安藤勝己×高橋章夫

昨年からオルフェーヴルが成長した部分


高橋:日本馬が2頭共に勝って、凱旋門賞始まって以来かもしれない逆風が吹くかもしれないですね?

安藤:オルフェはやっぱり強えぞ。俺はそう思ってんだ。

高橋:オルフェーヴル(牡5、栗東・池江厩舎)の今年の変化と言ったら、去年はリング(ハミ)を着けていたのが、今年は調教からエッグを着けるようになったというハミの変化というのは、ああいう癖馬にとって関係があるのですか。乗りやすさ、乗りにくさという意味では?

安藤:フォワ賞(G2)は明らかに去年とは違うね。返し馬から何から。だから、あれだけ前に行っているし、普通なら出していかないと思う。それでもあの位置で自由にしているしね。最後もフラフラしてないもん。相手も確かに弱いんだけど、本気で追うと行くのもあるし、それと最初からずっとラチにいたからね。外から自分でラチにくっ付いていった訳じゃないから。そういう部分でまだ、わかんねえ部分もあるけど、調教のVTRを見たり、返し馬を見たりした時点では、“去年と違うな”と思って。随分と精神的に成長したなと思ったね。

高橋:宝塚記念を取り消して、日本で心配された肺から出た少量の出血というのは、ほとんど影響がないと?

安藤:ないね、あれなら。その後、向こうで帯同馬に蹴られたと聞いて、本当に蹴られたのかなと思ったわ(笑)。でも、スンナリ調教もやって、使うと言ったから、“これは本当だな”と思って。

高橋:それぐらい頼もしくなったオルフェーヴルですが、過去の凱旋門賞で、日本馬の中では一番楽しみな存在だと思います。

安藤:でも、メンバーがハッキリわからなくてね。去年よりは強いのかな、やっぱり。去年はオルフェが完全に力が抜けていたよ。抜け過ぎたから負けたというか。アッという間に先頭に立っちゃったからな。反対にもっと前に強い馬がいてくれたら、勝っていたと思うよ。


宝塚記念登録時のオルフェーヴル


高橋:振り返ってみれば、去年のフォワ賞が終わった後も、“日本にいた時よりも落ちるな。勝つには勝ったけど……”という正直な印象がありました。

安藤:去年のフォワ賞はたいしたことなかったよ、馬が全然できてなかったね。今年の方がメンバーは弱かったけど、去年のフォワ賞は一杯一杯の勝ち方で、それで凱旋門を失敗したと思うな、スミヨン騎手が。反応が良くなかったから。凱旋門の時に前哨戦のイメージがあるから、ちょっと行ったらビューンと先頭に立っちゃって。だから、去年の凱旋門はすごく仕上がっていたと、俺はそう思う。



高橋:スミヨンに対するバッシングなど、日本ではあったと思いますが、僕の個人的な意見としては多分、過去最高に仕上がっていたから、誰も乗ったことがないオルフェーヴルで、スミヨンにしかわからない感覚じゃないかなと思ったんです。同じように今年もフォワ賞をアッサリと勝ちましたけど、そこから上昇していくとしたら、もしかしたら悪い部分が顔を出すかもしれないじゃないですか?枠とか、抜けてくる時の馬群の形、ラチからどれだけ遠ざかっているかなど。色々な条件を考えたら、オルフェーヴルもまだ、安心できない状況ですよね?

安藤:だけど、随分と変わっとるよな。俺は反対に最後、こっち(宝塚記念)を使わずに行って、良かったのかなと思って。「あの間に基本馬術とか一杯やった」とか言っているし、時間があったから、色んな部分で1頭でもやれるようにしてね。去年なんか馬を前に付けて、ずっと。だから、先頭に立ってゴールに入るとバカついておったり、そういうすごく幼い面があったわな。要は最初から、新馬からブッ飛んでいって、ゴールに入ると騎手が落ちて、そういうのが当たり前だと思って、いつも馬のケツにくっ付けて歩いて、それに慣れちゃったから。

高橋:でも、それが自立できるものなんですね、馬って?



