"なかなか中央競馬に入厩できない"という声が頻繁に聞かれる昨今。一口馬主をやられているファンの方も入厩問題は肌で感じているところだろう。異例の20馬房スタートとなる佐藤悠太厩舎はそのメリットを最大限に生かしに行くという。インタビュー第3回では厩舎のテーマ、そして調教の方針に迫る

異例の20馬房スタートをフルに生かす

——ここからは厩舎のビジョンなども伺っていきたいです。佐藤悠太厩舎のテーマはどのようなものでしょうか。

まずは健康であること、そして"しっかり調教すること"ですね。

——健康というのは人馬の、ということでしょうか。

もちろん人間側もそうですし、健康な馬作りをテーマとしたいです。"しっかり調教する"というのはしつけをしっかりしていくという意味合いです。ジョッキーの方々が乗りやすい馬作りをするために、人間側がしっかりコミュニーションを取れる厩舎にしていきたいです。

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——"馬作りは人作り"という言葉を聞きますが、職場環境作りのこだわりはありますか?

私自身まだトレセンで在籍期間が10年ちょっとという経歴です。ベテランの方の意見も取り入れながら、風通しのいい厩舎作りを目指します。若手スタッフもいるので、創意工夫を図っていきたいですね。

腕達者なスタッフの皆さんに来ていただけることになったので、全員で協力しながらテーマを達成していきたいです。

——休みのない業界で、厩務員志望者が減っているという現状もあります。働きやすい環境作りも意識されているところでしょうか。

休みやすい環境を作るため、ベースは寺島良厩舎のやり方を踏襲します。情報共有、協力体制は田中博康厩舎吉岡辰弥厩舎でとても勉強させていただいたので、これらの厩舎のやり方を取り入れながら、誰かが休んでもサポートできる厩舎を目指します。

家庭での事情があったりしても、休みが取りにくい業界と言われるところもあるので、「佐藤厩舎って凄く働きやすいよね」と言われるような厩舎にしていきたいですね。

やり方に関しては具体的には言えないところはありますが、今後更に人材確保が難しくなる時代を迎えるでしょうし、その中でも選んでいただける職場環境にしていきたいです。

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——開業初年度、2025年は実質10カ月となりますが、厩舎としての数字目標はどのくらいに設定されているのでしょう。

まずは10勝です。結果が求められてくる世界ですが、初年度の10勝という目標は超えたいです。そして出走回数は年末までに240走を目指しています。

——年末までに240走というのは昨年開業した厩舎よりも50~100走近く多い数字ですね。

そうですね、だからこそ健康な馬作りが求められると思います。柔軟な番組選択も重要になってきます。

——開業初年度で20馬房は近年の開業厩舎が14~16馬房ということも考えると多いですね。

本当に稀なタイミングだったと思います。それだけ恵まれていると感じていますし、20馬房をフルに生かし、レースに使っていきたいです。

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出走回数が多いことで知られる矢作師と

——10カ月で240走ということは1ヶ月あたり24走、20馬房だと1馬房あたり確実に1走が必要になります。新馬はゲート試験を通すための在厩時間もあることを考えると、1馬房あたり月2走近いレベルの回転が必要になりますね。

そうですね、加えて開業してすぐの3月はなかなかすぐに競馬に使えない状況があることを考えると、流れに乗るまでに時間は掛かるかもしれません。その中で牧場さんと連携を取りながら出走回数を重ねていければと思います。

——開業してから3年目の数字の目標を伺いたいです。

3年目で30勝以上という数字を出せるように、まずは1年目、皆さんに認めていただけるような厩舎作り、基盤作りをしていきたいです。

そして3年目で、年間300走も目指したいです。これは寺島調教師も開業3、4年目で掲げていた数字なんです。ここを目標にしていきたいですね。

——これだけ数を使われるということは獣医師さんとの緊密な連携が必要になりそうですね。

そうですね。そして近郊牧場さんとの連携、オーナーさんのご理解も必要になってくると思います。チャンスがあればどんどん出走させていきたいです。

いざ開業 より"強い"サラブレッドを育てるために

——オーナーの皆様はやはり愛馬の故障が怖いと思います。対策面で温めていることはありますか?

