騎手と馬とのコミュニケーション


水上:騎乗する馬の調教師の方ともお話はされると思いますが、中央の先生とはどんなお話をされますか?

戸崎:その馬のポイントですかね。あんまり細かな指示とかも受けませんし、その馬の癖や性格などは、細かく教えてもらいますが。

水上:安田記念を制したリアルインパクトの時も。

戸崎:そうですね。「ゲートだけがちょっと悪い部分があるので、そこは気を付けてほしい」というくらいで。

水上:ゲートという話は出ましたが、地方ジョッキーが中央に乗りに来て、ほとんど出遅れることがないように感じるのですが(笑)。なぜ、あんなスタートが巧いのでしょう。

戸崎:いや~(笑)、たまたまだと思いますけれどねえ。

水上:芝とダートで出るポイントも違うと思いますが、その点意識される部分はありますか?

戸崎:出ることに関しては意識をしていないですね。ゲートを出てからの馬に伝える部分を重視するというか、芝の長丁場でゲートを出てから、一生懸命に伝えても掛かってしまいますし、ダートで優しく出していくと、レースに集中できないというか、遊ばれてしまうこともありますからね。

水上:中央、地方関係なく、傍から競馬を観ていて、ジョッキーの方に聞いてみたいと感じていたことは、たとえば、スローペースがみえみえなのに動けないというケースはどんな状況なんでしょうか?スローなのに動けないのか、動かないのか……。

戸崎:馬によりけりですねえ。

水上:せっかく教え込んだ折り合いが壊れてしまうという部分もあるから、仕方ないと思いますけれど、「このペースだったら、ここでマクっちゃえばいいんじゃないか?」と思ってしまうんです。

戸崎:う~ん、そういうものでもないんですよ……。

水上:たまにスローを見越して、早めに動いて押し切って勝つ方もいらっしゃるじゃないですか?

戸崎:本当にそれは馬の走りや性格にもありますし、馬それぞれですね。

水上:先ほど「乗り方を指示されない」と仰られましたが、中央の調教師の方も「地方の一流ジョッキーに新しい一面を引き出してほしい」という意図もあるんじゃないかと思いました。

戸崎:基本的に僕が考えていることは“馬のリズムを崩さない”こと。速い脚を持っている馬、持っていない馬がいるとして、スローだからといって、その脚を持っていなければ行かないです。持っているのであれば、最後まで粘り通せる脚があれば、動いて行くと思いますし。それは馬によりけりですね。動いたからといって、リズムを崩されると、馬も嫌気をさすこともあるので……。一概には何とも言えないですね。

水上:“馬のリズム”という言葉が再三出てきていますが、リズムとはどんな事を指すのですか?

戸崎:それも馬によりますね。人間もそうですけれど、嫌なことがあると、勢いよく走れないじゃないですか?気持ちよく走れれば、ワーッと走れるし。簡単にいえば、そういうことなのかな。馬にとって全力で走るのなんて、嫌なわけで、絶対に100%の力を出そうと思って走ることなんて、ないはずです。それをどうやったら100%の力を出せるというか、馬の気持ちを崩さなければ、気持ちよく走れるんじゃないかと思います。

水上:スローで動くことが馬の気持ちに沿うことに反することもあると。

戸崎:僕はそう思います。競馬はペースやハロンタイムだけで計算できるものではないと思っているので。でも、人それぞれだと思いますし、時計を重視する方を否定するわけじゃない。そういう方もいると思いますよ。僕は馬がバテてしまったら終わりなので、リズムを崩さないということが第一ですね。

水上:スローだからといって、前にいる馬が楽にしているだけではないと。

戸崎:それはありますね。遅すぎると馬が詰まるように苦しがるというか……。後ろの馬もタメが利いて、走り易くなることもありますから。後方にいる馬が速いペースで急がされるように脚を使わされることもありますし。だから。僕はスローペースで後ろから行くのが好きなんです。どっから行けばいいとか、脚を試せるところもありますし。

水上:観ている方からすると「スローなのになんで前に行けないんだ」と思ってしまうものなので、それは一概にそういうものではないと。成功する場合もあれば、しないケースもあるということですね。「スローで後ろから行くのが好き」というのは意外な発言でしたね。

