上山から世界へ。調教師になるという夢を抱き、地元山形から日本屈指の大牧場を経てトレセン入りした青年は、多くの縁に導かれて夢を叶えた。恩師の繋いだ縁への感謝を胸に、佐藤悠太厩舎の歴史が今、始まる。

大学、ノーザンF、アイルランド…積み重ねた経験

——これまでのキャリアの話ももう少し伺おうと思います。父が地方競馬の現役調教師、息子が中央競馬で現役調教師というパターンはレアケースです。普段から親子で馬についてやり取りはあるのでしょうか。

たくさん聞きますね。父の厩舎の馬のレースも頻繁に見ていますし、助手時代から「こういう馬だったらどうするか」と父に聞くことは多かったです。

父の厩舎と私の厩舎、どちらにも預けてくださるオーナーさんもいます。今後入厩する明け2歳の馬で一緒に選んだ馬もいますし、セリ場でも馬の選定の仕方というところで父から学んだことは多いですね。

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——父・佐藤茂師の特に凄いところはどのあたりにあるのでしょうか。

オーナーさんからの信頼の厚い調教師だと思います。一頭一頭、真摯に向き合った馬作りをされていると感じていますし、キャリアも長いのでアドバイスをいただけるのはありがたいところです。

——代々ホースマンの家系に生まれた佐藤調教師ですが、地元の山形南高校から日本獣医生命科学大学を選択した理由を伺ってみたいです。

帯広畜産大学も考えたのですが、競走馬についての卒論をどうしてもやりたかったんです。獣医系の大学が集まる説明会で、日本獣医生命科学大学だけがそれを叶えられそうというのが決め手です。馬術部も強豪だったことも選択理由の一つでした。

——大学時代はもう馬漬け、という感じだったのでしょうか。

そうですね、馬漬け、部費を捻出するためのアルバイト漬けでした。

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21年宝塚記念にてミスマンマミーアを引く師
(左は競馬学校生時代の今村聖奈騎手)

——卒業後はノーザンファームに就職されました。

当時からあれだけの成績を挙げられている牧場さんで、純粋に強い馬をどう育てられているのか見たかった思いが強かったんです。2009年、10年頃の話ですね。

獣医系の大学だったので、"動物関連の施設"で一カ月研修してくるという単位があったんです。まずはそこでノーザンファームさんに行かせていただきました。デビュー前のリアルインパクトが厩舎にいたことを覚えています。

重賞を勝っている馬がたくさんいて、それもあってノーザンファームさんに行かせていただきたいなとより思いましたね。

——ノーザンファーム時代の思い出も伺ってみたいです。

本当に凄い馬ばかりいました。ノーザンファームしがらきさんで所属させていただいた厩舎にはジェンティルドンナもいましたし、スーニもいました。亡くなったゴルトブリッツもいましたね。パワフルで力の凄い馬ばかりでした。

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帝王賞を勝ったゴルトブリッツ

ゴルトブリッツは本当に凄かったです。一回乗せていただいたのですが、パワーもエンジンも凄い馬で、本当に印象に残っています。

——ノーザンファームしがらきから競馬学校を経てトレセン入りされましたが、栗東所属となられた経緯を聞かせてください。

父が開業している金沢により近かったのもありましたし、自然と栗東で調教師をやりたいという思いが強くなっていたのはありますね。

——競馬学校卒業後にアイルランドにも行かれました。

海外に行きたい気持ちもすごく強くて、行くなら競馬学校卒業後の今しかないという思いから、アイルランドに行かせていただきました。トレイシー・コリンズ調教師を紹介していただき3カ月滞在したのですが、「色々な競馬場に行きたい」という私の思いを汲んでいただいたことで、本当に色々な競馬場に行かせていただきました。

15個くらいは行ったと思います。カラやレパーズタウンといった有名どころから、オールウェザーのダンドーク競馬場、あとはイギリス領北アイルランドのベルファストにも行きましたね。

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アイルランド研修時代の師

——アイルランドで印象に残ったことも伺いたいです。

アイルランドは文化として馬が根付いているんです。馬が自然にいて、馬がどのような生き物なのか、ホースマンが熟知している環境でした。

それこそ子どもたちまで馬の性質を理解しているんです。ホームステイ先のポニー、乗馬の性質を子どもたちが理解しているところにカルチャーショックを受けました。

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アイルランドにて

——アイルランドと言えば世界的名伯楽で知られるエイダン・オブライエン調教師がいます。オブライエン調教師にも影響を受けられたのでしょうか。

受けましたね。オブライエン調教師のような、数々のキャリアを重ねられている方でも常に馬を観察することの大事さについておっしゃっていました。

オブライエン調教師は本当に真摯で、馬に対して常にリスペクトの気持ちを持って接せられているんです。謙虚で、親切な方でしたね。

人との縁を大事に 恩返しの始まり

——日本に戻られて、栗東の田中章博厩舎に配属されてキャリアをスタートされました。

田中調教師は日本獣医生命科学大学の先輩だったんです。父も田中調教師と交流があって、たまたま田中厩舎で空きが出るからどうか?と言われ、入らせていただきました。

入った時には田中調教師は病気がちではあったのですが、牧場も一緒に回りましたし、セリにも連れていっていただいたことがあります。全てが今に繋がっています。

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田中調教師には娘さんが2人いるのですが、自分のことを息子のように可愛がってくださって、本当にありがたかったです。なんでもやらせてくださいましたね。本当に優しい、愛に溢れる方でした。

