競馬YouTuberとして一躍名を挙げ、各媒体に引っ張りだこの佐藤ワタルが、地方&海外レースを展望。若くして人並み外れた知識量、分析力を披露する。
中山記念を勝った『やんちゃ坊主』ナカヤマナイトが中山誘導馬として与える希望
2018/2/25(日)
中山競馬場の誘導馬として奮闘するナカヤマナイト
●ベテラン善臣騎手も苦労した気性難「うるさい馬だった」
グチから始まるコラムもどうかと思うが、中山と阪神開催が始まった今週、検量室前パトロール隊員の本命馬は、ただひたすら4着だった。何をどうやっても4着。検量室前で落ち込んでいると、某クラブ法人で働く後輩が「あなたが買ったから4着だったんですよ。いい加減、気づいてください」と冷たいことを言ってきた。最近後輩たちは皆、隊員に厳しい。大変世知辛い。
まったくどうでもいい話はここまで。今週の開催は2月最後ということで、定年などで引退を迎える調教師の話題が多かった。土曜中山2Rで尾形充弘調教師がJRA通算800勝を挙げれば、同じく中山の8Rでは、小島太調教師が騎手時代と合わせて通算1500勝のメモリアルを達成。メモリアル勝利を飾った後、小島太調教師の周りには蛯名正義騎手や田中勝春騎手といった後輩騎手たちが集まって冗談を飛ばしたり、横山典弘騎手と小島調教師が笑顔で握手を交わすなど、検量室前は笑顔で溢れていた。
そんな小島太厩舎が最後に送り出すディサイファなどが出走した中山記念(G2)。グランプリロードから出走馬が次々に入場する中、最後にゆっくりと追いかけてくる1頭の誘導馬の姿が目に入った。2013年中山記念など重賞3勝を挙げたナカヤマナイトである。
6年にわたる現役生活を終え、2017年に思い出深い中山競馬場で誘導馬デビュー。当初は『初心者マーク』を手綱に付けて、先輩誘導馬の後を追うなどしていたが、頭を振ったりと慣れない仕事に戸惑った様子も見受けられた。現在は少し慣れたのか、その姿はより誘導馬らしくなっているように見える。
2013年の中山記念を制した柴田善臣騎手とナカヤマナイト
ナカヤマナイトには、『戦友』と呼べる存在だったジョッキーがいる。職人・柴田善臣騎手だ。通算37戦中35戦で手綱を取り、苦楽を共にしてきた。勝った中山記念について聞くと「あの時は今回みたいな強力メンバーではなかったからね。力通りのレースができたよ。レース前から自信はあった。キチンとコントロールが利いて暴走しなければ勝てると思っていたんだ」と、懐かしそうに振り返った。3歳時には皐月賞、ダービーでも善戦し、海外にも遠征。「全部が思い出。どのレースが特別ということもないんだ。一戦一戦考えて、調教も考えてやっていたし、おかげさまでフランスにも一緒に行かせてもらったしね」と笑顔で語る。
●成長は励み「ナカヤマフェスタの誘導馬もできなかったのに(笑)」ナカヤマナイトはステイゴールド産駒らしく、一見すると怖い目つきを見せたりもするが、気性面に関してはジョッキーも苦労したようだ。「うるさい馬だったよ。とにかく引っかかった。全然コントロールが利かなくてね。調教なんかも苦労したよ。歳を重ねて少しは気性面も成長はあったし、改善できた部分はあったんだけど……。力は元々あった馬。でもその力をコントロールすることが難しかったんだよね」と言いながら苦笑する。
そこへ、ちょうど横山典弘騎手が通りかかった。すると「あの馬は気性が凄かったよね。よく誘導馬になれたよ」と声を掛けてきた。数々の馬を見てきた大ベテランたちにそう言わしめるのだから、その気性は相当のモノだったのだろう。
「そんな気難しいナカヤマナイトが、今や誘導馬ですね」と言うと、善臣騎手は「ハハハ」と笑いながら、異国の地でのエピソードを教えてくれた。「(今は)去勢もしてるだろうけど、海外に行っても全然うるさかったからね。一緒に行った(ナカヤマ)フェスタよりうるさかったよ。フェスタの誘導馬もできなかったのにね(笑)」。
そのような思い出があるからこそ、かつての"相棒"が誘導馬をとして奮闘している姿は感慨深いのだろう。「良いことなんだ。こうやって自分の身近なところにいてくれるからね。ナイトのことを見れば当時のことを思い出すし、自分の励みになるんだ。苦労したこともいっぱいあったけど、それ以上に楽しみなことも多かったしね。全部がいい思い出だよ」と目尻を下げた。引退から1年半経つが、ナカヤマナイトはデビュー33年目の大ベテランのモチベーションに貢献している。
●引退の二ノ宮師と二人三脚「難しい馬を一緒に作るのも面白かった」
ナカヤマナイトを管理した二ノ宮敬宇調教師は今週をもって勇退。エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタで凱旋門賞に出走し、世界の頂にあと一歩まで迫った美浦の名門厩舎は惜しまれつつ解散を迎える。善臣騎手は、懐かしそうに名伯楽との思い出を語った。 「お酒を飲みながらワイワイやった思い出が多いね。勇退は本人も色々考えての決断だろうから。二ノ宮先生には感謝の言葉しかないよね。色々こっちのワガママを聞いてくれたし、色々話し合って一緒に馬を育ててきたし…その時も楽しかったね。ナカヤマナイトみたいな難しい馬を一緒に作るというのも面白かったよ」。その表情は、どこか寂しげでもあった。
ナカヤマナイトはまだ誘導馬1年生。これから様々なレースで、後輩たちをリードしていく存在になる。競馬学校1期生で、後輩たちをリードする存在の善臣騎手は、最後にこう言った。「ナイトは今、誘導馬として頑張っていますから、目にとめて、現役時代のことを思い出してもらって、また応援してもらえればと思います」。
プロフィール
佐藤ワタル - Wataru Sato
1990年山形県生まれ。アグネスフライトの日本ダービーを偶然テレビで観戦して以降、中学生、高校生、大学生と勉学に勤しむ時期を全て競馬に費やした競馬ライター。『365日競馬する』を目標に中央、地方、海外競馬の研究を重ねている。ジャンルを問わない知識は、一部関係者に『コンビニ』とまで評されている。早稲田大学競馬サークル『お馬の会』会長時代に学生競馬団体『うまカレ』を立ち上げたり、北海道の牧場などに足繁く通うなど、若手らしい行動力を武器に、今日も競馬を様々な角度から楽しみ尽くしている。現在はサラブレ、一口クラブ会報などでも執筆中。血統派で大の阪神ファン。甘党でもある。