戸崎:スローで確かに前は有利になります。しかし馬と上手く会話をしてリズムを崩さなければ、最後の脚がすごい脚に変わるんでしょうね。気持ちよく走ってくれれば。

水上:あと、中央の方で前の馬を交わせないような時に早めに諦めてしまうことをみるのですが、そういうものでしょうか?ゴール前に諦めてしまうのか、ゴールまで最後の一滴を絞るように追うのか。

戸崎:何と言ったらいいのか……。結局、走りきってダラっとしてしまう馬や、スタミナをなくしてしまっている馬が大半いるんですよね。そういう馬をそれ以上にやるのもかわいそうな思いもありますし、やっても同じだというのもありますし、何とも言えないですけれどね。ファンからしてみたら、「最後まで追って欲しい」というのはあるでしょうけれど。

水上:馬券に絡みそうなときはそうですよね。

戸崎:そういう接戦で馬の気持ちを考えてしまうのはどうかと思いますけれど、後ろの方にいる時は、騎手としてはそう思います。ただ、パフォーマンスですから、馬券を買ってもらっている以上、一生懸命やらないといけないという気はありますし。両方ですね。

水上:今の“追う・追わない”の話の延長ですが、ヨーロッパでムチの制限も出て、具体的に抗議の動きもあるみたいですけれど、ムチというのは最後の推進力に繋がるものとして、効果的なものでしょうか。ご自分ではどう思いますか?

戸崎:ハイ。勿論、そうですね。

水上:競馬を知らない動物学者のような人に言うと、「叩くと動物は萎縮するから、伸びるというのは考えづらい」と言っていたのを聞いたことがあるのですが、乗ってらっしゃる立場としては?

戸崎:普通の動物園にいるような動物にやれば、萎縮はするかもしれませんが、トレーニングをして、教え込んでいますから。だから、イギリスでのステッキの制限というのは、全能力を引き出すという意味では反する部分はあるでしょうね。

水上:馬によっては叩かない方が伸びる馬もいるのでしょうか?

戸崎:そういうケースもあるでしょうね。ムチより声を出した方が伸びる馬もいますし。

水上:えっ!?それはどんな声を出すんですか?

戸崎:もう、最後の直線勝負ですからね。「ウワァーッ!」って感じでしょうか。一部の馬ですけれどね。

水上:へ~、声で動くものなのですね。

戸崎:色々な扶助の仕方はあるでしょうから。

水上:牝馬と牡馬でその反応の違いなどはありますか?

戸崎:う~ん、女の子の方が根性はありますね。乗り易いというか、それも一概には言えないですけれど。なんだか、男馬は結構ビクビクしていたり、ソワソワしていたり。経験上比べてみると、それは多いかと。

水上:そうなんですか~。逆なのかと思っていました。牝馬の方が気難しいと。

戸崎:イヤ、牝馬の方が気難しいですよ。でも牝馬は気が強いんです。馬群を縫って来たりとかは、女の子の方が強いですね。あくまでイメージですけれどね。

水上:今の時代、牝馬が中央も地方も、海外でも強い時代ですよね。牡馬よりは体格や肉体的な面は落ちるように感じますが…。

戸崎:気持ちが強いんでしょうね。

水上:よく、中央では牝馬の方がキレ味はあると言われるものですが、それはダートでも。

戸崎:そこも感じますね。

「戸崎騎手がダートでもキレ味を感じる馬と話すのが大井のホワイトランナー。今年の短距離戦線で飛躍が期待される一頭だ。」

水上:ちなみにダートの場合の“キレ”とは、どんな感じでしょうか?芝の場合の瞬発力というと、上りが凄い速い脚を使うとか、1ハロンでピュッと伸びることもあると思うんです。ただ、ダートで追い込みが決まっている場合は、前の馬もバテていることもあると思うんです。

戸崎:ダートで鋭い脚を使うというのは、なかなか難しいですね。さっきも言ったようにスローペースだと上りは速くなりますが、なかなかそれで勝ちきることは難しいですから。時計をみてもわかるようにそれだけのスピードは出ないですからね。

水上:その場合、“脚を溜める”ことが大事になってくると思いますが、乗っている人にとって脚を溜めることは、単純にゴールまで脚を残しておくことになるのでしょうか?あるいは、無駄な動きをさせないということなのか。戸崎さんの場合はどう感じていらっしゃりますか?