「『集団調教が良い』というけど、
馬なんて1頭でどこでも行けるようにならないと」



安藤:本来はずっと栗東でも思っていたんだ。「集団で(調教を)やるのが良い、良い」と言うけど、馬なんて1頭で行けなきゃダメだもの、本当は。頼っちゃうから、レースでも先頭に立っちゃうと嫌がる馬が結構いるから。

高橋:そういう仕草をされたら、現役時代の安藤さんだったら、ちょっとシッカリしろよと思っていた訳ですか?

安藤:いや、そうじゃなくて、馬ってそういうモンだから。慣れると何かに頼りたいに決まっているんだから、ラチを頼ったり、(他の)馬に頼ったり。だから、調教自体、いつも集団でやることは……。1頭でどこでも行けるようにならないと。そういう風に調教しなきゃ。

高橋:その辺がさっき言われていた、海外の馬の体もしかり、精神的なモノの違いもありますか?

安藤:反対にそうなると調教をしているヤツと心が通じるから、安心してどこへでも行く訳で、それができずに他の馬に頼っているようじゃ、まだまだ、乗っている人間と馬と通じてねえ訳だから。それぐらい海外の馬はシッカリとそういう部分で調教というか、馬を作っているよな。

高橋:それが凱旋門賞みたいなロンシャンの難コースと言われているところで強みが出てくると?

安藤:そう思うね。


日本人と外国人ジョッキーの違い


高橋:すごく安直な質問で申し訳ないんですけど、あのコースって、そんなに難しいんですか?

安藤:いや、わかんねえ。俺、乗ったことないし……。コースというより、やっぱり乗り役が、あのおしくらまんじゅうのとこで、ちょっと早めに動いたら止まっちゃうような馬場で、やっぱり慣れなきゃダメだと思うよ。日本の折り合いというのは、馬とケンカをしないのが折り合いだという感じじゃない。馬を引っ張ったら掛かったとか、そういうんじゃなくて、抑え込んじゃうんだもん、アイツら(外国人騎手)。

高橋:言葉が悪いかもしれないですが、“引っ張り殺し”ますからね?

安藤:だから、その中で御すというか、馬をこうやって縮めて、あの遅い流れで、重い馬場だから、他馬に触れちゃったら絶対にバランスを崩すし、そういう部分がハナっから違うからね。

高橋:その割に乗っているジョッキーが、みんな格好がキレイじゃないですか?あれだけ馬場が悪くて2400を走って、2分30秒なんて、もっとスピードが出る馬場でやっているのに、日本で乗っている外国人ジョッキーはみんな達者ですね?

安藤:オレは現役のころは海外に行く気持ちもねえし、全然、自信がなかったけどな。アイツらは見ていて、やっぱり抑えるというか、腕力があるね。腕力で一瞬、グッと馬を抑え込んじゃって、その中であんまり引っ張らないようにしているだけで、その点は日本と折り合いという部分でも、馬場が違うから、そっちの方が良い部分もあるんだろうけど、馬に繰られちゃって長手綱でペースも違うしね。だけど、深い馬場で、ああいうペースになったらやっぱり、あの乗り方が合っているに決まっている。だから、ああいう乗り方をしているんだから。

高橋:日本でも、地方出身のジョッキーなんかはもっと暴れるじゃないですか。でも、ヨーロッパのジョッキーも同じぐらいか、もっと重いコンディションで走らせているけれども、そこまで揺れないじゃないですか?

安藤:そうそう、キレイ。馬の上でアクションは大きいんだけど、安定している。


高橋:それで、ちゃんと馬が伸びているじゃないですか。だから“追えている”のでしょうね?

