続・北北の話(12/5)

トピックス


師走、です。地獄の秋のGIシリーズのゴールが近づいてきました。競馬記者及び馬券記者たちの疲労はとっくにピークに達していますが、「あと4週踏ん張れば…」という気持ちと、ファイナルの大一番・有馬記念への闘争心が、極限状態の心身を奮い立たせてくれるのです。

「いやあ、ナイスレースだった。うん、歴史に残る名勝負だ」一人納得顔でご機嫌なのはTC紙のN記者です。苦節28年、創設時から空振りが続いていたジャパンカップの馬券が、遂に的中したのです。馬単でウオッカからオウケンブルースリを大本線で仕留めたのです。確かにN記者ならずとも、ゴール前の攻防にはしびれました。そのN記者、裏目は1円も買っていなかったから「残せ!!」の絶叫が東京競馬場ゴンドラの記者席に響き渡ったとのことです。

「すごい迫力でした。Nさんって、普段はひょうひょうとしているのに、あんなに熱くなるなんて…」SS紙の若いK記者が証言します。その瞬間、K記者はN記者の隣の席で双眼鏡を構えていました。N記者は競馬場に来ても、レースは室内のテレビモニターで観戦するのが常なのですが、今年のジャパンカップはなんと、コースに面した観覧席に陣取っていたのです。そして、最後の直線、「残せ!!」の連呼と同時に、席のテーブルを平手で叩きまくったとのこと。このアクション、最近の若い記者はしませんが、N記者のような年季の入った輩は得意技です。狙った馬の騎手が馬を追うリズムに合わせてバンバンとやるわけです。ゴール前100メートル、場合によっては直線坂上あたりから、それこそ平手打ちの連打です。このアクションのおかげで席に付帯している蛍光灯が破壊され、自分の小指を骨折した豪傑もいました。

「まあ、オレもまだまだ若いってことだよ」ちょっぴり照れながらもN記者の心地よいレース回顧が続きました。

「さすがルメール。ちょっと仕掛けが早いと思ったけど、よく持たせたよ。それにウチパク(内田博騎手)もすごかった。ダート競馬で鍛えた強力な腕っ節だな。ゴール前は心臓が飛び出しそうだったさ」

早めに抜け出したウオッカは抜群の手応え。しかし、東京競馬場の直線は長いのです。オウケンブルースリは4コーナーで、ほぼどん尻の位置からウチパクのアクションに応えて怒濤の追い込みを見せました。ゴールは首の上げ下げの勝負。ルメールもウチパクも互いに勝ちを確信できなかったため、またしてもウイニングランのないGIとなりました。

「確かに凄かったですね。その勢いでJCダートもガツンと行ってくださいよ」K記者は大先輩を持ち上げて、しっかり馬券のヒントを仕込もうという魂胆です。

「うむ、まあ今年の流行語大賞にぶっちぎりで政権交代が輝いたんだから、ダート界はそろそろ世代交代だな」とN記者は得意の横柄なポーズで応えました。

「ってことはヴァーミリアンは蹴飛ばすんですね。休み明けの前走をしっかり勝ちきって、さらに状態が上向いているようですけど…」とK記者は不満そうですが、N記者はお構いなしに続けました。

「ウチパクだよ、ウチパク。肝を冷やしたあの追いっぷりを見せられては、豪腕が生きるダート競馬なら文句なしに狙える!!」

N記者の狙いはサクセスブロッケンのようです。デビューからダート競馬で4連勝し、昨年のダービーでは3番人気に推されましたが、18着と大敗。それで芝に見切りをつけ、その後はダート一本に絞ったのが正解で、今春のフェブラリーSを快勝しました。しかし、前走の武蔵野Sは10着に敗れています。

「59キロを背負っての先行争いが応えたんだ。今度は定量の57キロ、息が十分に入る阪神コースで、絶好枠に入ったというのも追い風だな」とN記者。

「世代交代なら4歳のサクセスブロッケンよりも、武蔵野Sを勝っている3歳のワンダーアキュートの方が適役じゃないですか?」とK記者が反論しましたが、N記者は動じません。

「大外枠に回っては出番はないさ」と言い残すと東京駅に向かいました。来週の阪神ジュベナイルフィリーズまで出張です。もちろん先週のジャパンカップで仕込んだ軍資金をたっぷり持っての西下です。WBC優勝、新型インフルエンザの脅威、芸能界の薬物汚染、政権交代…。いろいろあった2009年も残り僅か。馬券記者たちもこれまで以上に忙しく走り回ることになります。(第66話終了)