勝利の潮流を予感
2013/12/8(日)
-:レース中のご自身のテンションはいかがでしたか?
大和屋暁氏:頭が真っ白になりましたね。4コーナーの手応えが抜群だったじゃないですか。「これはすごく手応え良いぞ!」と言った後、直線を向いた後は「ジャス!ジャス!!」とずっと叫んでいましたね。敢えて言うと、僕は声はデカい。周りの人が振り向くぐらいですから(笑)。そんな大声で応援していまして。
-:「レース後、頭が真っ白になった」と仰っていた通りか、検量室前の様子はどこか不思議な感じに見えましたよ。
大:そうですか。何故か飛び跳ねてたらしいです。自分では覚えていなくて。
-:ちょっと他のオーナーとは違うテンションな感じもしました。
大:多分、違うと思いますよ。根が軽いんで、ヘヘヘ(笑)。やっと友達たちと一緒に口取りが出来たんですよ。それまではいつも競馬場に連れて来ては残念会になっていたので、凄く嬉しかったですね。しかも、東京競馬場の芝コースなんて贅沢な場所でね。
-:しかも天皇賞ですからね。天皇の名を冠した伝統的なレースですし、福永さんもゲート前で国歌が流れてきたら「身が引き締まった」と仰っていましたね。
大:ねえ。独特な雰囲気でしたよね。いつものことですが、レース前は緊張しました。ただ、緊張し過ぎないよう、色々気を紛らわせていましたよ。
-:緊張感は本業の方とどちらが?
大:本業は別にしないですよ。だって(シナリオを)書くだけじゃないですか?人前でしゃべったりする訳じゃないので。
-:報道陣に対応されている際、白い手袋は持参されていたと聞きました。
大:あれは持参ですよ。去年、最初に天皇賞に出る時に須貝さんに教わったんですよ。「天皇盾をもらう時は白い手袋を着けないといけない」と。それでも、そんなもの持ってる訳ないじゃないですか。だから、去年の天皇賞の日の朝に購入して、競馬場へ向かいました。その年は使えなかったので、引き出しにしまって、今年持ってきたのですが、買った甲斐もあったという感じです。
「僕自身、流れは本当に来ているな、という予感を実はしていましたよ」
-:その去年の天皇賞は前日輸送の際に渋滞の影響を受けましたよね。こう言ったら他陣営に失礼ですけど、影響が少なかった馬がレースでも上位に来ていて、影響を受けたジャスタは3歳でもあれだけの着順。レース自体もリズムを欠いた競馬で、差を詰めていたので、僕は今年は結構やれるんじゃないか、とずっと他の人には言ってたんですけどね。
大:馬券は獲りましたか?
-:当たりました。ただ、馬券よりも僕は応援していた馬が勝ってくれたことが嬉しかったわけで、それで十分でしたよ。大和屋さんにとっても、ここまでは惜敗続きで……?
大:やっぱり悔しかったですよ。「できる準備をやらないで後悔したくない」と榎本君が言ってたじゃない。舌を縛ったり、ゲートの対策をしたりと。ジャスとスタッフのお陰です。毎日王冠で2着だった時の榎本君の様子はどうでした?
-:納得していなかったですね。僕はあのメンバー相手に2着に来るなら、大したものだ、とちょっと喜んでいましたが、思いの外で。やっぱり勝負の世界に身を置いている人間は違うと思ったんですよ。
大:それが大事だよね。そういう彼らの努力と気持ちの成果ですよね。でも、僕自身、流れは本当に来ているな、という予感を実はしていましたよ。結果が出たから言うわけじゃありませんが、色々と奇跡が起きていたんですよ。前日は須貝さんだけじゃなくて、(社台の)角田先生も来てくれて、3人でサミット(会議)ですよ。
その時に“勝ったらどうしよう”みたいな話をする訳ですよ。“勝つに決まってるじゃないですか!”と言うしかないじゃないですか。“勝ったらドバイでしょ!?香港だ、ドバイだ”みたいなことを好き放題に言
っていて。それでも、その中で“香港は使わない方が良いんじゃないか”みたいな流れになったんですよ。その流れで “天皇賞が終わったら休ませる”と決まったんです。僕の中では夏休みをあげられなかったから、ジャスタを休ませたいという思いがありましたから。
その点、去年は夏休みをあげられたじゃないですか。会いに行ったんですよ、セレクトセールの時に。ちゃんと分かるんですね、須貝さんのことは。僕のことも多分、分かっている気はするんですけど……。見てくれるんでね、パドックで。“オッ”みたいな。“来たの!? ”みたいに。そんな感じの目線をくれたりするんですけど。去年の牧場でのジャスがすごいかわいくて、休ませなきゃと思って。そう考えていたから、そこでそんな話になりました。それから、これは榎本君に聞いたんですが、結構ぎりぎりだったみたいです。ゴール前の写真をよく見るとわかると思うのですが、ジンマシンが出始めてた。ギリギリの仕上げだからあれだけのレースができたんだと思います。その後、使い続けてもきっと良い結果はでなかっただろうから休ませたのは正解だったと思います。
-:それで皆さん気になると思いますが、今後はどこに?
