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房野陽介調教助手

房野陽介調教助手


-:久しぶりのGⅠレースに挑むナムラクレセントについてお伺いします。まずは前哨戦を日経賞に選んだ理由とはどのような点からですか?

房:阪神大賞典は(放牧から帰ってきて)すぐだったので、だったら日経賞か大阪杯ということで。天皇賞を見据えるなら、2000mのレースよりも少しでも長い距離の日経賞になりました。

-:その前走は包まれるような形で終わってしまいましたが、マイナス体重も響きましたか?

房:マイナス14キロだったんですよね。周りからは「えらい減らしたなぁ」って、言われたんですけれど、鳴尾記念の時はムキムキし過ぎていたし、休んで筋肉が落ちていただけで、あんなものだろうとしか思わなかったんですよね。昨年の新潟(阿賀野川特別)でも休み明けで減らしていたので。

-:じゃあ今回は?プラス6キロか8キロくらいになりますか?

房:そんなものじゃないですか?調教後馬体重はプラス10キロとかになっているかと思います。日経賞の時は休み明けでも馬は走れる状態と思いましたけれど、鳴尾記念の時と比べたら「肉が落ちているなぁ~」と。鳴尾記念の時が出来過ぎでした。僕の理論では、競馬が無事に行けば、調教でなんぼ攻めようが、一回使うのと負荷は雲泥の差です。そこで馬の人生を長く見たら、競馬のあとのケアさえしっかりしていれば、1週間、2週間後には痛んだものが回復してくるわけで。

クレセントも昨年の新潟でマイナス12からスタートして、段々と増えて行ったんです。今回もその感じで増えてくると思いますよ。もし、マイナス体重だったら、完全に失敗ですけれど…。日経賞で減ったのは輸送もあると思います。ガレていたというわけではないし。逆をいえば、4歳・5歳の背が伸びなくなった時期の休み明けでプラス10キロって、明らかに仕上がってないと思いますね。


-:この馬のキャラクターについて教えていただけますか?活躍馬としては珍しいヤマニンセラフィム産駒ですね。

房:昨年の種付け、55頭まで増えたそうですよ。ヤマニンリュバン(ダートで4勝)と、この馬のおかげでしょうね。あの馬(ヤマニンリュバン)はどうかはわからないけれど、やっぱり、この産駒はみんな頭が高いですね。うちにも一頭いますけれど。



-:レース振りをみていると、少し不器用かなというイメージがあります。

房:この馬が競馬に行って、一番自分の邪魔をしているのは「頭」でしょうね。気性の問題。段々と落ち着きが出てきているんですけれど、歳をとってもう少し落ち着きが出てくれば、今よりいいパフォーマンスができるかもしれない。ただ、その頃には能力も衰えているかもしれないけれど(笑)。

-:昔で言うと、カリブソングのようにずっと「引っかかる」と言われていた馬が、折り合いがついた頃には走らなくなったりしますからね。

房:そうゆうこともあります(笑)。だから、中途半端に出していく競馬はしなくていいと思いますね。昨年の新潟(阿賀野川特別で2着のフォゲッタブルに0.8秒をつける快勝)はハマっただけで、フォゲッタブルより能力があると思わないですし。

-:そしてアンドロメダSは、なかなか出てこられない中を最後差してきましたね。

房:包まれて出られない競馬になったやつですね。あれは観ててドキドキしましたよ。本来はああゆう形の競馬が良いのかと思うんですけど。

-:逆に「この位置にいれば安心」というレースよりも、少し危うい展開の方がいいと。

房:そうかもしれないですね。小倉でスマートギアに勝った時(08年玄海特別)もそうでしたし。直線入り口では同じ場所にいて、あっちは内に入れて、こっちは外を回ったのに、末脚自慢の馬の切れ味に勝ちましたからね。日経賞も一応、競馬の形は「ある程度前目」という作戦だったんですけれど、前に壁を置けず、中途半端に行っただけで引っ掛かって…。

-:とはいえ、その新潟では逃げ切り勝ちもしています。

房:あれはどうしようもなかったんだと思います。スタートをポンと出たので、小牧さんも中途半端に競馬するよりは、行かせようかなと思ったんでしょう。でも、やっぱり「こうゆう競馬したらアカンなぁ~」と、レース後に言っていたので。

-:やはり理想は差す形で。

房:小牧さんはイメージ的に溜めて切れると思っているのでしょう。僕は「溜めた分、最後が止まらない馬」だと思っているんですよね。たとえば、13秒台(1ハロン)のラップが続いていても、いきなり11秒台のラップに移れるような、本当の瞬発力があるのではなくて徐徐にラップを上げて行けられる馬というか。そもそも競馬というのは余程のペースにならない限り、最後の400メートルから200メートルのラップが一番速くて、最後の1Fが遅くなるわけですから。そこでどの馬も脚が上がる分、この馬は速い脚を持っているようにみえるんですよ。あくまでイメージですけれどね。