——調教師試験に合格された際は天国の調教師にもご報告されて…

そうですね。一次試験を5回目で初めて突破した時も墓前に報告に伺わせていただきましたし、今回合格した時もすぐ報告させていただきました。今でも田中調教師の奥様と交流が続いていて、奥様にも合格を喜んでいただけました。本当にありがたいです。

——田中調教師が亡くなられ厩舎が解散となった後は寺島良厩舎に移られました。

ちょうど開業を待たれていたのが寺島良調教師と、杉山晴紀調教師だったんです。先に寺島厩舎が開業することになり、縁があり所属させていただくことになりました。

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"ブレない"寺島師(左)と

寺島調教師のブレない、信念の強いところを尊敬しています。開業してから一貫してそうです。結果もどんどん出るようになりましたし、尊敬と感謝しかありません。

——寺島厩舎で思い出の馬と言いますと真っ先に思い浮かぶのはどの馬になるでしょうか。

田中厩舎時代にキングズガードが出てきてくれて、オーナーさんの理解があってキングズガードも一緒に寺島厩舎に転厩したのですが、そこから重賞勝ち馬になってくれて、その縁で今度は弟のキングズソードも寺島厩舎に入ってきて、G1馬になってくれました。

この血統には感謝の気持ちが大きいです。それもあって、生産牧場である日進牧場さんとも繋がりができましたから。

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キングズガード(上)とキングズソード(下)の兄弟

——寺島厩舎の代表馬であるキングズソードキングズガードの兄弟同様、日進牧場さん生産のシニスターミニスター産駒、アスターストーリーの2023が入厩することになりました。

そうなんです。日進牧場さん、そしてクラブの方から声を掛けていただいて、本当にありがたいです。いきなりやらせていただけるとは思ってもいなかったので、驚くとともに嬉しかったです。

——これまで厩舎で馬を育てる立場から技術調教師となり、馬を集める立場になりました。

本当に今はありがたい時代だと感じています。生産頭数が年々増えていって、オーナーさんの数も増えていて、セリも活況です。

開業前で結果も何もない状態なのにセリ場で声を掛けていただくことも多かったのですが、父は開業当初馬集めに苦労していたのを見ていただけに、本当にありがたいです。

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——今度は調教師として色々なセールを回る立場になりましたね。

これまで助手時代からずっとセリ場には行っていましたし、気になった馬のその後の競走馬生活も追いかけていたんです。どういった条件を使って、どういった結果になったかを見ながら、自分の見立てとのズレを少しずつ修正してきました。こういった勉強はやってきて良かったと感じています。

——調教師として、当歳、1歳から馬の成長具合を見ていくのも楽しみの一つになったのではないでしょうか。

本当にそうですね。北海道の牧場に毎月のように行き、変化を感じ取るのが楽しみです。その変化を感じ色々なイメージを作るのも、調教師の仕事の魅力の一つだと思います。

——生産から育成まで全ての現場を見てきている強みもありそうですね。

調教師にならせていただいてから、生産、育成の方々と話をする機会が増えたのは本当に新鮮でした。

——さて、いよいよ開業です。調教師試験で励まし合った"同期"となる高橋一哉師、東田明士師には負けられませんね。

負けられないですし、これからも切磋琢磨していきたい存在です。

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"同期合格"となった高橋一哉師(中)、東田明士師(右)と

——ここまでのお話を伺っていると、本当に縁と縁の繋がりで今があるのですね。

本当にそうです。これは父からも言われていることなのですが、「人との縁を常に大事にしなさい」と小さい頃から言われてきました。塩澤オーナーとの縁もそうですし、皆さんの応援で今があります。

——これからの夢を聞かせてください。

海外に行かせていただいて、自分も海外の大舞台に行きたいという思いもあります。それ以上に生産地に一頭でも馬を戻すことができる調教師になるのが目標です。

——今はなき上山競馬の魂を見せる時が来ましたね。

競馬文化がなくなってしまった光景を目の前で見てきましたが、競馬はとても魅力のあるコンテンツだと思います。そんな競馬という文化を多くの方に知ってもらえるよう、これから一つ一つ取り組んでいきます。

“原点”である上山からここまで支えてくださり、応援してくださっている皆さんに少しでも喜んでいただけるよう、常に感謝の気持ちを忘れずに頑張ります。これからが恩返しの時です。


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