大:レース後にも言った通り、ドバイに向けて逆算して行くと思います。
-:一度、有馬記念の走りも観たいです。
大:使ったら、(父の)ハーツクライみたいな感じで何か上手いこと走れそうな気もしますけどね。
-:ハーツクライの産駒は結構、中山で走ってますし。
大:ガニ股だからね。コーナーは上手じゃないんだよね、それは皆、分かってるから。お父さんもそれを乗り越えて勝ってくれたんだけど、ああいうコースは上手いとは言えないですから。
-:ひとまずは大和屋さんの夢でもあったドバイが目標ですね。
大:今は須貝さん、榎本君もドバイを目指して、準備を進めてくれていると思います。その後は安田記念、宝塚記念など、いろいろ妄想しますけど、それは僕が決めることじゃない。須貝さんが決めてくれることですからね。
-:珍しいですね。オーナーさんが完全に任せているというのは、今の時代に珍しいじゃないですか?
大:そう?珍しいですか。
-:馬のことはプロに任せると。
大:飲んでいる時に話している時の意見でも、ちゃんと覚えていて、意図を汲んでくれてますからね。何となくこうしたいんじゃない、こうしたいなみたいな。去年挑戦する前から、“天皇賞を勝ちたい”という目標は、ずっと前から2人で言ってた話だから。それでいて、ドバイに行きたいと。前にも言ったように、ドバイはずっと僕が言ってたの。でも、実現する訳じゃないですか?レーティング見ましたか?123ですよ(日本馬でも全体3位)。きっと招待状を送ってくれるはずです。
ゴールドシップは124ですもん。だから3位なんです。オルフェーヴルが1番で、2番がゴールドシップで124、ジャスタウェイが123です。来年はオルフェーヴルが引退したら、須貝さんがレーティングのトップと2位を管理する厩舎になる訳ですよ。
-:一躍、トップステーブルですよね。それでも、1頭で連れていくのは厳しい条件になりますよね?
大:それはね。その話をこれからしないといけないです。お父さんのハーツクライもドバイではユートピアと帯同したことで結果を出したけど、一頭で行ったキングジョージはその影響もあって3着でしたから。
-:ドバイはデューティフリーと明言されてましたね、そこのレース選択にブレはありませんか?
大:デューティフリーに行こうと思います。だって1800が適距離だと思いますし。楽しみですね、どんな招待状、どんな条件なんだろうね。飛行機のクラスはどうなんだろう、とか。そういうお祭り感を含めて、凄く楽しみですよ。(昔、ハーツクライで行った時はナド・アルシバ競馬場で、今回はメイダン。ドバイの街もその時とはだいぶかわっているでしょうし。)
-:お父さんと同じレースという考えはよぎりませんでしたか?
大:今はまだ長い距離を経験してないし、だったら今一番良いと言われている1800でも良いんじゃないかと。ただ、これも距離が持たないということはないと思うんですね。天皇賞も「2000mは長い」と言われ、“そんなことはないだろう”と実は思っていたんだけれど、周りがそう言ってるのも、何か追い風じゃないの、とちょっと思いながらレースに挑んでいましたから。
-:少し話はズレますけど、逆にみんなが口を揃えて「良い良い」と言っている時の方が、予想をやってる時でも、気持ち悪かったりしますもんね。そんな中で流れを感じていたんですね。
大:1番人気じゃないし、気楽に乗れるから良いかなみたいな……。何でも良い方に捉えていていました。
プロフィール
【大和屋 暁】Akatsuki Yamatoya
ジャスタウェイのオーナー。幼少期から競馬に興味を持ち始め、若くして社台サラブレッドクラブ(一口馬主)に出資。同クラブで出資を始めた2年目に、ハーツクライと運命的な出会いを果たすと、ドバイシーマクラシックを制し、人生初めての口取りに参加した。
その後、ハーツクライがノド鳴りによる突如の引退に一念発起し、馬主になることを本格的に決意。馬主としてもハーツクライに所縁のある血統にこだわりを持ち、初めて所有したジャスタウェイがアーリントンCを制し、天皇賞(秋)も制覇。オーナーとしては強運ぶりを発揮している。
栗東の新進気鋭のトップステーブルに登り詰めた須貝尚介調教師との縁も深く、3頭の現役所有馬は全て須貝厩舎に所属している。
本業は脚本家、作詞家。『銀魂』をはじめ、数々のアニメ・特撮などの脚本を手がけている。
勝負服の柄は緑、黒うろこ、袖黒縦縞。