もちろん一頭一頭、ウィークポイントはあると思います。しっかりケアをしながら、レースを走るための器具も準備します。

脚元に関してはとても腕のいい信頼できる装蹄師さんが協力してくださることになったので、獣医師さんと装蹄師さんと相談しながらより健康な状態でチャレンジすることを目標にしています。

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——ジョッキー選択も試されるところです。基準や考えを伺いたいところです。

まずはオーナーさんの意見を聞きながらですね、オーナーさんの馬なので。その上で、その馬に合いそうなジョッキーは厩舎サイドで検討していき、提案できるよう努めます。

——出走への課題というと、冬の新馬の除外ラッシュやオープンでの除外は毎年の恒例行事です。

今年は検疫の問題でなかなか回りが悪かったですね。ただこれは毎年のことでもありますし、そうならないよう今年の2歳世代で準備しているところです。順調にきていると思います。

——オーナーサイドからすると愛馬をなかなかレースを使ってもらえないことに悩んでいる方も多そうです。

もちろん馬の状態次第にはなりますが、2歳のより早い段階からレースを使いたいところです。オーナーさんは競馬場で愛馬が走っている姿をより回数多く見たいでしょうし、数を使うことでチャンスは広がるはずです。柔軟な番組選択が求められてくると思います。

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——使い続ける際に馬体減りもあると思います。飼い葉も重要になってきそうですが、大学時代に日本獣医生命科学大学で動物栄養学を専攻された佐藤調教師にとって、学んだことが生かせる分野ですね。

エサについては飼料会社さんとこの1年間ミーティングを重ねてきました。厩舎の中からフィードマン(飼料担当者)を出すつもりでいますし、ある程度均一化された飼料作りを目標としています。

——飼い葉食いや状態面についても緊密な連携が求められそうですね。

飼料会社さんとはすでに連携も取れていますし、ここは楽しみな部分の一つですね。

——厩舎内の連携強化も求められそうです。ミーティングの重要性も増してきそうです。

そうですね、色々な厩舎を見させていただいてミーティングも見せていただきましたが、週一回全体ミーティングを設け、スタッフの皆さんと一緒にその馬のレースまでの過程、次を目指す上での可能性を一つ一つ探っていきたいです。

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——細かい調教メニューについてはやりながらの変化はあると思います。調教の目的、テーマを伺いたいです。

しっかりと人の指示を聞ける、人の指示を待てる馬作りを調教テーマとしています。競馬場に行った時にジョッキーの方が思い通りにコントロールできる馬作りをまずは大前提に取り組んでいきたいなと思いますね。

——人の指示をしっかり聞くようにしつけるというのは簡単な話ではないと思いますが、具体的にはどのようなやり方が考えられますか?

乗って教えるだけではないですね。普段から人との信頼関係を構築しなければいけませんし、乗っていない時からの信頼関係の重要性は、色々な厩舎を見せていただいて勉強させていただいたところです。

——昨年惜しまれつつ引退したドウデュースと前川調教助手の関係性が理想になってくるのでしょうか。

そうですね。海外に行かれるチームの方の馬の曳き方、人との信頼関係の構築の仕方は間近で勉強させていただいたこともあり、重要性は感じています。厩舎として技術力を上げていきたい部分です。

現状に満足せず、その接し方で合っているのかどうか、もっといいやり方があるのではないかと探っていきたいですし、馬との信頼関係を大事にしながら努力していきます。人の指示をしっかり聞ける信頼関係がレースの結果に直結すると思っています。

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"理想的な関係"のドウデュースと前川助手

——調教で他に意識されている部分を伺いたいです。

乳酸については意識しています。北海道の育成牧場であるエクワインレーシングさんに勉強に行かせていただいて、色々なトレーニング理論について勉強させていただきましたが、その中で一度上がった乳酸を利用したトレーニング方法は特に有効だと感じているんです。

乳酸というのは疲労物質と言われますが、乳酸はエネルギー物質でもあるというのは人間の陸上競技の世界でも言われているところです。上手く取り入れていきたいと考えています。

理化学研究所の先生方のご意見も伺いながら、やってみたいトレーニング方法もあるんですよ。これも実践していきたいところですね。

——現代の競馬はポジションという概念がより重視されていますが、ゲートに対するアプローチはいかがでしょう。

ゲートの中の狭い環境に慣らすところからですが、狭い環境の中でも人のことを信頼して我慢できる馬作りはできると考えています。丁寧に取り組んでいきたい部分です。

騎乗技術の長けたスタッフも多く来ていただけるので、本当にありがたいなと思っています。感謝しかないです。