続・北北の話(第72話)

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 朝青龍騒動で揺れた日本列島、国技の世界でのお寒い事件ですが、競馬サークルはしっかり春の息吹が感じられるようになっています。

 「いやあ、ツヨシちゃんがやっと受かったよ」

 風邪も癒えて元気を取り戻したTC紙のベテラン馬券記者、N氏が珍しく声を弾ませています。10日に新規調教師の合格が発表され、その中に田中剛元騎手の名前があったとの報告です。

 「12回目の受験だってさ。諦めずに頑張ったもんだ」

 田中剛元騎手、もちろん、N記者や不肖・ミスターYはデビュー当時から取材してきた仲です。若い頃から気っ風が良く、大胆騎乗が目立ちました。そんな性格が向いていたのか、障害界では一時代を築いたと言ってもいいでしょう。ボクシングジム通いを続け、喧嘩は滅法強い、と評判でした。そんな個性派ジョッキーは取材する側にとってはありがたい存在なのです。

 「コーイチ(角田晃一)に徳ちゃん(菊沢隆徳)、それにチー坊(千田輝彦)、アラフォー世代も受かった。みんなアンちゃん(見習い騎手)の頃からの付き合い…。う~ん、歳を感じさせられるよな」とN記者は感傷的です。

 騎手から調教師を目指すのは至難です。競馬が広く認知されたのはいいのですが、その代わり大卒者が大挙調教師を目指すようになって、より狭き門になりました。一般教養がまず難関。騎乗の合間に眠い目をこすって猛勉強、といった苦労話はごろごろ転がっています。調教師は厩舎管理も重要な仕事。これがまた面倒で、せっかく一般教養を通ったのに、肝心の厩舎実務の面接試験で失敗するケースも多いのです。飼養管理の設問で桁をひと桁間違え「そんなに食わせたら馬が死んでしまう」と一喝され不合格、なんて笑い話もありました。

 「まあ、おめでたいことだよ。新人騎手に新規調教師…。春のクラシックもすぐそこに迫っているってことかいな」とN記者。季節の移り変わりを肌で感じるひとつの事象なのです。

 すすきの馬券連の一員、学生君も立春を過ぎてそわそわして来ました。4月からは晴れて社会人なのですが、そわそわの原因は他にあります。

 「出発しましたね。う~ん、なんとかならないかなぁ」と気をもんでいるのは、ドバイ遠征に旅立ったウオッカのことです。

 「卒業旅行と言う名目でドバイ旅打ちを画策していたんですが、いくらなんでも無理みたいで…」と学生君。ウオッカが遠征することももちろんですが、ドバイには新競馬場がオープンしたばかり。世界の競馬界を動かしているオイルマネーの総本山にできた新競馬場は、競馬をアカデミックに捕らえている学生君にとっては魅力たっぷりの視察ターゲットなのです。

 「ウオッカが出走するドバイワールドカップは3月27日。いくら何でも入社前の研修をすっぽかして行く訳にはいきませんからね」と学生君、ごもっともな話です。

 そんな折りに久しぶりに札幌の店長氏から電話が入りました。

 「学生君、まだそんなことを言っているの?まったく社会人になる気構えが全然出来とらんよ」と、まずは馬券ライバルを一喝しました。年末年始の不摂生と、慢性的な馬券敗退症で胃潰瘍を発症した店長氏ですが、その傷も癒えて完全復活のようです。ただ、毒舌の裏には、学生君が東京に帰省中、さらにもうすぐすすきの馬券連からも「退会」することが、寂しくてたまらないといった感じも漂っています。

 「こっちは雪祭りが終わったばかり、まだまだ真冬。まあ、学生君の送別会の頃には寒さも峠を越しているんだろうけどね」と店長氏。そんな前置きの後に、ようやく本題を切り出してきました。

 「で、ダイヤモンドS、武豊とコンビ復活のフォゲッタブルで仕方がないっしょ。俺も胃潰瘍で寝込んでいる時に考えたんだわ。いつまでも一獲千金、大穴狙いじゃいかんと、ね」と宣言しました。北の大地で思いっきり競馬に打ち込んできたベテラン馬券師の方向転換が果たして成功するのか、ダイヤモンドSの結果にまずは注目です。(第72話終了)