安藤:やっぱり手綱の長さは大事。ヨーロッパの騎手はもっと短くて、馬の首にピッタリしてやっているじゃない。

高橋:最初から短いわけじゃなくて、やっぱりスミヨンもパドックで手綱を結んでいますけど、結構、長いんですよ、結んでいる結び目は。でも、最後に追っている時はムッチャ短く持って。

安藤:だから、重心は結構、前なんだよね。特に地方の騎手は後ろ過ぎる。オレなんかは自分ではもう直んなかったから。歳で染み付いちゃっていたからさ(笑)。



「スミヨンもパドックで手綱を結んでいますけど、結構、長いんですよ。でも、最後に追っている時はムッチャ短く持っている」



高橋:安藤さんが“後ろ(重心に)に乗っていた”というのは、前脚を上げないとダメな馬場だったからですよね?

安藤:地方の時はそれで良かったからそうだけど、それがなかなか直んない、重心というのは。最初に染み付いちゃっていると。

高橋:地方から中央に来られた時というのは、安藤さんはそこを直そうと努力をされていたじゃないですか。結局、それは納得できるほど変えられなかったと?

安藤:今は岩田(康誠騎手)が結構勝つから、同じようなことを他もやっているよね……。俺からしたら、岩田やから良いだけで、あいつはそれが染み付いていて、自分のモノにしているから。できれば、日本人のみんなにはもっとカッコ良く乗って欲しいと思うよ。自分が後ろに来るから、馬が動いているような気になるだけで、重心が後ろに来るから。それと楽なんだよな、乗っていても、追っていても、ちょっとケツを付いた方が。やっぱり、外国人はたいしたもんやと思うよ。

高橋:やっぱり腕力もすごいでしょうけど、ずっとあの姿勢を維持している脚力が?

安藤:バランスがね。

凱旋門賞のステップレースであるヴェルメイユ賞を制したトレヴ。
鞍上は世界的ジョッキーのL.デットーリ騎手だった


高橋:日本人が筋肉というか腕力を付けるとしたら、どうやったら付けられますか?

安藤:筋肉だけじゃなくて、普段からそういう風に乗らなきゃダメでしょ。外国人が調教で、どれだけ乗っているか知らねえけど。ただ、競馬の数を乗っているだろうから、そういう部分が必要なんだろうね。

高橋:外国の調教は多分、時計を出している時間より、乗って運動している時間が長い。日本の調教は大体、坂路に行っても1分以内じゃないですか。1頭に掛ける時間も、大体どこの厩舎も1時間半。そうなったら、極端な話、あとの1時間29分で何をしているか、ということしか出て来ないじゃないですか?

安藤:俺も若かったら、もっと(海外に)興味を持ったけどなあ。興味がなかったから正直、海外ということは、そんな思ったこともないし。




「できれば、日本人のみんなにはもっとカッコ良く乗って欲しいと思うよ」



高橋:オグリキャップに乗っていた頃の安藤勝己が、もし凱旋門賞に行けるのだったら、もっと違う情熱があったかもしれないですね?

安藤:情熱もすごく必要やけどね。そういう部分は若さも必要やと思うしね。

高橋:そういう意味ではオルフェーヴルの調教をしていた藤岡佑介騎手のフランスでの姿を、日本の競馬ファンが見られたことは嬉しかったですね。

安藤:そやね。ああいうことは良いことやと思うよ、精神的にも。だから、もっともっと若いヤツらは行った方が良いよ。日本だけの経験じゃなくてね。確かに今すぐにはプラスにならねえやろうけど。

高橋:もしかして、ジョッキーとして以外の部分で成長できるかもしれないですし、人間的にも?

安藤:そうそう。だけど、凱旋門賞なんて、なかなか向こうでも一流の騎手しか乗れないんだから、それも散々あっちで乗っていて、乗れる人間は知れているのだからね。

フランス長期遠征中の藤岡佑介騎手は、
プティクヴェール賞でオルフェーヴルの帯同馬ブラーニーストーンに騎乗した