
藤:間違いなく3キロ減ですね。逃げて粘ってですね。この次の日も3鞍乗せてもらって、マハーバーラタで勝てました。高野先生のところの馬で3回目の騎乗で勝てました。
-:良かったですね。
藤:そうですね。土曜日、日曜日で1個ずつ勝てたので……。
-:先輩達も祝福してくれましたか?
藤:ようやく勝てたかみたいな感じでしたけどね。
-:祝勝会か何かされたのですか?
藤:日曜日の夜は康太さんとご飯を食べに行きました。すき焼きか何かを食べましたね。小倉では7割ぐらい康太さんと出歩いていましたからね。
-:康太騎手の彼女みたいな感じですか(笑)?
藤:いや、ペットというかお付き人みたいな感じです。ついていっていただけです。金魚のフンみたいに(笑)。
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長野県木曽郡大桑村出身。競馬とは縁のない家庭に生まれ、騎手試験の際に初めて馬にまたがったほど。デビューイヤーの昨年はチャンスがありながらも、初勝利を挙げるまでに約5ヶ月もの時間を要し、年間4勝に留まった。飛躍を誓う今年は既に12勝をマーク。徐々に頭角を現すと、今夏のマーメイドSでは重賞初騎乗ながらクリスマスキャロルで2着に食い込んだ。 |