【特別対談part2】約20万の観衆を集めた伝説のダービーの真実!

19万6517人…今もJRAの競馬場入場者数のレコードとして燦然と輝くこの大記録が生まれた1990年日本ダービー。勝ったのはアイネスフウジンと中野栄治騎手。自然と巻き上がる"ナカノ・コール"。その裏には中野栄治さんだけが知るエピソードが…

空前絶後!約20万人の観衆の中で勝ったダービー

——先生がアイネスフウジンで勝たれた時の話も伺わせてください。皐月賞からダービーにかけての過程を振り返っていただけますか?

中野:皐月賞は僕が落馬しない限り勝てると思っていたんです。

戸崎:え、そうなんですか?

中野:でもね、スタートしたら隣の馬に寄られて不利を受けて。それで蛯沢誠治さんが乗っていたフタバアサカゼが逃げて、番手からスーっと行ったら、馬が落ち着いちゃったんです。今年、受かったような若手が乗っていた方が勝っていたかもしれない(笑)。と言うのも、馬が引っ掛かるくらいの勢いで行った方が良かったんですよ。フワーっと乗ることで落ち着いちゃったんです。

1コーナーあたりで「いや、遅いな」と思って、2コーナーでも遅いなと思って。これはどうしようかと。アイネスは追って味はないけれど、スタミナとスピードはあるというタイプだったからね。向こう正面でフワフワ走っているし。3コーナーまでで逃げ馬が気持ちよく行って、蛯沢さんも「まだ来ないの?」って感じでさ。

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結局、最初の不利が響いたんだ。案の定、アイネスは追ってからは味のある馬ではなかったからね。ハクタイセイに負けちゃった。だからダービーは絶対勝たなきゃいけないと思ったんだよ。

戸崎:そういう強い気持ちで臨まれたんですね。

中野:その前の弥生賞の時は不良発表で馬場が悪かったんだ。管理する加藤修甫先生にも「馬場が悪いところを走らせるのは嫌です」と言っていて、序盤からずっと外を回らせたの。極端に言えば、周りより100mくらい余計に走っているんじゃないかと思うくらい。

勝ったメジロライアンには内からスーっと抜かれたんだけど、普通、他の馬に抜かれたらフワっとするじゃない?それが抜かれたら、もう1回盛り返したからね。でも余計に外を回っていたから、もう周りからもブーイングさ。「あんな騎手乗せるな」って声も上がったんだ。それでも加藤先生が「お前で行く」って言ってくれてね。だからダービーは絶対勝たなきゃいけないと。

戸崎:それだけ勝たないといけないという気持ちを持って、ダービーに臨まれたと。

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中野:そうそう。ダービーはスタートしてからもう何番手でもいい、それこそ最初は最後方でもいいと思っていましたよ。2コーナーの残り1600m地点があるじゃないですか。あそこでペースが遅かったら、途中から逃げてもいいなと。

いずれにしろメジロライアンを引き離そうと思っていました。ペースが遅かったら向こうの末脚に勝てないからね。敵はライアンだと思って、1F12秒ちょっとのペースで行って離そう、離そうという気持ちで挑みました。

でもゲートが開いた瞬間、アイネスがグッと出なかったんだ。皐月賞の不利がトラウマになっていたんじゃないかな。内に増沢末夫さんのストロングクラウンと、サハリンベレーの菅原泰夫さんがいて、この2人は先に行くのが好きだから、ハナを切りにいくなと思ってね。

「ならもうそれでいいや」と思ったら、アイネスが最初のコーナーで、ススっと先頭に立っちゃった。「ん?こんなんでいいのか?」って思ったくらい(笑)。もっとポジション争いでゴチャつくと思ったから。

向正面でも12秒くらいのペースで行こうとして、また後ろを離したんだ。6馬身くらい離したところで「ウワーっ!」ってファンの歓声が聞こえたよ。でもいくらスタミナとスピードがあるからと言っても、東京は直線で坂を上がるからちょっと控えたくなるね。

戸崎:やっぱりそう思いますよね。

中野:控えようと思ったらハクタイセイの武豊くんとカムイフジの郷原洋行さんの2頭が来たんだ。そこでアイネスがグッとハミを取ってくれたんだよね。あそこで息を入れていたら、その隙にライアンが差を縮めていたかもしれない。

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戸崎:結果的には相手の動きもいい方向に向いたんですね。

中野:勝つ時はそんなもんだなと思ったよ(笑)。

戸崎:いやいや、そんなものとは言いますが、ダービーですよ!?

——ダービーで逃げ切るって容易ではないですよね。

中野:いや、それは馬によるから。逃げは他馬に邪魔されないし、逃げて勝つのが1番いい。返し馬や道中で引っかかっちゃいけないとか、逃げ馬なりの課題はあるけれどね、

戸崎:当時は今でも破られないような観客数が入った中での勝利でしたよね。

中野:あの時、府中の人口がおそらく21万だったか22万だったんじゃないかな。19万人と言われているけど、20万は入っていたんじゃないか。

戸崎:市民が全員来たような状態ですね(笑)。20万だもんなあ。凄いですね。

中野:忘れられないよ。毎年のようにダービーが来ると思い出す。普段は忘れているけどね(笑)。あの時は信じられなかったよ。今も競馬に限らず色々なイベントがあるけれど、東京ドームや競技場でも大体多くても5、6万人じゃない?

戸崎:そうですね。10万人以上の催し物ですらあまり耳にしませんね。

中野:東京競馬場って凄いんだよな。普通でも15万人が楽に入っちゃうじゃない。そんな舞台で行われるのがダービーだからね。跨っているだけでもいい気分。 こんな舞台は他にないよ。