元騎手という視点から最新競馬ニュースを大胆解説。愛する競馬を良くするために、時には厳しく物申させていただきます。週末重賞の見所と注目馬もピックアップ!
大横綱へ登りつめよ!
2017/1/26(木)
皆様、こんにちは!栗東では、またまた雪が降り、朝方には氷、アイスバーンへと顔を変えていました。私も気を付けなくては!と運転していると、見事にスリップをしかけました!アイスバーンになればスタッドレスを履いていて、なお最新の注意をしていても滑るんですよ。何とか大きな事故にもならずに助かりましたが、改めて気をつけなくてはと思わされましたね。
そんな日々のなか、大好きな相撲界では、大きな進展がありました。なんと優勝した稀勢の里関が横綱へと昇進しました。今まで勝ちきれず、何度もチャンスを自ら逃していた男が、初優勝を背に横綱になったのは、本当に嬉しいです。そして、久しぶりの日本人横綱の誕生ということにも嬉しさがあります。ここからが本当の勝負になります。ますます強さに磨きをかけ、大横綱へと登りつめてもらいたいです!そして、競馬でも②着が多い騎手が勝ち切りだすかも知れませんから、皆様も要チェックですよ(笑)。
それでは、先週の競馬にまいりましょう。何と言っても、先週はルメールの一日2回の落馬が気になりました。落馬は2回となりましたが、落ちかけたのも入れると3度ありましたね。その中でも、ゲート後に関しては馬がつまづき仕方がない落馬となりましたが、メインに関しては、少し頂けませんでしたね。パトロールを見る限り、内から張られ、外に振られ、その後の追い出すタイミングで前の馬につまづき、転倒してしまいました。いつものルメールならば、無理をせず、コースを見出したり、距離感が正確に追い出せていたのでしょうが、少し焦っているように見えましたね。
先週の内容として、脚を余しながら負けたレースが多く、去年以上にマークが厳しくなったことで、レースを自ら作るタイプでないルメールにとっては、かなりのフラストレーションが溜まっていたように見えたことが影響していたのかも知れません。技術は日本騎手の中でも、一番の騎手ですし、この環境をも打破できると私は思っています。今週には、また良いルメールを期待しています。このマークされることで、さらに一皮むけた時、ルメールは何もかもで一番になれると思います。だからこそ、今回のミスをどう活かし、焦らず、馬に対してどう向き合っていくのかを考え、壁を越えてもらいたいです。そして、何よりも、この事故で亡くなったシングウィズジョイには、心よりのお悔みを申し上げます。
また、この事故でもうひとつ言いたいことは、採決内容ですね。原因となった騎乗に罰金も、注意もないのは変だと思います。以前にあった菱田君の落馬では罰金10万円、藤田さんも罰金。今回は0というのは違和感しかありませんでした。特定の騎手には甘く、特定の騎手には厳しいという判断をしているようにしか見えませんからね。見ている側にも、わかりやすい採決を期待しています。レースは、蛯名君とタンタアレグリアが見事に勝利しました。内でジッと我慢し、弾けてつかんだ勝利は、まさに陣営の我慢と、蛯名君の好判断の賜物でした。ふつうは、使いたくなる時期をゆっくりさせ、成長を促したことで、一気に素質の花が開花したように見えました。今後のタンタアレグリアは横綱まで上りつめるのか!非常に楽しみです。
今週からは東京競馬の開催です。そして、変わらず中京と京都競馬になります。その中でも東京ではフェブラリーSに向けて、賞金を稼ぎたい馬が多い根岸Sが行われます。今回は実力伯仲のレースとなりそうですし、楽しみな馬がたくさん出てきます。私がまず注目したいのはブルミラコロです。騎乗する秋山君が全手綱を取り、東京にこの馬が一鞍でも駆けつけていましたからね。秋山君は本当に技術のある騎手です。あとは気持ちを全面に出すレースをしてくれれば、チャンスはあるのではと思っています。
前回、兵庫ゴールドTで勝利したニシケンモノノフにも注目しています。やはりモーニンを彷彿させるベストマッチョからも目が離せませんし、乗りなれた騎乗が一発決めるかキングズガードに力は間違いないカフジテイクと、どの馬にもチャンスがあるレースになっています。そして、シルクロードSでは、是非、枠順を気にしてみてください!京都1200mの内回りは外枠が不利になるコース形態ですし、実力馬でもかなり厳しい戦いになりますから。今週は事故のない、安全で熱い戦いを期待しています!!
プロフィール
松田 幸春 - Yukiharu Matsuda
北海道生まれ(出身地は京都)。1969年騎手デビュー。通算成績は3908戦377勝で、その中にはディアマンテ(エリザベス女王杯)、リニアクイン(オークス)、ミヤマポピー(エリザベス女王杯)など伝説の名馬の勝利も含まれる。1987年にアイルランドの研修生として日本人騎手では始めて海外の騎乗を経験しており、知る人ぞ知る国際派のパイオニア。1992年2月の引退後は調教助手に転じ、解散まで伊藤修司厩舎の屋台骨を支え、その後は鮫島一歩厩舎で幾多の名馬を育て上げた。時代を渡り歩いた関西競馬界の証人であり、アドバイスを求めに来る後輩は後を絶たない。