-:京都は下り坂を利せるコースですね。

房:合っていると思いますよ。なるようにしかならないと思いますけれど、小牧さんや厩舎の人とも話してて「決め打ちしかない。とりあえず開き直って、後ろから行くしかないな」と。最初の1Fで(馬と)喧嘩でも何してでも、後ろに行かせればいいと思います。もしくはスタートで出遅れ(笑)。出遅れた方がいいくらいです。

-:それなら内枠がいいですね。

房:中途半端な競馬になるのが最悪ですからねぇ。仮に外枠でスタートも良かった時は、思いっきりガツンと来るので馬の後ろに持っていってほしいんですよ。結局、アンドロメダSも、(スマートギアに勝った)小倉の時もそうでしょ?あの頃はスタートが下手だったんです。普通「スタートが上手くなれば…」って、言いますけど、この子はダメなんです。

-:ナムラクレセントは性格の悪い馬じゃないですか?追い出しても「まだ動かなくていいじゃん」的な…。

房:そういうところもあります。走る事には前向きだと思いますけれど。僕は追い切りでもムチは肩に一発入れるか、入れないかです。要は最後の手段じゃないですか?それを普段からバッチンバッチン入れてて、競馬に行ってアドレナリンが出て、テンションが上がっている時に叩かれて、走る気にはならないはずですよね。この馬はキャンターを出す前からゴネて出てゆかないので、併せ馬もやり辛いですからね。

-:併せ馬は1度もやってないんですか?

房:夏の新潟を使う前かな?1度やりましたけれど、コーナーから並びかけようかと思ったら、相手を並ぶ間もなくかわしちゃいましたから。あれだけ全身で体を動かすので、いざ行こうとすると他の馬とは違いますよ。小牧さんも初めて乗った時に「この馬柔らかいね~」って、言ってましたから。それはホント凄いところですね。



-:今回は菊花賞3着以来のGⅠになります。

房:ここまで長かったなというのが、一番の感想ですね。菊花賞の時も「これは…」と、思うところはありましたけれど、あの時も終始折り合いを欠いているような中で3着ですから、誰もが認める競馬だったのではないですか?周りにも言われるし、僕もそう思ったし。その後、降級を経て再び1000万に落ちたところからオープンまで勝ったのに、天皇賞も有馬記念も賞金面で出られなかったので…。

-:菊花賞の時はどのような感触だったのですか?

房:その前の神戸新聞杯に連勝して出たので「やれんちゃうかな?」と、思って緊張したんですよ。自分の中では有名なGⅡとかを「ダビスタ重賞」って、呼んでたんですよ(笑)。ゲームの中でも、強い馬が勝つレースでしたし、自分の馬がまさか出られるとは思いもしなかったので。いざレースは、中途半端で良いのか悪いのかもわかないような6着に終わって「人間がイレ込んでもこんなものか…」と思ったんですよね。

菊花賞は折り合い面の不安ばかりで、ゴールした瞬間は涙が出そうになって。「馬が本当に頑張った」と助手と2人でウルっときたんですけれど「ちょっと待てよ。1着を目指してやっているプロ集団の中で、3着で泣いていたらダメだな」と、涙は勝つまで我慢しましょうと。


-:では、GⅠを勝つまで待っておきましょうという事で。

房:来年(笑)。再来年(笑)。いや、今回もチャンスはありますね。一流の調教師さんにこれを言ったら怒られるかもしれないですけれど、いつも「ココを勝ちにいくぞ!」みたいな仕上げをしたことないんです。本当にいつもどおり、今更何かエッセンスを加えなくても、これまでに(重賞で)3着に来たりとしていますから。万年5着だと足りないでしょうけれど、余程、抜けた馬がいない限り、ちょっとした事で1・2・3着は変わると思っています。

-:わかりました。天皇賞は菊花賞を超える着順を期待しています。お忙しい中、ありがとうございました。

房:ありがとうございました。


【房野 陽介】 Fusano Yousuke

1979年神戸市出身。

競馬に縁のない生活を送っていたが、大学3年の終わりに退学を決意。

イクタトレーニングファームで務め始める。同牧場に勤務し始めた頃は厩務員というものすら知らない状況の中で、4年半の在籍後、JRAの厩務員課程に合格。

卒業後、イクタを経て、栗東の福島信晴厩舎に所属。これまでにタケイチゼット(フィリーズレビュー出走)などを手掛けた。