元騎手という視点から最新競馬ニュースを大胆解説。愛する競馬を良くするために、時には厳しく物申させていただきます。週末重賞の見所と注目馬もピックアップ!
証明した♡(ラヴ)の力
2021/12/13(月)
皆様、こんにちは!今年も残すところあと少し。2021年はコロナとの向き合い方が上手くなりましたが、それでもまだまだ脅威は収まることを知らず、怖い日々を送っています。競馬界はそんな中でも開催させてもらえているだけで幸せだなと改めて思えました。海外からの帰国者の隔離期間も状況によって変わり、先が読めない中でも日本だけでなく日本馬が世界でその力を見せつけてくれたように感じます。
そんな2021年、世界で活躍したラヴズオンリーユーが香港カップで有終の美を飾りました。まずは、香港スプリントで落馬事故が起きた話からさせてください。日本からも香港国際デーということで多くの馬が参加する中、川田君と福永君が日本の騎手として参戦しました。その前の香港ヴァーズではグローリーヴェイズが見事モレイラ騎手とのコンビで勝利し、日本チームに勢いを与えてくれました。
そして迎えた香港スプリント。レース終盤までは日本馬の位置を確認しながら、香港の短距離馬は相当強いぞ!さぁ行け!と思った矢先、前を走る馬が故障発生で前のめりに転倒。後ろの外を走っていたダノンスマッシュと川田君は間一髪落馬をせずに回避。しかし、その後ろにいたピクシーナイトと福永君には目に見えない状態で突然のことが起きました。ピクシーナイトは転倒していた馬にぶつかり、福永君は放りだされるように前へ。転倒していた馬の背中にバウンドして下へと落ちました。
落ちた所を何度もスローにして見直し、頭を直接打っていないことを確認したものの、ただどこか折れてしまったかもしれないと思っていました。結果、左鎖骨骨折という発表がメディアにも流れました。日本代表として戦ってくれた矢先の怪我は残念でなりません。異国の地で病院にも入らなくていけないのは本当に恐怖だと思います。騎手であれば怪我はつきもの。それでも今回の落馬は予想できないものでした。不安になっているであろう福永君に多くの皆様からのメッセージが届くように願っています。
そんな中でしたが、ラヴズオンリーユーが香港カップで最高の勝利を挙げました。今思えば、あの馬を初めて見た新馬戦。着差などよりも走り方、気持ちの強さに驚き「これは相当走る」と漏らしたのを覚えています。そこから順調とはいかず桜花賞には間に合わずも、オークスを制し、まだまだ良くなると思っていましたが、走りがかみ合わず停滞。しかし、新しく主戦に託された川田君と陣営がしっかりと立て直してきた結果がブリーダーズカップ制覇に、香港カップの有終の美に繋がりました。アメリカ→香港の移動をも成功させ、勝利して見せたのは衝撃でした。
何よりも馬をケアして体調を整え、どんな環境にも付き添って実現させたスタッフの力は本当に大きかったと思います。レースでも新馬戦の時に感じた気持ちの強さと川田君の諦めずに気合を入れる騎乗があったからこその勝利だったと思います。大きな事故で気分が下がる中、勝ち切ってくれたラヴズオンリーユーと陣営の努力を心より尊敬します。
日本では2歳牝馬のG1阪神ジュベナイルFが行われ、武兄弟の悲願をやはり空気の読めないイタリアンが制した形となりました(笑)。勝利したサークルオブライフはパドックからでも異彩を放つオーラのようなものがあり、4コーナー時点でミルコの手応えを見て、これは勝ったなと思わされるほどでした。一頭だけ格が違うといったようなレースでした。出遅れチグハグなレースになってしまいましたが4着に入ったナミュールは来年が楽しみになる負け方でした。まだまだ厳しい間隔での本番でしたし、来年には一番のライバルになってくるかもしれません。
牝馬が終われば次は牡馬混合の朝日杯フューチュリティSが行われます。注目はなんといってもセリフォスになるでしょうね。前走も圧巻の走りでしたし、ここでは負けてはいけないといった馬になるのではないでしょうか。そこに札幌で脅威の走りを見せたジオグリフがどこまで迫れるかに注目しています。この2頭にダノンスコーピオンを加えた3頭での争いになると思っています。阪神の馬場は例年以上に使用していることでパワーが必要になってきていることからも、札幌で勝ち切ったジオグリフが個人的には向いている気がします。何よりも安全に、期待馬達が全力を出し切るレースを期待しています!
プロフィール
松田 幸春 - Yukiharu Matsuda
北海道生まれ(出身地は京都)。1969年騎手デビュー。通算成績は3908戦377勝で、その中にはディアマンテ(エリザベス女王杯)、リニアクイン(オークス)、ミヤマポピー(エリザベス女王杯)など伝説の名馬の勝利も含まれる。1987年にアイルランドの研修生として日本人騎手では始めて海外の騎乗を経験しており、知る人ぞ知る国際派のパイオニア。1992年2月の引退後は調教助手に転じ、解散まで伊藤修司厩舎の屋台骨を支え、その後は鮫島一歩厩舎で幾多の名馬を育て上げた。時代を渡り歩いた関西競馬界の証人であり、アドバイスを求めに来る後輩は後を絶たない。