戸崎:最後のゴールに脚を使えるように余力を残すことですよね。スパートをどこで掛けるかというか。溜めるという事に、そこまで考えすぎたことはないですけれど、あまり道中で体を伸ばし過ぎても良くないですからね。

水上:ゴールまで我慢させることにも繋がりますか?

戸崎:う~ん、あまり我慢させ過ぎれば良いというわけでもないですね。その馬の脚を100%使うにはどこで使うかにもよりますからね。

水上:一概に脚を溜め過ぎていればいいというわけではないですからね。余してしまうことにもなりますし。溜めるというのはその馬にとって一番いい発火地点でスパートをかけると。

戸崎:そうですね。それがゴールより速すぎても、交わされてしまいますし、単純なゴールとは違いますから。

水上:当然、“溜め逃げ”という言葉があるように逃げ馬の溜めもあるわけですよね。その場合はテンのダッシュで脚をつかわないと駄目じゃないですか。そこで一旦、ペースを落とすなりとして、そこからもうひと踏ん張りさせるために溜めると。

戸崎:そうですね。そして、逃げ馬の方が溜めは難しいですし、周りが来たら難しくなりますし、ある程度、セーフティリードもつくっておかないといけないですから。だけれど、その中で馬をリラックスさせていかないといけないので、そのままじゃあなかなか逃げ切れませんから。

水上:内田さんが地方在籍時代に中央へ来られている時からもそうでしたが、直線で一旦、バテかけた馬を伸ばすのが凄いなと。よくいう“死んだフリ”というか。

戸崎:凄いですよね。あれはなかなか出来ない芸当だと思いますし、僕には真似できないことだと思うので、度外視していますね。

水上:ご自分が逃げ馬に乗っている時はどうでしょうか?逃げるのが好きか嫌いかと思いますが……。

戸崎:気持ちがいいですね。前の馬がいないので、リズムが崩されないじゃないですか?自分の精神的にも、馬の精神的にもいい感じはしますね。

水上:前に行くと外からかぶせられるというか、他の馬が来た時は基本的に馬は怯みますよね?

戸崎:馬によると思いますよ。結局、自分のペースやリズムがあって、「この脚で逃げてもリズムを崩すだけだ」という時があるんです。そういう時はついていかないで、他の馬に行かせてしまうことがありますね。

水上:例えば、逃げていた馬の脚質転換というか、逃げた馬が3~4番手に控えて、結果を残すこともあるじゃないですか?逃げ馬に乗っている時はそういう事も意識しますか?

戸崎:それはありますね。話は矛盾しますけれど、ハナに行くために脚をつかうじゃないですか?そこで絶対的なスピードがあればいいですけれど、出して速めて行くのも好きじゃなくて、そこで「2~3番手」ならとも思いますから。それはレース前にも意識したりしますね。

水上:私たちとしては、予想をする時に展開を考える上で逃げ馬が複数いる時に「展開が速くなるな」「差しが利くぞ」とか考えるじゃないですか?そういう時にジョッキーの方はどう考えているのか。逃げを主張するのか、あるいは控えることを意識するのか、そこが気になったんです。

戸崎:それは枠順もありますし、騎手にもよりますし、ハナにはいかないといけないような馬もいますからね。そういう時は意識して出していきますけれど、沢山いても大丈夫そうな時は、周りをみながらリズムを崩さずハナにいけそうな時は行きますね。

水上:リズムが崩れないであるならば、逃げているかもしれないし、リズムが守れるのであれば、3~4番手でもいいという思いで乗っていらっしゃると。その辺り、ファンはなかなかわからないもので、逃げ馬が3~4頭いたら、ハイペースになってしまうと思ってしまうものですけれど、乗る前は「このレースはハイペースになりそうだ」ということは考えないのでしょうか?

戸崎:そうですね。基本的には意識しないですね。出てみないことには、「ペースが速くなるだろう」と思っていても、すごく遅くなることなんて、日常茶飯事ですから。基本的にはリズムを崩さないことを念頭に置いていますね。